待ちぼうけ・1

「マミーって、ファボを……特化デザインチャイルドを作成していた、惑星マルクの政府機関の養育係だった女の人でしょ」

 夏海が顔をしかめる。

 ファボスの故郷である、恒星ポルス系第四惑星マルクは、資源にも産業にも乏しい貧乏惑星だ。そこで、彼らは人的資源、つまり、改造しやすくタフな遺伝子を持つ、自惑星民を特化デザインチャイルドとして育て、他惑星の政府機関や企業に高額で売りさばいていた。

 ファボスも、その一人。プログラマーとして、コンピュータ操作、プログラム制作に特化して作られ育てられたデザインチャイルドである。星間大企業に納品される為に、輸送されていた彼は、デザインチャイルドの養育係だった女性に言い聞かされてた『青いお空を見上げてご覧なさい』を守る為に、『神田』に燃料補給に係留した宇宙船から抜け出した。

 そして……。

「あのときは驚いたなぁ~。学校の帰り道にぽけ~っと空を眺めていた子が、いきなり『僕、特化デザインチャイルドっていうの』って言い出すんだもん」

 学校でそれが倫理的なタブーで、刑事的にも社会的にも罰せられることだと学んでいた夏海は慌てて、茂雄に連絡を取った。そして茂雄の指示とおり、ファボスを連れて、自治会メンバーの待つ、神田公民館に向かった夏海は『高額な商品』を運んでいた輸送会社のガードマン、という名のチンピラに追われることになった。

 ……まあ、彼等は、茂雄が呼び集めた『神田』に世話になっている宇宙船乗り達にボコッボコにされたが……。

 その後、神田自治会を通じて、事の次第を知らされたカイナック政府から、銀河連邦刑事警察機構に通報が行き、マルクの政府ぐるみの特化デザインチャイルド作成組織は解体され、買い取った政府や企業も、見せしめに刑事的社会的罰を受けた。

 ……ファボスを育てたマミーは、その捜査の間に病で死亡したが。

「まあ、マミーはファボにとって、お母さんみたいなものだし、ファボを助けてくれた人だし」

 逆恨みだが、故郷の星に損害を与えた者として、マルクには帰れなくなったファボスを神林家の養子とした後、茂雄はマミーがやっていたことと、彼女が死んだこと、二つを話して聞かせた。

『うちの墓を通して、マミーを供養しておあげ』

 以来、ファボスは毎月のように、お墓参りをして、墓に向かってマミーに自分の近況等を話している。

「……やっぱり、死期を知って、それまで、沢山の子供達にしてきたことの罪滅ぼしがしたくなったのかしら……?」

 洗濯物を畳みながら奈緒が呟く。

 だから、ファボスだけは愛情を持って育て、逃がしたのだろうか。眠る桜を見つめる奈緒に茂雄は微笑んだ。

「そうかもしれんな」

 ポツリ、ポツリ、天から落ちてきた雨粒が地面を濃い色に染めていく。

「私、ファボを迎えに行ってくる」

 夏海は立ち上がると玄関に向かった。



「うわぁ……、降ってきちゃった」

 湿気と降雨時間十分前に鳴るように設定しておいた端末の音に、龍泉寺の軒先に駆け込んだファボスが鉛色の空を見上げる。林立する墓石を濡らして、ざぁざぁと雨が降る。

 神田に来て三年、惑星マルクには雨が降るという気象現象が無かった為、初めて雨を見たときはパニックを起こしたことを思い出しながら、ファボスは触指の先を屋根の外に出した。あっと言う間に濡れる。

「不思議だなぁ~」

 濡れた指をぴっぴっと振ってファボスは単眼をまたたいた。

 地下に、地下湖と地下水河しかないマルクで進化したせいか、マルク星人は水が苦手だ。ファボスも今でこそ、桜と一緒にお風呂に入って歌を歌ったりすることが出来るが、プールや海は大嫌いだ。マルク星人には水泳能力が無い。全身固い筋肉で出来ている彼等は、水の中に入ると錨のように沈むしかないのだ。

「う~、濡れたくないなぁ~」

 苦手な水が天から落ちてくる中、歩くのは避けたい。

「パンも濡らしたくないし」

 唸りながら、単眼の横の皮膚に貼りつけた端末を起動し、ホログラムスクリーンを目の前に展開する。ファボスが自分用に何度もカスタマイズを重ねた愛用の小型端末『KOTETU』。それを触指でちょいちょいと触れ、気象管理センターのサイトを呼び出す。

「終了時間は五時かぁ~」

 画面の文字を読み、小さく息をつくとファボスはメールアプリをタップして、奈緒宛にメールを綴った。



『さっき、なっちゃんが傘を持って迎えに行ったから、そこから動かないで。なっちゃんと一緒に帰ってきてね』

 奈緒がバリカに届いたメールの返信を送る。

「ファボ?」

 夫の声に「ええ。御東さんに行った、なっちゃんと一緒に帰るように言ったわ」微笑む。愛妻の笑顔に、思わずデレる孫を見て、ペーパー型端末で、新聞の続きを読んでいた茂雄は呆れた息を吐いた。洗濯物を片づけて、奈緒が桜を健二に頼んで、夕飯の準備に台所へ行く。

 雨が庭を、その向こうの山茶花の垣根を、更に向こうの『神田』の町を濡らし、辺りがうっすらと煙っている。

「……本当に罪ほろぼしかねぇ……」

 茂雄が白く霞む、外を眺めながら、ぼそりと呟いた。

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