煉獄の凶獣。

神父の前に現れた男は、どうやら軍人のようで、がたいのいい体つきに、軍服、頭にはミリタリーヘルメットを身につけている。


銃こそ持ってはいないようだが、一目見て彼が軍人であることが分かるくらい、ある種のオーラのようなものを感じる。


「……あなたは?」


こんな場所にいるのだから、何か知っていることがあるだろうと話しかける。


「私は日本陸軍、佐々木哲郎上等兵にございます‼︎以後、お見知り置きを」


少し砕けた様子で自己紹介をする佐々木を名乗る男に、少し心に平穏を取り戻す神父。


「これは軍人さん、私は教会で神父をしているジェームズ・テイラーといいます」


名乗りを終えた時点で、互いに協力することが決まったかのように、力強く握手をする。


「ところで佐々木上等兵?聞きたいことがあるんだが?」


「哲郎でいい、なんだ?ジェームズ」


「ありがとう、哲郎。早速質問なんだが、私は英語を話しているのだが、なぜ我々は普通に会話ができる?君が話しているのは英語ではないだろ?」


哲郎の口の動きと、こちらの聞こえている内容を話すための口の動きとが、違って見えるのだ。


ジェームズは、ふと疑問に思ったことを哲郎に問う。



「ああ……これな、これはここへ来た人間が誰しも疑問に思うことだ。俺も英語を話せないし、全く理解できない。でも不思議と会話できるんだ。これまでフランス人やらドイツ人やらと会ったが、普通に会話できた。理屈はようわからん」


まあ、できるものはできるということで、よしとしようと、最初の疑問は終わり、次の質問に入る。


「次に哲郎、ここは何だ?どうして我々はこのような場所にいる?」


神父がここへ来て最も聞きたかったこと、


何故ここにいるのか、


すると、哲郎は、少し考え込むように腕を組み、


「……ジェームズ」



「何だ?哲郎」


「ここへ来た正確な理由は俺にもわからないんだ。何故こんな場所に連れてこられたのか、どういう理由で自分が連れてこられたのか、俺も、おそらく他の連中も皆、気がついたらいたとしか言えないんだ。」


「そうか、ここへ来た方法が分かれば、ここから出る方法も分かると思ったのだが、残念だ」


自分も気づいたらこんな場所にいたのだから、おそらく哲郎含め、誰もわからないのだろうと、神父は何故、どうやってという疑問は、諦めることにする。



渋い顔をするジェームズ。


しかし、哲郎は、


「ああ、ただ、出る方法なら分かるぞ?」



呆気なく神父の求めた答えを出す。


「……本当か⁉︎」


「ああ、この場所から出る方法という意味ならな」


何か含みを持つ答えだが、神父にとっては出る方法があるという事実だけで十分だった。


「教えてくれ、私には確認しなくてはならない事があるんだ‼︎急いでこんな場所から出なくてはいけない」


「わかった。お前は信用できそうだ。いいだろう。俺の知ってることを全部教えてやる。この場所がどんな所なのか、奴らは何をしようとしているのか、俺達は何をするべきなのか」


哲郎は、改めて握手すべく神父に手を伸ばす。

「まずはフレンド登録しよう」

「……フレンド登録?」

哲郎の口から出た、慣れない言葉に戸惑うジェームズ。

「ああ、それも説明しなければならないな」


一度手を引っ込めて恥ずかしそうに頬をかく哲郎。


その時。


「……なんだか、変な音が聞こえないか?心音……みたいな」


ジェームズが、何気なくに哲郎に質問する。


ジェームズの耳にはかすかだが、確かに心音のような音がドクン……ドクン……と、まるでリズムを刻むように聞こえていた。


「心音……だと?」


ジェームズの何気ない一言を聞いた哲郎の顔には、緊張が走り、素早く身をかがめ始める。


「おい!ジェームズ!かがめ!見つかるぞ」


いまだ棒立ちするジェームズに小声で注意する哲郎。


その声に余裕はなく、言われた通り身をかがめるジェームズ。


すると、先程までは微かに聞こえるだけだった不思議な心音は、秒を追うごとにはっきり聞こえるようになってくる。


「……哲郎?なんなんだこの心音は……?」


まるで、包み込まれるような、いつまでも聞いていたいくらいの心地の良い気分になる心音だ。


ドクンドクンと、ただ聞こえていただけの音は、近づくにつれ、まるで曲のように様々な音が混じって聞こえはじめる。


何故哲郎がこれに慌てるのか分からないジェームズは、小声で哲郎に問う。


「ああ、ならあれを見れば分かる」


近くの物陰に隠れていた哲郎が、少し身を乗り出してある方向を指差す。


ジェームズも、哲郎の横に並び、少し身を乗り出して哲郎の指差す方向を見る。


「――‼︎」


そこには怪我をしているのか足を引きずりながら走る一人の男と、


それを後ろからものすごい勢いで走って追いかける化け物の姿があった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る