第3話 佐田さんにいわれた衝撃の一言

「へーい、勢夏! お久しぃ......ブリー......フー! フー! フー!」

 なまりまくりの日本人英語、からの、かぶっていない帽子を押さえるマイケルポーズ、大事なことなんで、右回り、左回りで、三回フーしました。

 それを、無駄に声優さんのような超美声、低音ベルベットボイスでいう。

 いつ会っても心から思う。

 見た目男爵こと、正一叔父さんは、本当にもったいないけど、絶対ぶれない変わらない、救いようのないB·A·K·Aだ。

 難は急げ。

 正直、渋谷のハチ公前で、もう少しで警官が飛んできそうな、トンデモパフォーマンスで現れ。

 キマった。

 どや顔で僕にハグするアラフォーオヤジと、僕は積極的に会いたくはないけど、すーさんが現れた意味を、きちんと説明したい。

 どうせ休みだし、草、笑い事じゃなく、心がくさくさしていたので。

(ならこれからどうですか)

(イヤー、ザッツ頼( ;`Д´))

 僕も叔父さんも友だちゼロで、ラインはやら、いえ、やれないので、ジーメールでやりとりし、面倒な苦行は今日中に済ませてしまうことにした。

「すーさん、渋谷のスクランブル交差点渡りに行くぞ」

「えー、これから? 僕、今日はスケジュールびっちりなのに」

 お前、無職で暇だろ!


                ◐


 僕はすーさんと電車で渋谷に行き、駅前で正一叔父さんと合流した。

「さーて、若いお腹ペコリーヌクン×2! 今日は腹一杯食わしてやるぜ! サイゼか? すき家か? しっかり飲める日高屋もありだな」

 一応、選択肢をいうけど、

「うんサイゼだな、オッケー!」

 いつも勝手に決め、えっちら歩いて、

「ここのサイゼ、一階がローソンでな、二階のサイゼも無料Wi-Fi使い放題、ウケるー! ミラノ風ドリア三つ。え、以上だけど」

 大団円正一、今年40歳、独身、職業漫画家。

 といっても、どんな漫画を描いて生計を立てているのか?

「勢夏、芸大出ても本業だけでは生計が立たず、派遣のバイトで食いつないでいる人もいるんだぞ、五十過ぎで。叔父さんは、一応、今のところ、とりあえず、なんとか夢でメシが食えてる。それに世の中には知らない方がいいこともあるんだ」

 叔父さんは、おな大卒で、佐田さんの先輩にあたり、大阪から上京し、今のうちのあたりに住んだけど。

「当時、叔父さんは精神的に黒歴史状態でな、闇落ち息子を、元の箱入りお坊ちゃまに戻すべく、姉さんが派遣されて来て」

 詳細は知らんけど、若き母は大学事務員に雇われて、売店の納入業者だった親父に見初められ、今に至るらしい。

 僕が同じ大学で佐田さんと出会う。

 それは運命だったかもしれないのに。

 それを、ン、なんだよ。

 すーさんが、僕に袖を引き、周囲を驚異の目で見た。

 はいはい、いつもの現象ね。

 サイゼの女子店員、近くの席のお姉さんたち。

 みんな叔父さんを、呆然、硬直して見惚れているのだ。

 見た目男爵こと、正一叔父の必殺技、いるだけで女心わしづかみの術。

 顔だけは世界のイケメンとギブ、じゃない五分の勝負。

 最近、本屋でよく見かける、男同士のそういう系漫画の表紙で、いたいけな美少年を、これから未知世界調教してやるぜ。

 暗黒微笑でどやってる、貴族系オヤジ顔、とでもいうのか?!

 不規則な生活な漫画家とはいえ、正一叔父さんは20代と変わらぬ痩身で、外見も高そうでイタリアンな、ちょいワルスーツでビシーッ。

 おしゃれは足元から。

 洒落た革靴で足でも組もうもんなら、別世界イケメンとはこういうものか。

 男の僕でも見とれてしまう。

 だがね!

「勢夏、君みたいに若くてギンギンだと、一人でも毎晩だよな! かいてもかいてもかきたらない! 若い男ってそういうもんだよな! でもな、いくら彼女がいないからって、あんまり一人でかきすぎんなよ!」

 何をいいたいのか謎なことを、周囲の女性客が落胆、ドン引きするような大声でいい、急に秘密でも打ち明けるように、そっと僕の耳元で、

「耳かきは」

 なぜそこだけ小声!

