『理想の息子』・1
「父さんに聞きましたが、おじいさんはマミーに会っているんですよね」
強くなってきた雨音が、ざあざあと部屋に響く。健二の言葉に茂雄が頷いた。
「ああ。施設でファボが寂しがっていると聞いてね。カイナック政府の知り合いに頼んで、警察機構の事件の担当官と話をさせて貰ったんだ」
マミーとファボスが慕っている、養育係の女性と彼を会わせることは出来ないだろうか? 茂雄の要望に機構の担当官は彼女が病で、もう余命がいくばくも無いことを告げて、こう言った。
『彼女は『会う必要が無い』と言っているんです』
面会室。何度となく、警察機構の人の聴取や、施設の人と話した小さな部屋にいたのは、自分を助けてくれた神田のおじいさんだった。 期待していた人は影も無い。幾度と無く胸を刺した期待外れの悲しみに、ファボスのライトグリーンの瞳からボロボロと涙がこぼれた。
「……ご……ごめんなさい……」
折角、会いに来てくれた人に申し訳なくて、触指であふれる涙を拭いながら謝るファボスに、応接セットのソファから腰を上げて茂雄が歩み寄る。
「……良いんだよ」
ファボスの頭を優しく撫でる。
「……マミー……やっぱり、僕のせいで警察に捕まっちゃたから、怒ってるの……? もう、僕のことは嫌いになっちゃったの?」
泣きながら、ずっと心の中で思っていた不安を吐き出す。
「……いいや、実はマミーはずっと前から、不治の病にかかっていたんだ。それで、今動けなくて、君に会えないんだよ」
茂雄は、そっと彼の身体を抱き締めた。
「では、あれは嘘だったのですか?」
健二が尋ねる。
「この宇宙時代、会おうと思えば、例え死の淵にいたって会えるだろう? 星間通信を使うとか、時間が合わなければ動画でメッセージを伝えることだって出来る」
茂雄の目に、当時の怒りがよみがえる。
だが、あの女はそれをしなかった。施設で『マミーの迎え』を待ちながら孤独に過ごすファボスをなんとか救ってやりたいと、茂雄は警察機構に頼み込んで、せめて動画か、それがダメならメッセージだけでも送って貰えないかと、警察機構の病院に入院しているマミーに面会した。
が、病室で寝ていたマミーは彼の申し出を、にっこり笑って断った。
「私が会う必要はありません。あの子はもう『完成』していますから」
「マミーはもう長くは無い。だから衰えた姿を、これから先、自分自身の未来の為に、自分の道を歩いていく君に見せたくないんだよ」
君を過去に縛りたくないんだ。そういう愛情もあるんだよ。茂雄の『方便』にファボスは、しゅんとした顔のまま頷いた。
「解りました……それが、マミーの願いなら、僕、我慢します」
うなだれているのだろう。上半身を傾けながら答える。茂雄の胸がキリキリと痛んだ。
ここ、しばらく、家族で何度も話し合った答えを彼に告げる。
「どうだい? 君が自分の将来を自分で決められるようになるまで、うちの養子にならないかい? 君はコンピュータが得意だというじゃないか。うちは宇宙船の修理整備工場をやっている。そこで修理整備士の勉強をしてみないかい?」
「『完成』ですか……」
どういう意味だろう。健二が茶を啜りながら呟く。
「私は『自分の理想の特化デザインチャイルド』として、だと思うよ」
茂雄は雨に煙る町を眺めながら答えた。水気と共に冷たい冷気が部屋に入り込んでくる。
「ファボを引き取って解ったのだが、あの子はあの歳にしては純粋過ぎる。お人好しで人を疑うことを知らず、誰にでも好意を持って接し、母親であるマミーに『絶対の愛情』を抱いている」
まさに母親の思い描く理想の子供だと思わないか? 茂雄の言葉に健二の顔が強ばった。
「……そんな……」
茂雄は薄暗い町を睨んだ。
「自分の命がもう長くないことを知った彼女は、最後に自分の為の特化デザインチャイルドを作り、それを企業に汚される前に野に放った」
自分が死んでも、自分を忘れることの無い『理想の息子』を。
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