ヒデキと英樹

 『神田』自慢の宇宙船修理整備工場群は、コロニーの最外壁と一体化した扉を持つハニカム型のドックを東側の第三外壁と第四外壁の間に持っている。それぞれの事務所や作業場は内壁に沿って並んで建っていた。

 その中の一つ、『神林宇宙船修理整備工場』の事務所には、二人の客が訪れていた。一人は福沢秀。そして、もう一人は『田中機械部品製作所』の社長、田中猪吉いのきち。本名は母星人でないと発音出来ない為、通称で『猪吉』と名乗っている彼は、名の通り茶色の毛並みの、ファンタジー小説に出てくるオークに似た容貌を持つ、恒星サルマン系第二惑星サウロン星人。雇われ宇宙船員として、星々を転々としていたところを、先代の社長、田中耕助こうすけに拾われ、技術工として彼の技を修得した後、一人娘の静と結婚して工場を継いでいる。

 今、ドック入りをしている宇宙船の修理部品の打ち合わせをしていた猪吉は、社長の大吾、専務の健二と話を終えると、さっきから愛用の小型端末『KOTETU』を立ち上げて、パネルを叩いているファボスとホログラムスクリーンを覗き込んでいる秀に声を掛けた。

「何、やってんだ?」

「う~ん……」

 二本の触腕を出したファボスが、そのうち一本の先を十本の触指に分かれさせ、スクリーンの上を踊らせながら生返事を返す。

「ファボにオレの新しいテキストの解説書を作って貰ってんだ」

 秀が振り返って代わりに答えた。

「テキストの解説書?」

「うん、オレ、ハンデがあるから」

 親にネグレストを受け、捨てられた後、スペチルをやっていた秀は『神田』で保護されるまで、まともな教育を受けてない。福沢家の養子になってから、二年間、児童福祉施設の学級に通い、今年の四月から、調理師専門学校の経営科に入学したが、やはり他の生徒とは知識面で大きな差がある。そこで、ファボスにテキストを更に解りやすく理解する為の解説書を作って貰っていた。

「そりゃあ、良いな」

 感心する猪吉に秀のテキストのコピーを終えたファボスが「猪さん、英くんの分も作ってあげようか?」と訊く。

「いや、あいつは成績は悪くないんだ」

 猪吉が茶色の毛の生えた手を振って断る。

「でも……英くん、十一歳なのに一個下の学年にいるんでしょ?」

「ああ。だが、クラスに良い友達がいるから、離れたくないらしい」

「お前もすっかり『父親』だなぁ……」

 異星人同士である為、子供が出来ず、大金を払い遺伝子工学の力を借りて作るか、それとも養子を取るかで、長い間夫婦で悩んでいたことを知る大吾が、ほこほこと息子の話に顔をほころばす猪吉にしみじみと頷く。

「まだ一緒に暮らして三年だが、俺も静も、英樹と茜がいなかったとき、どうやって二人きりで暮らしていたか思い出せないんだわ」

 すっかり親バカ顔で、照れるように太い首の後ろを掻く様子に、秀が嬉しそうな顔になる。英樹と茜は元々、秀の率いるスペチルのメンバー。三年前、一緒に保護され、他のメンバーはカイナックや『オベロン』、他の星に養子に行ったが、この兄妹だけは、同じ『神田』で田中家の養子になった。

「じゃあ、秀くん、後で出来たらタブレットに送るから」

「ああ、頼む」

 秀がテキストの入ったタブレットをカバンに片付け「じゃあな」と帰ろうとしたとき、古いSF映画の主題歌が事務所に流れた。皆の目が音源の猪吉に集まる。彼は作業着の胸のポケットから、多機能万能カード、バリーカードを取り出すと通話ボタンをタップして、頭の上の方の三角の耳に当て、付属のマイクを外し口元に当てた。

「俺だ。どうした? 静」

 バリカから話し声が漏れる。普段、もの静かな静がひどく焦った様子で話している。神林の面々と秀は訝しげに顔を見合わせ、耳をそばだてた。

 徐々に猪吉の顔が強ばり、鼻息が荒くなり、傾けた耳がピンと立つ。

「英樹が『また』茜を探して、家を飛び出したのか!?」



「落ち着け、静。とにかく、後は俺に任せろ。大丈夫、今、神林さんにいるからな。ああ、ここにはファボがいる」

 妻に、とにかく落ち着くように話し掛けた後、猪吉は通話を切って、マイクをしまった。

「ファボ、頼む」

「OK。親父さん、スクリーン借りるね」

 事務所の壁に設えた大型スクリーンに、神田大手小学校のサイトのトップ画面が映る。大手小学校は、まだバリカを持たせたくない親に向けて、ネット閲覧やアプリのDLを制限した、学校独自の児童カードを貸し出している。それには親限定のGPS機能がついていた。

「英くんがカードを持っていると良いけど……」

 『KOTETU』のパネルを叩く。スクリーンの画像がGPSのページに飛ぶ。

「猪さん、パスワードは?」

 パスワードを訊いて打ち込む。画面が青と赤の光点が灯った大手小学校の校区の地図に変わった。

「良かった。英くん、カードを持ってる。時間の経過と共に英くんの動きを見ていくよ」

 赤い光点、茜と、一緒にいた青い光点、英樹が移動する。自宅である工場を出、かなりのスピードで工場町から商店街……地図の上を、あちらこちらと移動する。

「……茜ちゃんを探して、町を走り回ってますね」

 健二の声に秀の顔が歪む。事務所を飛び出そうとした彼を大吾が止めた。

「おい、秀。様子を見に行くのは良いが、迎えに行くのは猪だ。でないと『英樹』に戻らねぇ」

「解ってる」

 秀が唇を噛む。

「秀くん、秀くんのバリカに、今、英くんの居場所が流れるようにしたから」

 パネルを触指で叩きながらファボスが告げる。

「後、僕から福沢のおじさんに連絡を入れておくね」

「頼む。出前までには戻るって言ってくれ」

「いや、秀くんは、ずっと英樹くんについていて良いよ」

 健二が立ち上がった。

「たまには娘婿として、お義父さんとお義母さんの手伝いをしないといけないからね」

 学生時代は、よく奈緒に会いたくて、福沢食堂でバイトをしていた健二が出前を請け負う。

「奈緒ちゃんにも喜ばれるしな」

 大吾のからかいに、『コロニーの中心で堂々と妻への愛を叫べる』レベルの超ド級愛妻家の健二の顔が、にへにへとふやけた。

「じゃあ、行ってくる。猪さん、オレが離れたところから危なくないように英樹を見守っているから」

「ああ、頼む。ファボ……」

「今、猪さんと静さんのバリカのHOME画面にも、英くんの居場所が自動で流れるようにしたよ」

「いつもながら手際が良いな」

 猪吉はバリカの画面を見つめた。

「いつものパターンなら、もうしばらくで、どこかに立ち止まるはずだ」

 秀が事務所を出て、自転車に飛び乗り、赤く染まり始めた町に漕ぎ出す。健二も妻に彼女の実家を手伝うことを伝えると電動バイクに乗る。ファボスが福沢家に送るメールを打つ。

「しかし、本当に惨いな……。本人は少しも悪くねぇのに……」

 大吾は、ぼやくとゆるゆると首を横に振った。

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