番外編 桃山姉妹の大暴険 悦子その1

「そんなことでっか。わてら極道もんには、同業者、悪い奴は匂いでわかるんですわ」

 ある組織的強盗団の首領が、どこで共犯者を見つけたのか?

 取り調べで刑事に問われた時、そう不敵に答えたそうだ。

 あたし桃山悦子も昨日、まったく同じ体験をした。

 同志、戦友たる、『逸般人』もまた、『匂いでわかる』のだ。

「煽りやがって..JKだからってゆるさねえぞ」

 オヤジだけど、現実とやおい、BLは別世界な。

 ウチらがキャラ設定したくなる、完璧な美形オヤジの口から、まさか我々の合言葉が、超美声で飛び出してこようとは。

「『逸美脱男』」

「『オメガバースの超人男爵』!」

 ウチら姉妹が、今もっともはまっている18BLコミックだ。

「お好きなんですか?」

 JKでまあ美形で、すいか乳してようもんなら、迷惑オッサンが寄ってくること、寄ってくること。

 ウチらは金もらってるアイドルじゃないんで、何度、必殺の正義893キックで追い払ったことか。

 でもこいつなら、同じ逸般人なら、とりあえずおkだ。

「むしろ、君はオメ超のどこがいい? か、た、れ」

 略し方をしっている、てかオメ超しっている、女子の語りたがりもわきまえている。

 オヤジだけど、18BLの攻め手然とし、見た目超人男爵な超イケメン。

 一枚ならぬ、奇跡の一人。

「その、鬼畜攻め、健気受けって、よくあるパターンなのに、キャラ設定が激ヤバくて、その発想はなかった、いつも感心するんです」

「だてにBLコミック界の手塚治虫と呼ばれてないか。彼は腐っても。ふ、腐っても芸大出だからね」

 手塚..誰?

 やっぱオヤジだ、はなしあわなそう。

「『鬼畜攻め』のぶつかりを『健気受け』がどう持ちこたえるか、そこばかりが」

 ひょっとして編集者?

 て、いいとこで万年寝ぼすけ王子、無気力の鉄人、我らが勢夏クソが戻ってきやがった。

 けど、秒速で、

「先に帰るわ」

 二千円置いてゲットアウト、サンキュー。

「あのー、つかぬことをお聞きしますが、オメ超関係者の方ですか?」

 だってこの人、あたしを夢女子に変え、フィギュアとか、散々、お小遣いをドブらせた、夜の一人シャドーボクシング(照)の攻め手、最愛の夢見キャラに、超瓜二つなんだもん。

 すると現実の夢見キャラは、きめ顔で、あたしを指さしていった。

「踏み込みやがって。戻れなくていい覚悟なら、俺がお前の秘密の花園、邪悪の泥沼に変えて、俺のDNAで汚してやってもいいんだぜ」

 オッサン、頭おかしいんじゃねえの?

 一般人ならそう思うだろう、だが我々は『逸般人』だ。

 あたしは思わず立ち上がって叫んだ!

「オッケーです!」

 何が?

 オメ超のダーク主人公、魔屈の攻め男爵こと、クッベル博士のきめ台詞を、クリソツ三次元者が、声優美声であたしにだけいってくれた。

 それだけで充分。

 人理屈ではなく、娘本能が屈服してしまった。


               ►


 現実には衝撃の運命も、奇跡の出会いなどまずない。

 だから我々は腐るのだ。

 何も起こらない退屈な日々に、夢と潤いを求めて、腐り、発酵するのだ。

 勢夏クソが帰り、ウチら的にはまだ審議中の、山から来たとかのモブは、ギャルJKどもと消えた。

 ウチらだけのサイゼで、

「秘密、守れるか?」

「はい、ていうか、ウチら怖がられて友だちいないし、こういう趣味、あたしは生まれてきた意味、使命だと思うんですけど」

「指名? それはドラフト何位レベルだ?」

「その指名ではなく、決意というか、要するに人にいうことではないと」

「その筋に通じているなら、もうバレンタイン、いや、もうバレーボール、いや違う。もうバレンシア、でもない」

「えっと、もうバレバレだと?」

「ああ、要するに、目の前のこの僕が、逸美脱男の中の人だ」

 やっぱり!

 声をひそめてあたしだけにいってくれた瞬間、オッサンはあの方になった。

 アラサー腐なら、JKを知恵の足りないガキだと決めつけ、そういう嘘をいって、だますオヤジがいるから注意しろ。

 説教のひとつも垂れるだろう。

 だが目の前のあの方はガチだ。

 なぜなら、『オメガバースの超人男爵』の、絶対折れない、地獄攻め四時間余裕の魔超人、ケッベル博士は、まんまトレースであの方だし。

 なおかつ、調教のため監禁中の受けに、いつも情けないセクハラをして、ケッベル博士に見つかり。

 罰として新しい玩具の実験道具にされる、間抜けな使用人セーナは、誰がどう見ても勢夏クソがモデルだ。

「急にそんなこといわれても、すぐには信じてもらえないと思うが」

 あたし今、ケッベル博士と直談してる!

