お星様みかん・エピローグ

「ああ、大丈夫。ちょっとフラバっていただけだ。今から帰る」

 猪吉が家で待っている静とバリカで話している。どれだけ『ヒデキ』のときに走り回ったのか、ぐったりと疲れた英樹は父の背中に背負われて、大きな肩越しに、母と妹の安堵した声を聞いていた。

「ほれ、茜が代わってってさ」

 渡されたバリカを耳に当てると『お兄ちゃん……』茜の涙声が聞こえる。

「ごめんな、茜」

 英樹はバリカの向こうで、泣きじゃくる妹に謝った。

 すっかり日の落ちた神社の階段を猪吉が降りる。下の道路まで降りたとき、住宅の脇に、長い毛の生えた耳の少年が自転車と一緒に立っていた。あのシルエットは『神田』でも一人しかいない。

「秀兄!!」

 父の背から身を乗り出して呼ぶ。秀は「良かったな、英樹」と手を振った。

「秀は、ずっとお前の後をつけて、危なくないか見張っていたんだ」

「ありがとう! 秀兄!」

 踵を返し帰る背に英樹は礼を言った。スペチル時代は、いろいろあったけど、秀とメンバーに会えたのは本当に良かった。

「と、こっちも片付けたようだな」

 猪吉が『英くん、見つかって良かったね』と書かれたメールを読み上げる。

「ファボ?」

「ああ、お前の居場所を、俺や母さんや秀が、すぐに解るようにしてくれた」

 最も、保護者でない秀に児童カードから位置情報を渡すのは違反だ。が、プログラマー専用の特化デザインチャイルドであるファボスなら、簡単にこっそり出来る。普通のHOME画面に戻ったバリカに猪吉が笑う。

「健二さんは、秀の代わりに、福沢食堂の出前を引き受けてくれたしな」

「そうなんだ……」

 英樹は手のみかんを見た。

『アカネね、みかん大好き。この色がね、お星様にそっくりだもん』

 そう言って笑った茜の顔。

 あの時の眩しい、オレンジ色に光る恒星。ここなら、オレも、このみかんを『お星様みかん』だと笑えるようになれるかもしれない。

「おっ! 英樹。健二さんから話を聞いて、奈緒さんが晩ご飯を作っている余裕がなかったでしょうって、おかずを届けてくれたぜ」

 バリカに着いた、静のメールを見て猪吉が嬉しそうに告げる。

「奈緒さんの料理は美味いからな」

 ほくほくと笑う父に「……母さんに言ってやろ」英樹は言ってみた。

「おい! よせ! 母さんが怒る!」

 猪吉が本気で焦る。こう見えて父は恐妻家なのだ。英樹は思わず吹き出した。

 なれる。ここなら『お星様みかん』に。

 冷たい夜風が吹いて来る。首筋に風が吹き抜ける。英樹は首を竦めると、父の暖かい機械油の匂いがする背に顔を埋めた。


お星様みかん END

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