OUTLINE&REVIEW 冬服の姫

冬服の姫 小説JUNE1992年4月号


 心臓が悪い花とかあさんのもとに真穂がやってきた。真穂は離婚した花の父親がつくったジェットコースターで母親を亡くしていた。そして、花の父親は病院で真穂に拳銃で撃たれていた。かあさんは一目見て真穂を気に入った。母親らしい行動をとるかあさんは、花にとって未知の存在だった。

 真穂が来てから、花はまともに食事を家で作るようになった。真穂のためにかあさんは新しい制服やかたちのよい服をあつらえてやり、花にはフリルや飾りがたくさんついた服を与える。子供たちのイメージそのままに、人形を愛でるようにかあさんはふたりを愛する。その愛情に、ふたりは感謝しながらも負担を感じている。

 ふたりはときどき、埠頭までとうさんに会いにいく。ふたりはひたむきなとうさんのことが好きだった。とうさんはいつも自らそれと気づかずにジョーカーを引き当ててしまう人だった。真穂のとうさんにたいする愛情は、肉親の情というよりはもっとべつの感情に近いものだった。


 挿し絵はハルノ宵子さん。唯一女の子ものの話ですが、同性愛というよりは家族愛に近いような感じがします。題名が好きで、小説道場で見たときからずっと読みたいと思っていた話でした。花も真穂も、出てくる登場人物みんなが愛おしくて切ないのですが、出色なのがみんなに愛されながらだれも愛せないかあさんだと思います。少女みたいに疳性で、でも少女漫画の母親みたいに子供じみていない、どこかに本当にいそうな人です。こんな人が母親だったら大変だと思う。かあさんを恐れながらも花が一生懸命かあさんを愛そうとしているのが切ないです。


 かあさんについての考察を「繭の娘」でしています。よろしければご高覧ください。


 家族愛の物語。いままで否定されるだけだった親たちが、等身大の大きさで出てくる。肯定するところも否定するところもある、ひとりの人間として描かれている。

 この作品で、嶋田さんは親の世代と和解したともいえる。あくまでも娘の立場としての和解なのだけれども。だからこの先話を書く必要がなくなったのか、とも思える。個人的にはもっと嶋田さんの話を読んでいたかったが、感想もこれで終わりだ。花も真穂も、とうさんもかあさんも切ない。


 以下は好きな文章ピックアップ。


ピストルの傷が癒えてもとうさんは、どこかに痛みを引きずり、生きているのだろう。とうさんは自らそれと気づかずに、ジョーカーをひき当ててしまう人だから。それも、何度も何度もくりかえし。


 なぜそんなに人を憎めたのか、わたしには思いおよばない。わたしは真穂の生い立ちをしらない。真穂に親のことなどきくこともできはしない。それは他人がどんなに悲惨な状況にあっても、他人ごとであるというだけで自分自身が救われてしまうからだ。同情はできても当事者の痛みは、はるか遠くにある。そういう安全な場所でわたしは真穂の話をききたくない。ただ、真穂の心の痛みを共有したいと願うだけだ。かあさんに心をいじられて、何年も何年も靴下をはきなさいといわれつづけている真穂の瞳に、つらさの影をよみとるだけ。


「なんか不思議な感じだよ。どこか、遠い国の姫みたい。花はきっとね、冬服の姫だ」

 目尻をこすり、わたしはあいまいにうなずいた。

「姫の座は真穂にゆずる。立派な女王になって。わたしは真穂と会えただけで、奇跡だって思ってるから。真穂に出会えなかったら、ごはんつくったり勉強したりすることが、素晴らしいことなんだって気がつかなかった。私、真穂から心のくすりをひと匙ひと匙のませてもらったような気がする」

 いい終え、わたしは真穂の目をみた。

 真穂の瞳に一瞬かげりがはしった。


「たとえば、雪を堀りさげていって、どんどん根雪もかきだして、とうとうシャベルのさきがなにかに突き当たるの。もしかしたらってしたをのぞくと、凍った土がきらきら、地球の中心みたいに光ってた、そんな感じ」

 八個のケーキを大皿にぐるりと並べながらかあさんはいった。

「だから真穂はわたしの真ん中にいるの」


「なにって、かあさんにとって真穂はしあわせの原石なのでしょう」

 わたしは思い切って、いってみた。

「ああ、ばか」

 かあさんのゲンコがとんできた。

 とっさにかわし、また失敗、とわたしは思った。


「真穂、わたし、あなたのおとうさんにも、おかあさんにもきょうだいにも、恋人にもなりたいよ。あなたのまわり、すべてに。もしかして、わたしがなりたいのは、真穂そのものかもしれない。わたしのなかに、あなたに共鳴する、なにかがひそんでる。そう思う」


「花。あなたもわたしも、もう、心がもたないんじゃないかなあ。花はもっと切実に、からだも心もまいっていくと思うなあ」

 コンクリの壁にうしろ頭を打ちつけるようにして、真穂はつぶやいた。

「いいの、わたし、かあさんにハッピーエンドをあげたいの」

 わたしは思いつくまま、言葉をつないだ。

「ほんとうは王女さまでした。すてきな貴婦人になりました。輝く宝石よりすばらしい愛をみつけましたって、くねったFinでしめくくれるようなラストをあげたいの」

「そんなこと、できると思う?」

 真穂はわたしの腕をつかんだ。

「花のかあさんが求めているものなんか、この世のなかにはないんだよ。どんなにあこがれても、どんなにのがれても、子持ちで、助産婦で、それ以上の世界は育ちはしないんだ。


「なによ、それ。とうさんのまね? わたしはね、かあさんとともに生きた覚えはないわ。かあさんはね、ずっとわたしを否定しつづけてきたの。透明人間といるみたいに、かあさんは私を通過してきたのよ。最初はわたし気のせいかな、きのうのせいかなってごまかしてきたけど、真穂がうちにやってきたときわかったのよ。かあさんは、心臓よわい、ぐずったれの子供なんか欲しくないんだ、かあさんは自分の自由になる、手ごろな子供が欲しかったんだって。わたしはいままでずっとかあさんに切り捨てられてきたけど、自分から進んでゴミ箱にはいるわけにはいかないわ。一瞬ちらっと、右肩ななめにゴミ箱に吸い込まれていく自分がみえちゃって笑ってしまうけど、現実にそうなったら、ものすごくつまんないから、わたし、これからかあさんと戦うぞ。何度あきられたって、食いさがるぞ」


 みな、きれいだ。わたしたちをとりまく世界は。


 いつか、帰るよ。どこの家でも、どんな家でも。

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嶋田双葉さんに関するいくつかの事柄 @shoko_senju

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