 二年前、ワイの母に勧められ、婚活会社に登録。

 外見に陶然となった相手を、叔父さんは松屋に連れ込み、どや顔で券売機の説明をしたあと、さっさと自分だけQRコードで食券を買い、一人で食事をすませ、

「今日は楽しかったです、股!」

 券売機横で凍りついたままの相手を残し、一人で帰ってきた。

『T野内豊似超イケメン婚活相手松屋置き去り事件』

 婚活業界で、いくらなんでも都市伝説だろ..

 『怪談』として語り継がれている事案の張本人。

「姉さん、僕はああいうとこの女性は無理だ。もうあの婚活会社にはいかないよ」

 ご心配なく、叔父さん永久出禁ですから!

 叔父さんはドリアに無料の唐辛子フレークをこれでもかとかけると、

「今日はそのためにお前を呼んだが、時が来たようだから、たいへん残念なお知らせをする」

 叔父さんは、聞き惚れるようなベルベットボイスでいい、美しい顔を曇らせると、長いまつげをふせ、

「勢夏、君は一生、純潔だ」


                ◐


 純潔。

 心身にけがれがなく、清らかなこと。

 ググればネット辞書でそう出てくる。

「これは、オブラートにくるんだ言い方だから、高校中退の君にはわからないだろう。直接的な日本語でいうと、君は一生、童」

「わかりました! わかりました!」

「理解してくれたか。じゃ、股」

「ちょ、待てよ! り、理由は?」

 帰ろうとした叔父さんを、僕は未払いの伝票を振りながら呼び止めた。

「軟者の血を引く者は、生涯女犯、要するに女子とエッチ出来ない宿命にあるんだ」

 叔父さんは席に戻ると、伝票を無視して重々しくいった。

「それって」

「要するに、君は生涯童」

「わかりました! わかりました!」

「理解してくれたか。じゃ、股」

「いやいや、帰らないでよ! だっておかしいでしょ? 同じ血を引くお母さんはちゃんと結婚してるじゃないか!」

 叔父さんはノンノンノンと指を振り、

「軟者の世界は封建的でな、野郎しかなれないんだ。今時珍しい男尊女卑の世界なんだよ」

「それ男『損』してるでしょうが」

「はっはっは! 勢夏くんおもろー!」

「てことは、叔父さんまさか」

 正一叔父さんは、重々しく立ち上がると胸を張り、店内の女性たちの注目を一心に集めると、ネクタイをきゅっと締め直し、美声を張り上げた。

「わたくしごとですが、僕、十四代目軟者神他力本願、大王! 大団円正一はこのようにスカし、勝ち誇ったような顔をしていますが、実は40歳の今も彼女いない歴年齢、いまだに素人、玄人ともに童」

「わかりました! わかりました!」

「理解してくれたか。じゃ、股」

「っておい!」


               ◐


 その後の叔父さんの説明によると、僕の家系の男で結婚した人はいず、妹や姉が結婚して子孫を残し今に至るそうで、

「こんなしょーもない血を引いても、なんにもおいしくないじゃないですか!」

「心配するな、功徳を積めば来世で報われるから」

 そんな気の長い話、聞いていられるかよ!

「叔父さんも19の時、もう素人とはどうあっても添い遂げられない運命。ならばとバイトでためた大5枚を握りしめ、業務レディーを取り揃えた、そういうプロショップに行った。何が起きたと思う?」

「その..起立しなかった?」

 叔父さんは急に顔をしかめ、

「勢夏! 女性が大勢いる公共の場で、そんな下ネタ口に出すな!」

 お前がいうな!

「僕がビルに入ったとたん、火が出てプレイ中の男女五人が...ま、そういうことだ」

 どうも叔父さんの口から聞くと嘘くさい。

 そんなことより、

「実は僕、今、ちょっといいなと思ってる女子がいて」

「ほう、どこでやり捨てられた、中古ちゅうぶるメンヘラビッチだ?」

「そんなんじゃないよ。同じモールでバイトしてる、叔父さんの後輩で、日美芸大映画学科一年の、佐田さんって子」

「勢夏、叔父さん今、どんな顔をしている?」

「よーし! 叔父さんがOBとして、完全無料で、二人の仲を取り持っちゃうぞー? みたいな?」

「チガウヨー! 全然チガウヨー!」

 叔父さんは紙ナプキンで口を拭うと、

「高校中退のフリーターが、現役芸大生とだ? 十四代目軟者神他力本願王の呪い抜きに、ワールドカップで、日本代表が優勝するのと同じくらいの確率でねえよ!」

「そんな心に突き刺さるひどい一言じゃなくて、センパイとして間に立ってですね」

「あれー、センパイ? センパイですよね? なんでいるんですか?」

 て、誰だよ、大事なとこなのに、僕が寝るときいつも聞いている、イヤフォン推奨の耳かきASMR、スピーカーで爆音視聴して妨害する奴!

