第7話 再会の江戸川乱歩②

 偶然というものが、科学的な必然性を持った事象なのか、文字から連想されるように論理の埒外の出来事のなか、科学に疎い僕には分からない。


 しかし、予備知識もなく意識することなく集めた本の中から江戸川乱歩著『幻影城』そして『続・幻影城』が出てきたことに、僕は論理外の不思議なを感じずにはいられなかった。


そしてまた、に手にして読んだ『虚無への供物』が、人生四度目となる江戸川乱歩との出会いに誘ってくれたのだ。


 僕の手元にある江戸川乱歩著『幻影城』『続・幻影城』は昭和五十四年発行の江戸川乱歩全集(講談社)全25巻の内の18巻と19巻にあたる。常用漢字(当時は当用漢字かな?)への書き換えが極力控えられているのだろうか(その辺りあまり詳しくないので、間違っていたらすみません)? 作中で使用されている語彙に若干戸惑いながらも、 今では決して経験することのできない、江戸川乱歩が執筆した当時の時代の香りを作品から感じながら、読み進むことができた。


 ミステリー(探偵小説)や日本文壇への想い。考察などが収録されているこの随筆集は、作家・江戸川乱歩に対する僕のイメージをガラリと変えるモノだった。そして、ミステリーやミステリーにとどまらず、SFなど現在気軽に読むことができるのも、江戸川乱歩も含めた先達の尽力あってのことなのだと気づかされた。


 さて、そんな当時の苦労の一端が窺える、印象的なエピソードを『 続・幻影城』から、一部引用してみたい。


◇◇◇ —————

 一月ほど前、(二十八年五月頃)突然、神戸から一人の青年が訪ねてきた。青年といっても、或る会社の社員で、英語ができるので、渉外の仕事をしている人のようであった。実は旅券が思ったより早く貰えたので、明日横浜からの船で、アメリカへ立つのですが、立つ前に、日本のその方面の方々にあって、よくお話を伺っておこうと考えていたのに、その暇がなくなってしまいました。今日一日しかないのです。それで先ずこちらへお伺いしたのですが、私はアメリカの科学小説同好クラブから招かれ、二ヵ月各地のクラブを廻ってくるつもりです。それについて、向うの会合で、日本の科学小説の現状についてスピーチするように頼まれていますので、何か材料になるお話を伺いたいのです、という話であった。

 ―― 一部省略 ――

 どうも少しうますぎるような話だが、向こうから来ている手紙を見ると、嘘でもないらしい。そこで、私は、日本にはポピュラー・サイエンス風の通俗科学誌は幾つかあるけれども、科学小説の専門雑誌というものは一つもない。古くから科学ものを出版している誠文堂新光社が、戦後「アメージング・ストーリーズ」を出したが、売行きが充分でなく中絶してしまった。

 ―― 一部省略 ―― 

 日本人の作家では、押川春浪が子供相手の科学小説めいたものを書いたことがあるけれど、専門ではなかったし、新しい所では、われわれの仲間の海野十三が大いに科学小説を書き、現在では橘外男、香山滋などがそういう傾向の作家だが、科学小説雑誌もなければ、同好者クラブもなく、日本ではどうもS・Fは振るわないようですね、と答えるほかなかった。そういうわけだから、一つ香山滋君を訪ねて見られたらどうかと勧め、青年もその気になって、同君を訪ねた模様であった。

 ―― 一部省略 ――

【追記】科学小説は益々盛んになりそうである。―― 一部省略 ―― 私は、何かそれを知る手掛かりがないかと考えていたが、右の文章の最初に記した神戸の青年がアメリカから手紙をくれて、最新刊の参考書を教えてくれた(彼は●●●君という人だが、アメリカで色々の会合にも出、大いに満足しているらしい。渡米以来二度手紙をくれた)。

 ―― 一部省略 ――

【追記】この本の校正中、昭和二十八年十一月上旬に、右の文章の冒頭に記した●●●君がアメリカから帰ってきた。そして色々な参考書や報告を送ってくれた。それについては、いずれ別の機会に書きたいと思っている。

 ―― 一部省略 ――

 続・幻影城(江戸川乱歩全集 19/講談社)より抜粋 

 ※文中、二の字点(ゆすり点)は『々』に書き換えています

 ※文中「●●●君」の箇所はネタを割ってしまわないように敢えて●●●と表記しています

————— ◇◇◇


 たった一度の出会いを大切する、江戸川乱歩の人柄が伺える印象的なエピソードで、この部分は僕の心にいつまでも残った。


続貂ぞくちょうの栄』という言葉があるけれど、僕らは先達の努力を無にしてはいけないな……と思いつつも、


「突然訪問する方もだけど、会う方もだな……」


 などと、当時の人たちの、なんといって表現してよいか、気さくさ? 剛胆さ? に、ただ焦がれる自分がそこに居た。


 その後、僕は江戸川乱歩のもう一冊の随筆集『鬼の言葉』も読むことになる。それについてはいずれ機会があれば書きたいと思っている。

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