後悔と恐れ

「さ、坂井…やめろってッ!!」


「フッ、そんな震えた声で言われると止めたくなくなっちゃうんだけど。」

ゾクッ


慌てて抵抗しようとしたけど、坂井の手が俺の手首をがっちりとつかんでいて身じろぐことすらできなかった。


"『やめてっ!!』"


あ…雅樹も同じ気持ちで嫌がってたんだよな…。

今頃気が付くなんて…俺、ばっかみたい。


こんなに恐怖があったのに、俺はやめれなかったなんて…。

恐怖が体を動けなくさせることなんて考えればわかることなのに…。


俺は自分でもわかるくらい力が抜けていって、ただ声だけの抵抗みたいになってしまっていた。


抵抗をやめたことに気が付いたのか、坂井は少し力を緩めた。


「坂井…ごめん。俺…、怖いッ。」

「…なんで謝ってるの?」


「だって…、俺…いうこと聞くって自分で決めたのに…」

「嫌ならちゃんと抵抗してよ。あきらめたみたいな反応しないでよ。」


「…俺、好きだった人にこういうことしたんだ。」


「…それって…。」


坂井はそこまで言ってすぐに口を閉ざした。

俺の弁明を聞いてくれるとでも言いたいように、俺の目をじっと見つめて。


俺は少しずつ昔話を口に出し始めた。


「俺は、高校の時に中田雅樹というやつに恋してた。でも、その気持ちを悟られたくなくて、いっつも嫌いなふりを貫いてた。」


俺の話を、坂井は静かに、でも俺の目を見据えたまま聞いている。


「…俺、そいつの優しさにあぐらをかいた。欺いたんだ。」


俺の言葉を落ち着いて聞いていた坂井の目が一瞬カッと睨み付けたように感じて、そこからは目を見れなくてうつむいて話を続けた。


「アイツは、何回も抵抗してたのに、俺はその時の気持ちだけで抑えが利かなくなってしまったんだ。」


「…そうだったんだ…そんなことがあったのか…。」

坂井は俺の頬にそっと触れた。


「もうそいつとは連絡は取れてない…。」

「まぁ、それはそうだろうね…。でも、俺少しうれしいんだよね。」


は?俺がつらい事話してるのに!!

しかも何笑ってんだよッ!!!!!!


「だって、その雅樹って人と連絡取らないってことは、もう俺に首ったけってことでしょ?」


ちょ!

「お前な~!」

「それに、そんなに罪の意識があるなら、俺に抱かれてしまえばいいじゃん。」


「はぁあ!?」

「俺も"雅樹"なんだし、チャラになると思わない?」


あ、そうか…。って!!

「ならねぇよ、思わないよ!!!!」



3

「え~、だいじょうぶだよ、まだ怖い状態で俺にやられれば、同じ思いしたってことでチャラってなるって~。」


そう言いながらも、坂井は俺の服の中に手を忍ばせてくるッ!


いろいろまずいッ…止めさせなきゃッ


「いや怖い状態って、お前に良心ってものはないのかよ!!」


その言葉に坂井はさっきまでの笑みはどこへやら、無表情で手の動きをやめた。


「は?」

ヒッ、坂井の声が急に低くなった。


「良心?あるからこういうことしてんじゃん。遥さんの気持ちが楽になるように提案してんじゃん!!」


「さ、かい…?」


「俺だって早く遥さんがほしいの!!好きな奴とやりたいなんて思うの当たり前じゃん!!なのに、急に昔ばなしみたいの始めるしッ、意味わかんね!!!!」


坂井の怒る気持ちは痛いほどわかる。

だからこそ、じぶんがすぐに受け入れられないことがもどかしいッ。


俺は自然と出た涙を隠すために目をそらした。


「…ごめん、泣かすつもりはなかった。…頭冷やしてくる。」


そういうと坂井は俺の上から退いて玄関に向かって歩いて行こうとした。


けどそれは阻まれた。

俺の腕が坂井の腕をがっちりつかんでいた。


ほぼ反射だったけど、俺の気持ちに合わせて体が動いたのは間違いないと思った。



4

「…なに?」


見下ろされた坂井の目は乾いた視線を俺に送っていた。


まるで、あの時の雅樹のようにッ


「行か…ないでッ。」

俺はうつむいたまま、坂井の腕を引っ張った。


「お前まで…俺から離れていかないでッ!!!!!」


「ッ!!」


って、何言っちゃってんだ俺は!!!!!!!!!!



