愛馬でキミと思いきり、この世界の風に触れるの章

第七話 ニュー・ライフ・スタート! やっぱり自分の乗り物は欲しいよね

 取り敢えず俺は、アクアレーナの屋敷の一室に客人として住まわせて貰う事になった。


 色んな出来事が有り過ぎたからやっぱり疲れていたんだろう。なベッドに横たわった途端にめっちゃめちゃな眠気に襲われて、俺は客人、である事への微妙な肩身の狭さを余所に、あっという間に寝てしまっていた。


 でもって、朝。


「うーん……よいしょっと」

 起きたて特有の気だるさを一緒に連れて、俺はベッドから降りた。

 客人としては、あまり屋敷の人達にだらしない印象を持たれる訳にもいかないからね。


 ……三回も客人って言う事は無いか。

 まあ、要するにこの異世界ゼルトユニアに来てすぐに名家の令嬢と気楽に結婚――なんて事はせず、地に足付けて生活していくぞっていう決意を表してみたってだけさ。


 寝惚けまなこを擦りつつ窓に差し込む朝日を浴びる。

「異世界にもちゃんと朝と夜が有るんだなぁ。こっちじゃどういう原理でそうなってるのか知らないけど、この心地良い日の光の前じゃあどうでも良くなるよ。うんうん」


 どうあれ新しい一日がスタートする。よっし、ちょっとずつ目が冴えてきた。


「レン様、朝食の支度が整いまして御座います」

 扉の外からノックの音とメイドさんらしき声がした。絶妙のタイミングじゃん、もしかして俺が起きる頃合いを見て待機してたのかな?


「はい、今行きます」

 朝の挨拶はしっかりと。俺の今日はもう既に始まってるんだから気合い入れてくぞ。


 ※


 朝食を終えてからは、俺は一人自室で本を読んでいる。


 アクアレーナとは朝食の時は一緒だったけど、今は別行動。

 まあそれは当たり前の事ではあって、要するに彼女にはフレイラ家の資産運用が傾いている状況をなんとかする為に色々とする事が有るからだ。


 俺は俺でこのゼルトユニアという世界について、少しずつでも知っていかなきゃいけないから、こうしてせっせと読書に耽っている訳。


 ゼルトユニアの本はニホン語ではなく独特な文字で書かれてるんだけど、目で文字を見れば何を書いてるかは頭の中で理解出来た。――一体なんでそうなるのか、まだまだ分かっていない事は多い。


 まあその辺の事はゆっくり分かっていけば良いと思ってる。


 何故かというとそれはあくまで俺個人の都合でしかなく、俺がゼルトユニアに対して、能動的に何かをリアクションしていく事とはあまり関係が無いからだ。気にすべき優先順位の上位に置くような事じゃあないからだ。


 並の男と出来る男の違いは、そいつが物事を如何にシンプルに捉えるのか、その為の着眼点を何処に置くのかで決まる。俺はそういう風に考えてる。


 その着眼点も状況に応じて変わる。疲れている時はお風呂の仕組みよりお湯の心地良さだし、朝の目覚めは日の光の心地良さに感動する。


 そして心身共に健康になった状態の今、俺が重点的に意識を向けるべきなのは今居る世界の事を知って、その上で自分がどう立ち回るかを決めていく事なのである。


 人間は基本、良きにつけ悪しきにつけ環境に適応していく生き物だからね。適応していった上で、自分のベストを尽くせるようにならないとさ。


 本で知った事の中で最初に気にすべきかなと思ったのはこのゼルトユニアの、いわゆる文化レベルについてだった。


 俺はニホンじゃ割りとゲームをプレイする方だった。

 ゼルトユニアは一見、ゲームの中でよく見る中世ファンタジー風の世界と似てると感じられる。


 でも実際にこの世界で書かれている本を読む限り、そう簡単に決め付けて良いような単純な文化はしていないらしかった。


 それはやはり、過去に転移してきたニホン人の存在が大いに関係していた訳で。あくまで文化の基盤はさっき言った中世ファンタジー風でありつつも、所々に現代ニホン的な要素が食い込む形で入っているのだ。


 その中でも俺が目に付いた要素は、トーキング・クリスタルという道具アイテムについての記述。


 それを持つ者同士が遠く離れた場所でも通話が出来るっていう代物で、ニホンの携帯電話が使えない事に不便を感じたニホン人が代替え品を求めた事から生まれた――という経緯が書いてある。


 現代ニホンの感覚からすれば、スマートフォンから他の機能を根こそぎ取り払って、相手とリアルタイムに話せる機能だけを残したと捉えれば分かり易い。

 気軽に繋がりを持てるLINEやツイッターが無いというのは、俺的にはそれはそれで歓迎するって感じだ。


 ……俺はゼルトユニアに於ける他者との繋がり方で、一番便利なのがこのトーキング・クリスタルだという点を、この世界を知っていく上での重要ポイントとして考える気で居る。


 他者との繋がり方の限界を知る事は、そのまま他者への敬意の払い方リスペクトの仕方を意識する事の指針になり得るから。

 それさえ掴んでおけば、後の事はまあ大体で良いって位には楽観視出来るようになる、きっとね。


 ――いや、もう一つ気にしておく事が有った。


 ゼルトユニアでの交通手段だ。


 この世界を知るといっても、本を読むだけじゃ限界がある。やっぱり現実リアルの空気に五感で触れないといけない。

 その為には、流石に徒歩だけじゃあキツい。


 ……アクアレーナが帰ってきたら、相談してみるかな。


 ※


「レン様の着想のされ方には、私ただただ驚くばかりですわ!」

 いきなりそれか。まあ、アクアレーナのこういう所にも早く慣れてかなきゃいけない訳だけどさ。


「……そうかな?」

 どうあれ彼女が褒めてくれてるのを無下にする気は無いから、一応ノッては見せる。


「全く異なる世界へと転移してしまっても決して御自身を見失う事無く、転移してから二日目で、もうこの世界を自在に駆け回る為の交通手段として馬を獲得したいと仰られるなんて!」

