第6話 再会の江戸川乱歩①

 数年後、僕はある本と出会い、江戸川乱歩という作家に対する認識を改めることになる。


 ある日ぼくは、大型古書店の文庫本コーナーで本を物色していた。


 そのころは、インターネットを活用して事前に情報を収集することは当たり前となっていたので、その日も僕は、あらかじめ詰め込めるだけの情報を頭に詰め込んで、自宅から一つ隣駅にある大型古書店で本を探していた。

 平日の午前中ということもあり、店内は閑散としていた。スマートフォーン片手に本を物色している人を数名見かけたが、きっと高値で売れる本をインターネットで検索しながら探していたのだろう。


 一般に「セドリ」といわれるその行為は、昔からあったようで、古本屋開業を志してから、今後の参考になればと、指南書(ガイド本)を何冊か読んだ事がある。そのうちの数冊に、古本を入手する方法の一つとして「セドリ」という行為について書かれていた。

 ただ、スマートフォン片手に……という光景はさすがに最近のことだろうし、個人的にはあまり見栄えがよいものでもないと思っていた。数人のスマホ組をよそに、僕はというと今も昔も本を探すときは記憶が頼りと、眉間にシワを寄せながら、本を探していた。


 そのときに手に入れた一冊、中井英夫『虚無への供物』(講談社文庫)は某インターネット百科事典では小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、夢野久作『ドグラ・マグラ』と並ぶ三大奇書の一つと評されている作品。ストーリーのほうは、『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』を含めて、あらためて僕が説明するまでもなく、インターネットで検索すれば書評や作品紹介など、沢山の情報が出てくるのでここで説明するまでもない……というのは逃げの口上で、実際のところは読んではみたけれどあまり理解ができず、『黒死館殺人事件』に至っては難解すぎて途中でギブアップというのが正直なところ。恥ずかしながら読者にストーリーを紹介しようなどとは、とんでもない所業! なのです。


 しかし不思議なもので、『虚無への供物』に関しては、三大奇書などと聞いて、初めは尻込みしていたけれど、読み始めてみれば非常に読みやすい作品で、あっという間に読了してしまった。


◇◇ ─────

 黒天鵞絨びろうどのカーテンは、そのとき、わずかにそよいだ。小さな痙攣けいれんめいた動きがすばやく走りぬけると、やおら身をひるがえすようにゆるく波を打って、少しずつ左右へ開きはじめた。それまで、あてどなく漂っていた仄白い照明は、みるまに強く絞られてゆき、舞台の上にくっきりした円光を作ると、その白い輪の中に、とし若い踊り子がひとり、妖精めいて浮かびあがった。のびやかな脚にバレエ・シューズを穿き、引緊った胴から腰にかけては紗の布をまといつけただけという大胆な扮装で、真珠母いろの肌が、ひどくなまめかしい。

───── ◇◇

(『虚無への供物』(講談社文庫)より)


 男色酒場ゲイバア「アラビク」の艶かしくも絢爛な光景から始まる物語に始めから圧倒され、作品に漂う色香にられていたのかもしれない。


 ただ、ストーリーは楽しめたけれど、作中のトリックは理解できず、奇書と評されるのはなぜなのか? まったく分からなかった。自分にはその手の理解力が欠如していることは、以前から自覚していたけれど、それにしてもトホホな気分……。


 ということで、熱烈なファンを要するこの三冊の詳細はインターネットなどで調べていただくとして(ご免なさい)。


 とはいえ『虚無への供物』を読了し、充足感からくる余韻も冷めやらぬという状態の僕は、しばらくして作中に登場する素人探偵たちの会話に出てくる、江戸川乱歩『続・幻影城』が気になりだし、我が家の蔵書の内にないものか? と探してみることにした。


 はたして奇麗に化粧されたその函本は、本棚の奥に見つかった。

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