 て、なぜ桃山姉妹がいる!?


                ◐


「おじさまって、T野内豊に似てるっていわれません?」

「ふ...向こうが僕に似てるんだよ」

 桃山姉妹は、隣が空席だったので、勝手にテーブルを合体させて座り、

「お前らどうしてここいるんだよ?」

 お前らも僕を尾行してるのか?

 桃山姉妹に目で問いかけると、

「えー、JKがぁ、放課後にぃ、渋谷のサイゼいるのぉ、フツーじゃないですか~。あ、おじさま? 私たち、勢夏クソ、じゃない、勢夏センパイのおとなりさん、通称桃山姉妹と申します、よろしくニャン」

 誰だよ..

 こういう、ぞくぞくする『キモカワ』もあるのか。

 悦子と淑子のどっちかは、気味の悪い猫なで声で、深夜アニメに出てくる、若年寄みたいな兄ちゃんに、何の疑問もなく従順に従う、我々に都合のいい二次元JKのように、両手猫耳ポーズでいった。

「勢夏んちのお隣の桃山さんて、お父さんが893やってる家だっけ」

 女性に遠慮会釈のない叔父さんが、失礼なことを直球で聞いても、

「もー、それ都市伝説ですってば!」

「パパは金融関係!」

 美人で巨乳の17歳の双子姉妹が、JKの制服でブリブリすると、これはこれで悪くない。

「え、でも空手道場やってたよね?」

「はい。うちらこう見えて三段です」

「えっと、話は急に変わるんですけど、甥っ子の勢夏さん、この間、うちらのスカートの中がん見プレイして、思い切り鼻血ブーして。でもそのあと、全然うちらとの『約束』守ってくれないんです。そういうの、叔父さま的にはどう思われます?」

 俺はお前らのパンツなんて見て!

 正直、悪い気はしなかったけど。

 『約束』なんかしたか?!

「勢夏! だめじゃないか! 女性との約束はちゃんと守れ! 終わってから値切るなんて、男として最低だぞ!」

 なんの話だよ..

「それ、元はといえば、すーさんが」

 って、いつのまにか別席のJKたちと意気投合して、そっちで和気あいあいしてるし。

「勢夏センパイって、彼女いない歴年齢、それって『逸般人』確定で間違いないですよね?」

 なんで俺のもっとも知られたくない秘密知ってんだ!

「あたしたち、偶然立ち聞きしちゃったんです」

 その時だった、叔父さんが覚醒したようなきめ顔で、キッと桃山姉妹を指さし、

「煽りやがって...JKだってゆるさないぞ!」

 叔父さんが謎台詞を、低音ベルベットボイスでキメると、桃山姉妹は雷にでも打たれたように、急に素の顔になり、

「く、口ではそういっても、勢夏ク、いえセンパイの男は正直だぞ?」

 桃山姉妹のどっちかが、合言葉のように棒読みで被せると、叔父さんは大きくうなずき、

「キタコレだよおっかさん! 勢夏がぶっちゃけ今現在も童」

「わかりました! わかりました!」

 叔父さんはうなずくと、僕に伝票を押し出し、

「ならありがたくゴチになるよ。ほら、君たちもこの上に重ねなさい」

 なにやらうっとりしていた桃山姉妹は、金が絡むと一瞬で二次元JKの演技に戻り、

「ハーイ! センパイごちそうさまでーす!」

「いや、あのですね」

「誰だ、携帯の電源切ってない、エチケット失格者は」

 俺かよ! ってこれは出ないと。


               ◐


 僕は店の外に出て、急いで電話に出た。

〈あ、おつかれさまです〉

〈フフフフ……フハハハハ…ハァーッハッハッハッハ! こんばんわ八神庵です〉

 俺の回りにはまともな奴はおらんのか!