「うん、まあ……」


 これは別に、『う』んと『ま』あでうまに掛けた訳じゃあ無い。


「――っ! 御志おこころざしが高い上に、ウィットに富んだ駄洒落ダジャレまで嗜まれるなんてっ!」

 うるさい、大袈裟に拾うな大して面白いとも思ってないだろう目ざといぞアクアレーナ。


「とにかく、俺はニホンでいう自動車の代わりになる物が欲しい。ゼルトユニアでの主な乗り物は馬だというのは本で知ったから、さ」

 そう、この世界にはガソリンで動く自動車という文化は無い。過去にそれを欲しがったニホン人の転移者は居たけど、諸々の理由で実現不可能だったらしい。


 中でも一番腑に落ちた理由は――

「レン様程の御方ならば、きっとドラゴンやグリフォンさえ手懐けてお乗りになる事が叶うと思いますけれど、馬でよろしいのですか?」


 ――ゼルトユニアでは天然由来の乗用生物が豊富に存在していて、機械の乗り物をわざわざ造る必要性が薄かったからだというものだった。


「ああ、寧ろ馬が良い。何処へだってすぐに行けるみたいなのじゃなくてさ、最初は地に足付けて時間の流れを意識しながら移動する感じで、この世界を見ていきたいんだよね」


 ドラゴンやグリフォンっていうのは大空を鳥みたいに高速で飛べる生き物らしく、そりゃあ乗れるようになったなら物凄く便利だろうけど、それは今の俺にはまだ早いと思うから。


「時間の流れを意識、ですか」

「ゼルトユニアの人達や動物の生活リズム、それに草木の匂いを感じたいって、さ」

 自分でも上手く説明出来てる気がしなかったけど、アクアレーナの顔が明るくなったから、きっと伝わったんだろうってそう思う。


「分かりました。――それでは明日、フレイラ家が懇意にしていたセイリン牧場へと趣き、一頭を譲って頂けるよう交渉致しますわ!」

 両手をぽんと叩いて、力強く言ってくれた彼女。


 でも、何処か気遅れしてるようにも見える、かな。


「そうしてくれるのは嬉しいけど、大丈夫なの?」

「な、何がですか!?」

 いや、俺の探りに対して露骨に焦り出してる時点でさ……。


「懇意にしていたって言ったけど、それって今もなの?」

「うっ!?」

「この家の先代が亡くなって、フレイラの名家としての名前の力を使えない今でもそうなのって事なんだけどさ」

「ひぇっ!?」


 ……やばい、なんか苛めてるみたいになってきた。そんなつもりは無いんだけどさ。


 昨日の夜にアクアレーナと話した内容を、俺はちゃんと憶えてる。

 彼女はフレイラ家の資産を継ぐ為にニホン人と結婚しなければならない。その資産の中には正しくフレイラ家が持つ名家としての、近隣職人達への影響力も含まれている。


 でもって、彼女が結婚相手として考えているニホン人男性のこの俺が結婚を承諾しない限りは、その名家の影響力を使う事は叶わないのだ。

 まあ、それをこの会話で穿ほじくり出す気は無いから、別のアプローチで彼女に働き掛ける事にする。


「キミが良いなら、俺もそのセイリン牧場に付いていって直接交渉させて欲しい」

 俺のその言葉にアクアレーナは焦っていた表情からまた一転、はっとした顔になった。


「い、いや、でもレン様に苦労をお掛けする訳には――!」

 な口調から、彼女の中で凄く葛藤してるって分かる。


「そんな風に変に良い所ばかり見せようとしなくて良いよ、アクアレーナ。人一人に出来る事には限界が有るものさ」

「レン様……」


「俺はニホンで就いてた職業から、交渉事には自信を持ってる。それはリサベルさん達とのやり取りからも分かって貰えると思う」

「サラリーマン、でいらしたのですよね。はい、存じて居りますわ」


「だからその面でキミの手助けをさせて欲しい。それに、異世界に来たからってただ遊んでる訳にもいかないからね。ここに住ませて貰ってる事の恩を、労働で返すってのも悪くない」

 俺はそう言って微笑んでみせる。


 上手い事、結婚についての問題は避けながら彼女に協力の申し出をする事は出来た。


「……素敵、こほんこほん。――このアクアレーナ、レン様のお申し出を有り難く頂戴させて頂きますわ」

 思わず心の声が漏れたらしいのを咳払いで誤魔化しながら、彼女は一人の人間としてのアクアレーナ・ユナ・フレイラとして感謝の意を示してくれた。


 うん、そうだね。ここでは俺への想いを前に出すより、俺の思い遣りを尊重する姿勢を見せる方がスマートだ。

 彼女の出来る女っぷりは健在。だから俺も、安心感を持って彼女と話せる。


 俺の異世界ゼルトユニア生活はまだ始まったばかり。彼女の婚活も、まだ慌てる事は無い。


 例え十一回目の婚活でも、最後のエンゲージリンクでも。その背景事情より、今俺とアクアレーナが少しずつ触れ合っていく事の方が大事なのさ。


 ――第七話 完――

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