第33話 緊急伝達

「ふえああああああっ!? な、何だ!? 地震か!? 津波か!?」


 ニルと別れた後、ヴェルガさん達と合流した俺はコルトの泊まっている宿へ帰ってきていた。

 部屋に入るや否やベッドに倒れこんだ俺はいつのまにか眠っていたらしい。

 突如として、街に鳴り響くけたたましいほどのサイレンに叩き起こされたのが何よりも証拠だ。

 俺は慌てて飛び起き、ベッドの下に潜り込む。

 大したものは置いていないが、天井が崩れでもしたら大変だ。最悪でも頭は守らないと。


「……ん? なんだ? 何も起きないぞ?」


 だが、どれだけ待っても地震はおろか揺れの一つも起きなかった。そもそも海なんて近くにないのに津波なんてくるわけがないし。


 そういう間にもサイレンは鳴り続き、一度途絶えたと思えば今度は金属を擦り合わせたような不快な音が響き、切羽詰まったような女性の声が聞こえてきた。


『緊急伝達! 緊急伝達! 街にいる冒険者及び衛兵の皆さんは至急、街の正門に集合してください! 繰り返します。街にいる冒険者及び衛兵の皆さんは至急、街の正門に集合してください!』


 この街に誰かが攻めてきたのか? 冒険者や衛兵を集合させるって事は戦力が必要になったって事だろう。何にしても、あまり良い事ではないようだ。


「おい。起きているか?」


 突如、扉がノックされて外からコルトの声が聞こえてきた。


「ああ。サイレンに起こされたよ」


 俺は扉の外にいるコルトに届くように声を張り上げて答える。


「お前も準備しろ。すぐに出るぞ」

「わ、分かった。すぐ行く」


 外で何が起こっているのかは分からなかったが、コルトの何時になく焦りを感じさせる声に俺は慌てて着替え、刀を持って部屋を出た。


「あのサイレン何なのよ! 人が気持ちよく眠っていたのに」


 カウンターのそばに置いてあるソファで眠っていたむっくんは、ソファを手でバンバン叩きながら不満げに嘆いている。 

 ていうか、アンデットもちゃんと夜は眠るのか。

 それに今時ナイトキャップ被って眠るとか意外と子供っぽいな。


「何か緊急で呼び出しみたいだ。何があるか分からないから外に出るなよ」

「そうするわ。まだ朝早いし、アタシはもう少し眠るわね」


 そう言って欠伸をしたむっくんは再びソファに横になって身を縮めた。


 宿の外へ飛び出した俺達は急いで町の正門を目指す。大通りへ抜けると、サイレンを聞き付けた他の冒険者や衛兵も正門を目指して走っているのが見えた。


 コルトはいつものスナイパーライフルを背負い、ハンドガンを腰に巻いたホルスターに収めている。

 あれ? いつもはポンチョの内側に隠していなかったか? まあ、気にするような事じゃないんだろうけど。


「緊急伝達ってどういう事だ? 何かあったのか?」

「分からない。私も今回が初めてだ。衛兵まで呼び付けるという事は誰かが攻めてきたと言ってもおかしくはないだろう」

「まじかよ!? 何で急に!」

「さあな。私は万能ではないからそこまでは知らん」


 突き放すように答えるコルト。

 確かに、あれこれコルトに聞いても分からない事はある。まあ、正門の外に出れば嫌でも分かる事だろう。

 街の正門の外にはすでに多くの人だかりが出来ていた。


「君! 危険だ! 早くそいつから離れるんだ!」

「ちょっと、あれ……ヤバイんじゃないの!?」


 誰かに対して叫ぶ声や仲間同士で呟く声が木霊している。人だかりを潜り抜けて俺はやっとその正体を見ることが出来た。

 同時に、声が出ないほど絶句してしまう。


 街の城壁さえも超えるほどの大きな血のように赤黒い色をした半透明の物体。饅頭をそのまま巨大化させたようだ。触手は忙しなく蠢いているがその場から動こうとはしない。


「あれってまさか……街の外に大量発生していたスライムって訳じゃないよな」

「どう考えてもそれしかないだろ。昨日の今日であんなに巨大化するなんて……やっぱり何かがおかしい」


 コルトはそう言いながらも眉を寄せて険しい表情をしていた。


「セイジさん!」


 突然、後ろから声を掛けられ振り返ると、ライムやモニカも街の正門に駆けつけてきていた。


「モニカ! それとヤクザメイド!」

「おいおい、ヤクザメイドとはご挨拶だな。またみぞおちに一突きされたいのか?」

「やめてくれ。シャレにならない痛みだから」


 相変わらずの振る舞いに緊張感が解けてしまう。


「元気そうでなによりです、モニカ」

「いえいえ! セイジさんも元気そうで……って、話ししている場合じゃなさそうですね」

「そうですね……」

「お嬢様! 街の外には出ては行けないとあれほど申したではございませんか!」


 もう一人、モニカの後ろから白髪の初老の男性も駆け寄ってきた。顔に刻まれた皺からその年齢の高さを物語ってはいるものの、厚い胸板に凛々しい目つき、そして何より威厳のある佇まいは若々しさを感じさせる。