5

「俺、別に嫌になったから外出ようとしたわけじゃないよ?」


「…?」

俺が首をかしげると、坂井は少し困った様子で頭をかいた。


「遥さん、これからいう俺の話をよく聞いて。」

そういうと坂井は、俺の肩を大きな手でつかんだ…というか、包んだ。


また俺が逃げれるくらいの力で。


「いい?俺は、遥さんのことが好きなの。」

この言葉は、こいつとかかわってから何回も聞くセリフだ。


それなのに、俺の心臓はいっつも初めて聞くかのように初々しく鼓動を立て始める。


6

「遥さん、俺はあなたを傷付けたくないんです。今も俺の目には怖がって見えるよ?」


「別に怖がってるわけじゃない。」

「そんなこと言って…、はあ…。震えてる人に強がられたって萎えるし…。」


バシッ!!!

俺は坂井の頬をたたいた。ほぼ無意識に感情に任せて動いてしまった。


坂井は驚いた顔で自分の赤くなった頬を撫でている。


謝らなきゃッ


「萎えるとか言うな、バカ!!俺だって怖くなるのは当たり前だろ!?」


俺の口まで暴走し始めたし!!!

止まれぇぇえええ!!!!!!


「は、遥さん、落ち着い「お前はいいよな、余裕だから俺のこと翻弄して楽しめるから!!」そんなんじゃないって…。」


坂井は俺を止めようとなだめてくれるけど、もうすでに俺の理性のねじはどこかにすっ飛んでしまっていた。


「俺は余裕無いの!!!いつもお前の言葉に惑わされるの!!!お前がッ…、坂井のことが好きでたまらないからッ!!!」


「遥さん…。」

俺はここまで言ってやっと自分が戻ってきて、口で必死に呼吸を整えることに専念した。


坂井は俺をゆっくり起して、背中をさすってなだめてくれた。



7

しばらくの沈黙の後、俺はもう一度口を開いた。


「と、とにかく…俺はお前に萎えられたくないわけ。」

「遥さんッ、俺本当に萎えたわけじゃッ「お前に欲していてほしいって言ってんの!!!」ッ!!!??」


我ながら恥ずかしさでどこかに1kmくらいの深さの穴を掘って入ってしまいたかったけど、これくらいちゃんと言わないと、相手に伝わらないことは、もう何回も痛感したんだ。


もう、後悔するのは嫌なんだッ!!!


「だから…、俺のこと抱けよ。」

うぅ…、改めて言うと相当熱くなるッ!!


坂井は黙ったきりピクリとも動かない。


「おい。き、聞いてるのか…よッ!?」

俺は顔を上げた…、上げるんじゃなかった。


坂井は俺を抱きしめてまた倒した。

今度は、俺の首を大きな手で支えながら、ゆっくり寝かせた。


「遥さん、俺がやろうとしてること分かって言ってるんですよね?」

俺は即首を縦に振った。


すると坂井は、すこし困ったような顔をしてから、俺の首元にキスをした。


「怖かったら言ってね?できれば止められるうちに。」

「おう…。」


そう返事をしたはいいものの、首へのキスから俺は体がカチンコチンに固まってしまった。



8

「遥さん、息くらい普通にしていいんだよ?」

「お、お前こそ…息上がってるじゃんっ!!」


負けず嫌いがいい展開を邪魔してる気がする…。


「俺は息が上がってるんじゃないよ?」

「は?」


坂井は俺の耳元に唇を付けた。

「遥さんの初々しさに興奮してるの。」


「ッ!!!???」


な、な~にいってくれちゃってんだぁぁあああ!!!


「フフッ、か~わいッ!」


俺がアワアワしている間にも、坂井はコツコツと自分の服を脱ぎ始めていた。

でも、丁寧に畳んで後ろに重ねてるあたり…。


盛ってんだか、冷静なのか…。



…ん?


坂井のうなじには弧を描くような茶色っぽい変色があった。


……なんで坂井にこの跡があるんだよ!?

俺は、過去に坂井に変な虫がつかないように噛み跡をつけたことがあった。


そして今、目の前にその時の噛み跡と同じ跡を持った男が、自分の服を畳んでいる。

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