僕とお友達・1

 チンチンチンチン……。白に赤のラインの入った電車が通り過ぎた後、遮断機が上がる。

「相変わらず混んでいるなぁ~」

 空間が限られているコロニーでは、個人の自動車は駐車スペースがいる為、非常な贅沢品だ。一般市民は皆、移動には公共の乗り物や電動バイク、自転車を使う。

 踏切を渡って、ファボスは土手に上がる道を登った。 土手は両側に菜の花が咲き、モンシロチョウが舞っている。

 ここ『神田』は、元は天の川銀河系、オリオン腕、太陽系、第三惑星地球のとある島国の工場町だった。が、その町が所属する都が、新たに宇宙港を作ることになり、立ち退き先の工業団地に高い入居料を払って移動しなければならなくなったとき、カイナック政府が町の住民ごと、新しく作った宇宙駅に誘致したのだ。多額の補助金をつけてまでの、大盤振る舞いの誘致だったが、彼等の高い修船技術を見込んだ、時のカイナック大統領の読みは見事に当たった。今や、このカイナックの宇宙駅『神田』は、銀河連邦でも随一の修理整備技術を持つ宇宙駅として、大小様々な宇宙船と宇宙船乗りが訪れる、交易ポイントになっている。『神田』だけでなく、カイナックコロニー群や、星間一流企業オベロンの専用コロニー『オベロン』も更に賑わい、当時の都知事がギリギリと歯ぎしりをしているという噂だ。

 その、創設メンバーが、無駄にこだわりにこだわりまくって作った、故郷の春の気温と景色。チュンチュンと小鳥が天高く上る、青い空を見上げてファボスは楽しげにパンの入った袋を振りながら歩いた。脇を電動自転車に乗った人々が走っていく。そのうちの一つ、荷台に銀色の縦長の長方体の箱、おかもちを着けた自転車がファボスの隣で止まった。

「よっ! ファボ」

 自転車に乗った少年が声を掛ける。

「あっ! しゅうくん!」

「ようやく、仕事から解放されたのか?」

「うん、やっと帰れたよ」

「まあ、あの検定のおかげで、こっちは弁当の配達で、かなり儲けさせて貰ったけどな」

 秀と呼ばれた、地球人型の身体に長い毛の生えた耳と、肘、脛から甲まで毛の生えた手足を持つ少年は自転車から降りて、にんまりと笑った。

 彼は『神田』の北、東地区の境に店を持つ、大衆食堂、福沢食堂の息子、福沢ふくざわ秀。

 今は高級店を除き、食堂はロボットによる自動調理、自動配膳が主流だ。 だが、ここ『神田』では、彼の家のような人間が調理する個人商店の食堂が、あちらこちらに点在していた。先程、ファボスが訪れたベーカリーもそうだ。 懐古趣味だと『オベロン』の住民からバカにされることも多々あるが、絶滅危惧種の駅前商店街のアーケードまである『神田』は、そのせいでレトロな生活様式を体験に来る観光客も多い。

 しかも福沢食堂では、弁当の配達までやっている。平日の夕方、そして休日の昼と夕、ベルを鳴らしながら疾走する秀の姿は、もはや名物だった。荷台のおかもちは、その配達用。

 うまいものは暖かいうちに届ける。

 それを信条としている彼の配達姿に惚れ込んだ、『神田』の技術者が作った特別品。どんなに自転車が傾いても中の弁当はピクリとも傾かないという、平衡装置仕込みの超一級品だ。

「なんか良い匂いがするな」

 秀が鼻を鳴らす。

「うん、政谷まさやベーカリーのパンだよ」

 ファボスは手の袋から、新作のまだほんのり暖かいパンを出した。

「はい、どうぞ」

「おっ、ご馳走さん」

 二人で並んで土手に座り、パンを食べる。 サクサクとしたデニッシュ生地とカリカリしたクルミのコントラストが美味しい。

「後、これね。福沢のおじさんとおばさんの分」

 リュックからベーカリーのおばさんに分けて貰った小袋一つに、手の袋から新作のパンを二つ入れて渡す。

「良いのか? うちの分まで」

 いつもの秀の台詞に、ファボスはにっこりと笑った。

「だって、福沢のおじさん達はさくらちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんだもん」

 桜とは神林健二と福沢家から嫁いだ奈緒なおの間に生まれた、今年四歳になる娘。つまり、神林家と福沢家は親戚同士なのだ。

「折角の給料を使い果たしちまうぞ」

 毎月、福沢家の分まで、お気に入りのベーカリーのパンを買ってくる、お人好しの友人に呆れた笑みを向けると

「良いんだもん! 僕が僕の好きな人の為に使うんだから!」

 ライトグリーンの単眼のまなじりが上がる。

「親父、パンはそう好きじゃないけど、お前の買ってくるパンは、いつもうまそうに食べてるからな」

「本当?」

「ああ」

 嬉しそうに笑う友人の頭を、帽子越しに秀はぽんと叩いた。

「そうだ、お前、次の週末、空いてるか?」

「……えっと、ごめん。次の週末は勝山かつやま書店でバイトの予定。ずっと行けなかったからまなぶさんに念を押して頼まれているんだ」

 ファボスはその能力を生かして、神田商店街の管理システムのオペレーターや個々の店舗のAIの管理の手伝いもしている。

「今度、入札する出版社の払い下げサーバーの事前調査だから、また秀くんが好きそうな本があったら学さんに頼んでおくね」

「……たく、本当にお前は人が良いんだから……」

 楽しげに触指を振る彼に、秀が肩を竦めた。



「パン、ありがとうな」

 秀が、おかもちの中にパンを入れて、手を振り、店に帰っていく。

 ファボスは大きく触腕を振って見送った。



「マミー、マミー、僕、お友達がたくさん出来たんだよ」

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