「……これは」

廃墟と化した工場に着いたジェームズは、目の前に広がる光景に絶句した。


そこには、古いものからまだ新しいものまで、おびただしい量の血痕が、いたるところについていたのだ。


相当昔のものと思われる血の跡は、錆びて茶色く変色してしまっている。


まだ新しいものは、ついさっきついたもののようで、


傷ついた人が何かにひきずられて外へ運ばれたらしく、外へと血の跡が線を引くようにつづいている。


どうやら、ついさっき、この場所で何かに誰かが襲われ、大怪我をしたまま引きづられていったようだ。


これをしたのが、人の仕業ではないと思う理由は、簡単、

あたりに大きな爪の跡がいくつも残っているのだ。


その大きさから、熊やトラよりはるかに大きい生物であることは明らかで、これをしたのが、人ではないと思われる。


また、痕跡を見る限り、人が逃げて、爪の主が一方的に切りつけている。


かなり暴れた形跡はあるが、


その割に、建物の中はそこまで壊れているわけでもなく、普通に出入りはできるし、そのままの体制で歩き回ることもできる。


ということは、周囲の物には目もくれず、逃げ惑う人間だけを狙って暴れていたということになる。


辺りの傷は、攻撃が外れた時にできたものであろう。


どうやら、ここには、人を狙う何かが潜んでいるということが決定したようだ。


しかも人よりはるかに大きな未知の生物。


「…………」


おそらく、この場所にいる人間は、この人を狙う『何か』の獲物として、連れてこられたのだろう。


ならば、この場所に逃げ場があるとは考えられない。


「…………」


目の前の光景から、嫌な憶測が次々と浮かんできて、情報を得るたびに脱力していく神父。


いきなりこんな場所に連れてこられて、しかもどう足掻いてもこの大きな爪の跡の主の餌になるしか道がないと言われれば、誰でも絶望するだろう。


だが、


「私はどうなっても仕方ないかもしれない、だが、彼女だけはせめて無事を確認しなくては……」


そう、神父には簡単に絶望できない理由がある。

それが、さっきまで一緒にいた彼女。


何度も教会を訪れ、相談に乗る内に、神父にとって彼女は実の娘のような存在になっていた。


悩みは重く、聞いているうちに彼女を一人にしてはいけない、そんな気持ちになっていたのもあるが、自分も似たような悩みを持ったこともあり、なんだかただの他人とは思えないのだ。


だから、


一番良いのは自分と同じこの得体の知れない場所につれてこられていないことだが、


もし、来ているなら、

たとえ、自分がどうなろうとも、せめて彼女は無事で返す方法を探さねば、


ただただ願う。


どうか、無事でいてくれと。


人を狙う何かに有効かはわからないが、なるべく音をたてないように慎重に、身をかがめて移動を開始する。



しばらく工場内を歩いていると、


拳銃が一丁、足元に転がっていた。


誰かがさっきまで握っていたのであろう、血がべったりとついているそれは、妙な存在感を放ちながらこちらを向いている。


「…………」


(……護身用に拾うか?)


たしかに、こんな場所に丸腰でいるのは自殺行為だと思う。


「だが……」


神父は、考えた末に、拳銃は拾わないことにした。


なぜ拾わないのか、


それは、目の前に広がる状況が、拳銃が役に立たないことを物語っているからだ。


拳銃が役に立つなら、最初に拾ったであろう血の主が、こんな目に遭わないだろうし、


一度も扱ったことのない自分に、今しがた拾ったばかりの銃を使いこなせる自信がない。


拳銃をそのままにして、その場を立ち去ろうとした神父、


「正解だ‼︎」


「――――っ⁉︎」


突然、その背後から、野太い男の声がして驚いて振り向く。

そこには、いつの間に後ろに回り込んでいたのか、一切の気配なく突然現れた男が一人、こちらを見て立っていた。

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