 バイト先の鑓水やりみず丈統括店長は、お気に入りの格ゲーキャラ、その暗黒爆笑を挨拶がわりに決めると、

〈どうもお久しぶりの照り焼き、鑓水です。あれ、勢夏くん今日どったの?〉

〈ちょっと熱が出て起きられなくて〉

〈シフトの鉄人が無断..でもないけど、昭和30年代でもあるまいし、人が店まで来て欠勤いうなんて、誘拐でもされたんじゃないかと思ってさ。今家?〉

〈はい、ようやく起きたところで〉

〈え、じゃ今、俺から見えてる人は、他人の空似かな?〉

〈いえ、そ、それは〉

〈フフフフ……フハハハハ…ハァーッハッハッハッハ! 冗談だよ〉

〈と、とにかく明日からは通常通り店行きますから!〉

〈その確約で元気もらったよ。じゃお大事に、バイナラ〉

 業務連絡が済むと、あっさり電話は切れた。

 お客さん、静かにしてください!

 背後からお姉さんの怒鳴り声が聞こえたから、『金で割りきる35歳』は、本人がいうところの、『鑓水パラダイス』から電話してきたのだろう。

 サイゼに戻ると飲み込んだため息がリバースした。

 元気、やる気、男気ゼロ、陰気、隠居、引退度マックス。

 いつも僕を冷ややかな蔑んだ目で見て、あとはがん無視の桃山姉妹も、ああ見えて女子なのか、超イケメンの叔父さんには姉妹ともうっとり。

 叔父さんもキャバクラ、行ったことないけど。

 それのJKナイトよろしく、左右に超ミニスカ制服姿の、桃山姉妹をはべらせ、

「『鬼畜攻め』のぶつかりを『健気受け』がどう持ちこたえるか、そこばかりが」

 僕の切なるお願いを無視して、どや顔でJK二人と、相撲の立ち合いの話とかしてるし。

「あれ、すーさんは? トイレ?」

「ここで知り合った女子とカラオケ行った」

 猫に小判、豚に真珠、お調子者にリア充か..

「先に帰るわ」

 正直者がみじめを見る、悲しい現実世界にいたたまれず、僕はお金を置いて、一人、サイゼを後にした。


               ◐

 

 コマネチ! コマネチ! コマネチ!

 寂しいような虚しいような、浅い眠りで悶々と過ごした僕は、いつもより早く起きて一階に降りると、母と妹が朝の体操をしていた。

 お宅の深雪ちゃんは、一人だけ放送通りにやらない。

 まず笑いを取る、それがうちの教育方針ですから!

 町内会長からの、深雪の夏休みラジオ体操に対する苦情を、母は断固としてはねつけたものだ。

「よしなさい!」

「なわけないやろ!」

「よしなさい!」

「なわけないやろ!」

「勢夏、たまに早く起きた時ぐらい、あんたも長男特権たる、やっさんの、眼鏡! 眼鏡! で加わりなさい? 朝ごはんが美味しいわよ」

 朝もはよからそんなことやれるか..

 怒るでしかし!

 つい出てしまう悲しい性よ..

「あーよく寝た!」

 突然、現れた翌日、山から宅配便で荷物が届き、以来、すーさんはハンモックを吊って寝ている。

「うわー、勢夏王やったじゃない! 今日の運勢、獅子座最下位ですって! やりい! そんなあなたのラッキーアイテムは、『苦痛の知人』ですって? えー、どんな人だー?」

 我が家門外不出の、めざましコマネチストレッチから、朝のツッコミ体操をしていた深雪が、首をかしげるすーさんに、ここぞとばかりにツッコんだ。

「すーこ、それ苦痛ちゃう、『共通の知人』や!」

 僕は無言で家を出た。


                ◐


 僕は見ていなかったけど、昨夜、テレビで百均の特集があったとかで、今日は開店と同時に、暇なジジババが店に詰めかけレジは朝から長蛇の列。

 しかも桃山さんが、

「娘が熱を出した、あたしも調子悪い」

 急に休むもんだから、ワイ副店長フル回転で、時計を見たらいつもの休憩時間、13:30。

 ちょうど店も空いたので、僕はフードコートに向かった。

 そこでようやく気づき、猛烈に腹が立ってきた。

 熱を出した娘って、あの二重人格の桃山姉妹か?

 JKだろ? 幼稚園児じゃねえんだから、自分らで何とかしろよ!

 昨日、無理なキャラを熱演しすぎて、それで知恵熱でも出たんだろ!

 なんだよ、超イケメン見たとたん、コローッと女子になりやがって。

 超イケメンっていえば、まさかのモテキング、見た目男爵こと正一叔父が、40歳の今も女性に対し、『純潔』だったなんて。

 衣食住足りて礼節を知るなんていうけど。

 男の場合は下半身も満たされないと、いつしか精神を病んで、ああいう変態男爵爆誕しちまうんだな。

 お前も同じ運命だって?

