待ちぼうけ・2
「にぁ~」
可愛らしい猫の鳴き声に、夏海が来るまでの時間潰しに、動画を見ていたファボスは単眼を下に向けた。まだ子猫のような、小さな猫が三匹、自分の触足に身体をこすりつけている。
「くすぐったいよ~」
ファボスは眼を細めると、スクリーンを消して、猫達に触手を伸ばした。三匹とも抱き上げようとして、触手が足りないことに気付き、もう一本、襟の下の服のスリットを通して出してくる。ファボスは八本の触手を持っている。ただ、全部出していると邪魔なのと、気味悪がられることがあるので、普段は両腕の位置にある二本だけ出しているのだ。
三本の触手で猫を抱き上げ「可愛い~」と笑む。子猫がペロペロと小さなピンクの舌を出している。
「もしかして、お腹すいてるの?」
背中側の二本の触手を出すとリュックを降ろして口を開ける。ガサガサ……。袋からパンを取り出す。政谷ベーカリーのブレッド。シンプルな配合の生地のパンだが、その分、粉の本来の味が楽しめると、奥様方に人気のパンだ。それの皮を少しちぎって、中の白い生地を小さくして地面に置く。
子猫を降ろすと、先を争うようにパンに食いついた。
「美味しいでしょ」
皮は自分の口に運ぶ。「おじさんのパンは最高なんだよ」広がる香ばしい味に目元をほころばせる。
「キミ達、飼い猫だね?」
子猫達は首に可愛らしい首輪をはめている。「おかあさんは?」聞きながら、またパンをあげると子猫達は「みにゃぁ~」と鳴いた。
チリリン……。後ろから音がする。寺の縁側を伝うように、大きな猫が音も立てずに走ってくる。
「にぁあ」
「みい……」
母親らしい猫が子猫達に呼び掛ける。子猫達は答えると「みにゃぁ~」口々にファボスに向かって鳴いて、母猫の後を追って行った。
「バイバイ」
ファボスが触指を振る。
「……僕もマミーに迎えにきて欲しかったな……」
猫達の姿が消えて、途端に大きく聞こえる雨音にぽつりと小さな声がまぎれ込んだ。
「どういう意味ですか? おじいさん」
台所から持ってきた急須で、湯飲みに茶をいれ、一つを祖父に差し出しながら健二が訊く。
「私にはマミーが本当の愛情を持ってファボを育てていたのか、疑問なんだよ」
熱い湯飲みに口をつけて、抹茶入り緑茶を一口啜って茂雄が答える。
穏やかな目が三年前を思い返すように遠くなる。
「あの女は、あのとき、まだ命があったのに、ファボとの面会を拒否したじゃないか」
クリーム色の壁に、白いベッド。床に置かれた小さなテーブル。外には、大きな楡の木の葉が、窓越しに部屋に影を落としている。
神田自治会に保護された後、銀河連邦刑事警察機構の事情聴取を終えたファボスは児童福祉施設に預けられていた。あれから三ヶ月。初めの一ヶ月はバタバタしていたが、その後は取り残されたように、この部屋で一人、食事以外はぼんやりと端末をいじる日々を送っている。今まで、ずっと個別の部屋で育てられていた為、何かしたいという思いも、誰かと話したいという思いも、出てこないのだ。
「マミーに会いたいな……」
そんな、ファボスのただ一つの欲求。
三ヶ月前に自分に
『ファボ、良い? あなたは今日、この星を出るわ。そして別の星に行くの。その途中に『青い空』が見える星についたら、船を出て、空を眺めてご覧なさい。そして、そこにいる人に『僕、特化デザインチャイルドっていうんだ』ってお話をしてみなさい。……きっと、あなたは『救われる』わ……』
囁いて、別れたきりのマミーの顔を思い浮かべて溜息をつくと、コンコン、クリーム色のドアをノックが叩いた。
「マミー!?」
ライトグリーンの瞳が、何度も夢に見た光景を描いて煌めく。音を立てて、自動ドアが横にスライドする。そこにいた、いつもの職員の姿に煌めきは消えた。
「ファボスくん、面会人が来ているよ」
「本当に!」
ファボスの声が部屋に弾む。またキラキラと瞳が輝いた。
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