僕とお友達・2
土手の菜の花の間に作られた階段を降りると、閑静な住宅街に入る。『神田』の工場に勤める従業員達が住む町。暖かな日差しに庭先にはパタパタと洗濯物が揺れ、開け放たれた窓から午後の星間ネット番組の音が流れる。満開のチューリップの花壇の横では、ペットらしき犬が一匹、すやすやと昼寝をしていた。とてもこれが宇宙空間に浮かぶ、町の景色とは思えない町並みを、ファボスはのんびり歩いていく。ブロック塀の向こうに、白壁の塀が見える。神田に東西二つある寺の一つ、『神田』の住人から『御東さん』と呼ばれる
創設者達曰く『例え、離れても民族の信仰を失ってはいけない』という信念のもと、建てられた寺には、『神田』創立当初に植えられたケヤキの木が、若葉をさやさやと揺らす。大晦日には、町の皆が打ちに来る、鐘堂の横を通って、ファボスは寺の裏の墓地へと足を踏み入れた。
うらうらとした陽気に光る、所々花の添えられた墓石の間を抜ける。一番奥には神林家の墓があった。白い御影石で出来た、二段の段を上がり、リュックのポケットから、ライターと蝋燭とお線香を取り出す。
いつも、春と秋の彼岸、夏のお盆に神林家の人達がやるように、蝋燭と線香に火をつけ、パンを供える。
二本の触手の先を合わせて、ファボスは目を閉じた。
「マミー、マミー、久しぶりにお話に来たよ」
春の午後の穏やかな空気にゆるりと湿気が混じる。湿り気の濃くなった大気に、神林家の長女、高校一年生の
「奈緒義姉さぁ~ん、午後の降雨の時間だよ~」
今日は三時から雨だ。勿論、コロニー内では人工降雨なので、『予報』ではなく『予定』である。 毎日、家族七人分の家事をテキパキとこなす義姉の手伝いをしようと、夏海は縁側に向かう。
「大丈夫よ。なっちゃん。もうお洗濯物は取り込んであるから」
柔らかな声がして縁側近くの部屋で、洗濯物の山を前に畳みながら、奈緒が答えた。
隣には、三ヶ月ぶりの休みに、恋女房に朝からべったり張り付いている、兄、健二が手伝いをしており、その奥の部屋では、桜がすやすやとお昼寝している。 夏海は兄が嫌そうな顔をするのを無視して、兄嫁の隣に座ると、山から洗濯物を手に取った。先ほどまでの晴天でしっかり乾いた洗濯物からは、ふんわりと義姉好みの控えめの柔軟剤の香りがする。
「奈緒義姉さん、ファボは?」
こういうとき、必ず手伝う、弟のファボスがいない。
「それがね、ファボちゃんたら、『降雨時間までには帰ってくるよ』って言って、出掛けたっきり、まだ帰ってきてないの」
奈緒が心配そうに空を見上げた。 真っ青だった空は、すっかり灰色の雲が厚く垂れ込め、もうすでに、隣町辺りでは雨が降っているのか、そこはかとなく水の匂いがする。
「傘、持って行かなかったの?」
頷く奈緒に、夏海はポケットからカード型の通信端末を取り出した。 通称バリーカード。略してバリカ。これ一枚で身分証明から通話からネット閲覧、電子マネーの支払いまで出来る端末のGPS機能を立ち上げる。ファボスは家族限定で、自分の居場所をGPSで探索出来るようにしている。画面を見て夏海は目を見張った。
「もう! ファボったら、まだ御東さんにいるじゃない!」
「夏海、桜が起きてしまう。静かにしろ」
穏やかだが厳しい男の声が飛ぶ。神林
「……ごめんなさい……」
『神田』の総大将と呼ばれる、『神田』で最も権威のある、神田自治会の会長である祖父には、誰も頭が上がらない。 茂雄は夏海を静かに叱ると「奈緒さん」孫嫁に優しく声を掛けた。
「ファボは墓参りかい?」
「はい、久々に政谷ベーカリーに行って、その帰りに御東さんに行くと言ってました」
『明日の朝ご飯は任せて!』と触指をひらひらさせて出て行ったことを告げる。
「マミーのお墓参りかねぇ……」
茂雄は灰色に覆われた空を見ながら呟いた。
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