「出版社は練馬にあって、担編の和田さんはガチ勢でね。僕が独り身なもんだから誤解して、よく打ち合わせ場所に、プールやサウナを指定してきて困ってるんだよ」

 一目瞭然なのに、なにくどくどいってんだよ!

 だがね!

 そうそう! これこれ! なのだ。

 攻めだるま、鬼畜の鉄人ケッベル博士は、プレイ中の超人、攻め発明の天才博士ぶりとはうって変わり、普段はちょっとおバカでお人好し。

 ずる賢くてセコいセーナに、よく買い物のお釣りをごまかされて、腐の母性本能をくすぐるのだ。

「先生」

「先生はやめてくれ」

「うわー、謙虚なんですね..」

「違うよ、一般庶民に、なんの『先生』なのか聞かれたら、説明に困るだろ」

 確かに。

「ではなんてお呼びすればいいのでしょう?」

「センセーはだめだけど、マンセーならオッケーだ」

「....」

「おいおい、そう緊張するなって。担編和田チャンは、僕のことをイッツビーって呼ぶから、君らもそう呼べ。これは命令でもお願いでもない、僕らの運命だ」

 ノンケを受けにするときの、ケッベル博士のきめ台詞!

「ならイッツビー、実はウチら姉妹」

 イッツビーは目を丸くしていった。

「君ら姉妹なの?」

「え?」

「いや、てっきり同じ人が二人いるのかと思ってたよ」

 その発想はなかった。

 双子時間差同時調教がばれて、マンセール兄弟に詰め寄られた時の、ケッベル博士の魔言い訳。

 初めて読んだ時、この世界は常識に囚われない、想像あるのみの自由な世界なのだ。

 あたしもこの世界で羽ばたきたい。

「実はウチらも将来、イッツビー先輩みたいなマンセー、じゃない、ま、漫画家を目指していまして、せっかくの機会なんで」

「親のスネはかじりつくせ! 人のコネは使い倒せ!」

「セーナの座右の銘ですよね!」

「明日、芝浦プールで和田チャンと打ち合わせなんで、よかったら原稿持っておいでよ」

「いえ」

「なに、ビキニとはいわないから。スク水で僕とイチャつくふりだけして、和田チャンの僕に対する魔育成欲を、根本からへし折ってくれればいいから」

「あたしたち、今、二人とも女子日..いえ、まだそこまでの自信がなくて。肝心な部分は、電気消しの朝チュン逃げですし」

「残念、来週のサウナミーティングには一緒に行けないしなあ」

「実は今ここに拙作がありまして。読んで御批評いただけたらと」

 あたしは人生最強の緊張で震えながらタブレットを差し出す。

 ずっと無言の妹淑子は、トイレ逃げでいなくなった。


               ►


「時代だな、若い子はみんなこれだ。僕なんかいまだに紙にペンで描いてるのに」

「パソコン使えないとか?」

「正解!」

 ケッベル博士もパソコンこそ持っているが、セーナの違法使用を阻止するため設定した、パスワード自体を忘れてしまい、ログイン出来ないのだ。

「これは斬新なペンネームだね」

 しまった!

 ガキだってなめられたくない。

 いきってつけたペンネーム、『素人処女兄弟』。

 いくらなんでも恥ずかし過ぎるだろ!

「すっとどころ..おんなきょうだい。これラップ調で発音するの?」

「いえ、まだ仮の名なんで」

「そうか。ほら、芸大って実技優先だろ? 僕は漢字が苦手でね、いつも口で台詞いって、和田チャンに字にしてもらうんだよ」

 セーフ!

 イッツビーはタブレットを左右に振って、

「これって、どうやったら次のページに進めるの?」

「えっと、指を画面に当ててですね、こう、右にすいっすいっと」

「ほう、二次創作かい?」

「いえ、一応オリジナルですけど」

「そっか、モデルが被ってるんだね」

「ダメでしょうか?」

「いいよいいよ、勢夏なんてフリー素材同然の、使い捨て受けだから」

「フリーターだけに?」

「はっはッは! うまいこというね。おう、これはすーさんか」

 ストーリーはこうだ。

 夢も希望もない、彼女いない歴年齢のフリーター、勢男は、夜間警備のバイト中、モールに新しく出来た、男性エロ下着店からの、謎の警報音に呼び出される。

「店の奥のドアを開けると、そこにはプール、サウナに続く、第三の出会いのパラダイスがあった。いいよいいよ、設定オッケーですよ」

「ありがとうございます!」

 男性としてはビミョーだが、BL漫画家としては巨匠、憧れの作家さんに、自作をほめられた喜びもつかの間、

「ただキャラが弱いな。主人公のせいおとこ以外は、モブばかりで盛り上がりにかけるし。絵がうまいだけにそこが惜しいな」

 そうなのだ。

 設定と受けは確定しているが、攻め手が、強烈な個性の攻め手キャラが降りて来ないのだ。

「もしよかったら、なんだけど」

 このあと、イッツビーから、あたしたちの人生を激変させる、その発想はなかった、衝撃の魔提案を受けることになるとは、この時は夢にも思わなかった。


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