 確かに、僕は今まで女子にコクられたこともないし、バレンタインの本チョコもゼロだ。

 でもそれは、中学時代、スクールカースト変人枠特典で、デン犬源太他にいじめられて不登校になったり。

 そのせいで成績がた落ちで、名前書ければ誰でも入れる、底辺私立高校しか進学出来ず、そこで、股! デン犬源太他にカツアゲされて不登校になり、そのまま中退してニートしてたという。

 俗にいう『市場に出回っていなかった』、まだ見ぬ強豪状態だったせいもあると思う。

 高校中退→ニート2年。

 どん底を経験し、そこから這い上がっての、フリーターの今がある!

 痛みに耐えてよく頑張った、自分で自分をほめてあげたい!

 だがね!

 現役芸大生には、こんなの『私の黒歴史』でしかなく、バレたらドン引きされるだけだよな。

 僕も叔父さん同様、生涯純潔な運命ってのも、マイヒストリーを振り返ると、まんざら嘘でもないのかもな。

 いいんだ恋人じゃなくたって!

 せめて茶飲み友だちになってくれ! 

 おじいさんか!

 埼玉のフードコートで、へたれな愛を叫んでいた僕の目に、突如、他力本願な奇跡が飛び込んで....キター!!


               ◐

 

 全国五十万人! いや、それはニートの数か。

 全国にどれだけ生息しているかは不明だが、僕のような元気、やる気、男気ゼロの、完全無欠の他力本願ニストが。

 俺には都市伝説だと、何度、布団をかぶって涙しただろう、究極の他力本願。

 ワイの好きなアイドル、女優さんを、当たり前のようにモノにした芸能人、スポーツ選手、IT長者の、お百度踏む健気はなくとも、地団駄踏む嫉妬なら俺に任せろ!

 なぜ知り合えたの?!

 友だちゼロフリーター究極の疑問に、いつも不変の精神地獄落とし、それこそ『鬼畜攻め』アンサーたる。

 苦痛ならぬ、『共通の知人の紹介』で知り合い、ゴールインしたよーん。

 共通の知人? そんなもんいねーーーよーーー!!

 それが今、俺のげんじつとして、30メートル先から向かって来るのだ!

 腰のあたりで、小さく手を振る、微笑みのすーさんに、僕は、まるで冬山登山長期遭難者が、救助ヘリに狂喜乱舞するように、ここでーす! ここでーす! 飛び上がりながら、天高く突き上げた両手をぶんぶん振った。

 やべ、目頭に熱いものが..

 近づいて来るすーさんの隣、まるで拉致され、凶器で脅されて、むりやり連れてこられたような、おびえた顔の、今日はジャニス姿の佐田さん。

 やっぱ可愛ええー!

「こちら、流山勢夏くん。ラノベの登場人物みたいなふざけた名前だけど、ばか親がつけたキラキラ本名なんで許してね」

「はじめまして佐田と申します」

 おう、くるしゅう..ある! なんだこの緊張、心臓の音速鼓動!

「勢夏くんは同い年、名前さえ書ければ、誰でも金払えば入れる私立高を一年で中退して、2年にわたるニート生活。その後、一念発起して、ここの百均のバイトに応募し、採用され今にいたる」

 よしなさい!

 全力でツッコミたいけど、緊張で声が出ねえ、体が動かねえ!

「あ、あとその人、彼女いない歴童、じゃない、年齢なんで」

「声が小さいよ! かのじょいないれきーー!! ねんれーー!! かっこ大爆笑なんでーー!! あらかじめーー!! ご了承ーー!! くださーい!!」

 お約束の桃山姉妹..いつか天誅を下す!

「ありがとうございます」

 なにが?!

「うん、じゃお疲れさまでした」

 て、まだ何も始まってないだろうが!

