エピローグ さらば

 『さらば死の大地! 城壁完成間近か?』


 「号外、号外でーす」とまだ、中等教育も半ばであろう少年が、両肩から下げた革のトレンチバッグ一杯に詰まったカルロス社の新聞をばら撒くように、天へ向かって投げている。


 少年の周りを傘のように新聞が覆い、それが広告塔になって人が集う。

 スーツに身を包んだ初老の紳士から、乳母車を押すご婦人、旅に草臥れた青年、店の制服のまま飛び出してきたジャンクフードの店員にまで。

 ひとりひとりに、笑顔を忘れず渡していく。


 魔導機関車の集合地とでもいえる鉄とガラスの新時代の建築をされたクロス駅での新聞販売は瞬く間に捌けて都合がいい。

 特に、死の大地に関するニュースは人気が高い。

 死の大地との境界にゴーストが確認されてから、一年。月日を経て、死の大地と生者の街を隔てる城壁が建てられたという号外だ。


 死の大地の進んだ先には白い家と庭があったと報告が上がっているが、家具や、人が住んでいる気配は無かったという。

 噂の中には、女英傑の装備が発見されたとか、魔術師の秘宝が発掘されたとか。はたまた、政府が東の国に会社を建てるための資金集めのための陰謀論だとする声も。


「うおっ……ああっ、すいません! すいません!」


 つい、舞い上がった少年が後ろに気を取るのを忘れていると、人にぶつかってそのまま派手に尻もちをついてしまう。

 ぶつかった男の見下ろす眼はざらついて、怒りを買ってしまったかもしれない。

 少年は首が取れそうなぐらい必死に頭を下げている。

 男から聞こえてきたのは、糾弾する罵声ではなく、申し訳なさそうに言葉を選ぶような声だった。


「ああ……、その、なんだ。君は悪くない。代わりに一部、その新聞をもらってよいだろうか?」

「え? ああ、はい! 勿論です! ありがとうございます!」


 予想外の親切に少年は身を固くしながら、男性に手渡すと、いつの間にか少年の周りに子供たちが群がっていた。

 右手に提げたトランクを持ち直した男性が、少年のもとを離れると子供たちも追いかけていく。


 少年はもう一人だけ客を相手にしてからお礼を言おうとしたが、もう、男性の姿は見えなかった。


 魔導機関のゴミを燃やしたような空気と、ジャンク店の甘いキャラメルのにおい、人ごみのなかの強い香水の匂い。スクランブルの空気を精一杯に吸い込んで「号外、号外ー」と再び日常へ戻っていくのだ。




 それから、それから、大陸中で子供を引き連れた魔術師が助けてくれたという噂が聞かれるようになったのは、また少し別のお話。 

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宝石少女と秘宝の男魔術師 無記名 @mukimei

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