「ああああの、僕に...何か?」

 佐田さんはいきなり僕に頭をさげた。

「ごめんなさい」

「え、僕、もうコクりました?」

「ハイ?」

「いえ、どうぞ続けて、くれめんシシシ」

 緊張と興奮で痙攣まで出る始末だ。

「昨日、あたしのせいで、ラップ豚野郎にぼこぼこにされたじゃないですか? あたし、勢夏さんが散々煽ったあげく、一瞬で惨敗する姿を、こっそり自分の部屋の窓から、ずっと見下ろしていたんです。あの時の勢夏さんの、胸のすくような、コントみたいな見事なやられっぷり。それがうっかりツボって、部屋の中を転げ回って、大爆笑してしまって。心身ともに痛かったでしょ? あたしの落ち度なのに、本当にごめんなさい!」

「そんな、なんでも正直にぶちまければいいってもんじゃないけど、とりあえずお疲れ、オッケーですよ!」

 そこで佐田さんは照れたようにうつむき、会話が途切れた。

 この..

 これって俺のターン?!

 いえるか、いえるか俺?!


                ◐


「それ、ジャニスですよね?」

 いえた..佐田さんに面と向かっていえた!

 どんなもんじゃーい!

「『パール』のジャケインスパイヤーですか?」

 いいぞ、いいぞ、佐田さん、ワイの高校中退離れした博識に、びっくりしてる。

 何が僕は一生純潔な運命だよ。

 愛と文化芸術が合体すれば、そこには感動という奇跡がおっきし、二人をぐっちぐちに合体させるのさ。

「映画の『ローズ』から」

「ごめんなさい!」

「えー、今度は何にたいしてのメンゴなのー? やっぱ元ニートってとこがムリなのかな?」

 助左衛門! お前は黙ってろ!

 桃山姉妹! なぜ一歩前に出る?!

「彼女いない歴年齢も、背筋激サムソナイトだけど!」

「やっぱフリーターで許されるのも、ハタチまでだよねー! そんな将来性ない男と、なんでシャレオツ芸大生がー! 付き合ってやんなきゃなんねーの! つーの!」

 煽りやがって、JKだからってゆるさねえぞ!

「僕はただ、同じモールで働く仲間として、たまにお話できたらと。そんな付き合うとかどうとか、そんな大それたことは思っていませんよ」

 桃山姉妹は一歩下がると、すーさんと一列になり、

「うわ情けなー、今このタイミングで、この男気ゼロの撤退宣言いう?」

「これは女子ドン引きですワ。いわれたお姉さん可哀想!」

「佐田さま、そーなんでござるか」

 佐田さんは涙目になり、僕を見ていった。

「確かに勢夏さんのプロフ聞いて、引かない女子はいないと思います。でも、なぜ彼女いない歴年齢なのか? なぜ二十歳にもなって定職に就こうとしないのか? そんなことぶっちゃけどうでもいいんです!」

 今度は僕が一歩前に出て、

「じゃあ、何が..」

「不自然なほど、よくフードコートで見かけるたびに思っていました。この人の顔、どストライクだって。あたしいつも勢夏さんにときめいてたんです!」

 ワイと立ち合い一同に衝撃が走った。

「なら、遠慮せず手に手を取って、多目的トイレにレッツゴーすりゃいいじゃん」

 桃山姉妹が催促の手拍子をすると、佐田さんは本格的に泣き出した。

「あたしは今、勢夏さんのプロフ聞いて、猛烈に絶望しました。あたしには、勢夏さんの彼女いない歴年齢を、自分が止められるような、色気、テクもないし。まして、勢夏さんを、今のお先真っ暗な、怠惰なフリーター生活から救いだし、真人間に立ち直らせる育成能力もないって」

 すーさんはそんなことない、首をふりながら、泣いている佐田さんのお尻をぽんぽん叩き、

「大丈夫、95%以上の女子が、色気もテクも育成能力も持ってないから。それとも他に何か理由があるの?」

 佐田さんは、ネットの、よくもだましてくれたなポーズで叫んだ。

「あたし、イケメン恐怖症なんです! どストライクなイケメンが目の前にいると、緊張して、いてもたってもいられず、今すぐお手洗いで全出ししたくなるんです! ごめんなさい! あたしムリです! もう限界なんです!」

 佐田さんはお腹を押さえ、トイレマークの矢印に沿って、変な姿勢で走り去ってしまった。

「勢夏王、これが軟者王の宿命、娘永久封印の呪いでござる」

「なんてこった、ぱんなこった、もひとつおまけにいやなこった!」

「ズコーッ!」

 僕の背後から、一部始終、見て、聞いていた。

 突然、母幸子と妹深雪が現れ、お約束こけして見せた。

 すーさんが僕の肩を叩きいった。

「他力本願王の女子との交際を、痛いところに手が届くように、とことん邪魔する意地悪運命、これも軟者の呪いやね」

 オーマイガー!




 

 

 

 


 

 




 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る