 それと同時に、本能的に、この人を敵に回すのは危険だと感じさせるものがあった。


「でも、アル! 私だって冒険者になったのです! 皆さんのお役に立ちたいのですよ!」

「ですが、これはただの魔物退治とは違います。お嬢様に万が一の事があってはーー」

「ーー危ない!!」


 誰かが叫んだのと同時に衛兵の1人がスライムに向かって駆け出した。

 その巨大なスライムのそばに、大人の女性だろうか、真っ赤なドレスに身を包んだ長い黒髪の女性がスライムを見上げて佇んでいる。スライムはその人に触手を向け、襲おうとしていた。

 それを止めようと、衛兵は鞘から剣を抜いて構えながらスライムに突進する。

 そんな衛兵に目を向けた女性は……ニチャアと、壊れたような笑みを浮かべた。


「がっ!?」


 同時に、女性を助け出そうと駆け出した衛兵にスライムの触手が襲い掛かり、瞬く間に衛兵を絡め取った。そのままその軟体に沈むように取り込まれた衛兵はスライムの中心部まで導かれると、途端に暴れ出した。その影響なのか分からないが、音もなく衛兵の周りには細かな水泡が立ち込め始める。溺れている人が這い上がろうと必死にもがいているようにも見えるが……。

 やがて水泡は徐々に少なくなり……そこにいるはずの衛兵の姿はなかった。甲冑も骨もなにもかも……スライムに取り込まれてしまったのだ。

 その一部始終を目の当たりにした俺達はただ立ち尽くしてしまった。

 スライムのそばにいた女性はそんな俺達の様子を見て再び壊れた笑みを浮かべるとゆっくり歩み寄ってくる。

 同時にスライムもグググと重たい体を動かして俺達に近付いてきた。

 ある程度の距離まで近づいた女性とスライム。

 女性は俺を含めた正門前に並ぶ冒険者や衛兵達と一瞥すると、勢いよく両手を広げてスカートの裾を掴み、上流貴族のような上品なお辞儀をした。


「お集まりの無能な冒険者と衛兵の皆々様! お初にお目にかかりまぁす! 私は、魔王国精鋭部隊、王位継承権第7位ーークミン様の寵愛を受けし、第1の従者サーヴァント。底無しのクローディア。クローディア・アルルメリアと申しまぁす!」


 踊るようにその場でクルクルと回る、クローディアと名乗る女性。甲高い声を上げながら狂気に満ちた表情の女性はただならぬ雰囲気を漂わせていた。

 周りの冒険者や衛兵達もなにが起こっているのか理解出来ていないようで、異様な女性を目の前にしてもピクリとも動かなかった。


「突然ですが皆様には、餌になってもらいまぁす!」


 そう言い放った直後、いくつものスライムの触手が正門前に並んだ冒険者や衛兵に襲いかかった。反応の出遅れた皆は逃げる間も無く触手に絡め取られて中央部へと導かれる。そしてやはり、跡形もなく消化されてしまった。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 啖呵を切ったように冒険者の1人が叫ぶ。

 それが合図となって、他の皆へ伝染する。恐れをなした皆はその場から散り散りに逃げ出した。


「ブッ、アハハハハハハハハハ!! あらら〜? 街を護る役目の皆様方が私如きに恐れをなして逃げ出すのですかぁ? 実に愉快で滑稽! みっともないですわぁ!」


 そんな皆の姿をみて、吹き出した女性は声高らかに笑い皆を煽る。そんな中でも無差別にスライムの触手で捕らえた衛兵や冒険者を次々に消化していった。


「アハッ、不味い! 不味いですわ! なんて不味い魔力ですの! まるで泥を舐めているようですわ! アハッ、アハハハ!」


 そんな事を言いながらも表情は狂喜に満ちていた。生気のない目で顔が歪むほど笑っている女性に俺の心は段々と恐怖に侵食され始める。

 怖い、怖い怖い怖い怖い! 一体何なんだあの人は! それにあの巨大なスライムも! とにかく怖い! 早く逃げないと、俺も他の皆と同じように取り込まれて……し、消化されてしまう!


「ですが、不思議ですねぇ。どうしてクミン様はこんな陳腐な街を襲えだなんて仰られたのでしょうか? 魔力も不味い者ばかりですし……食べ甲斐がありませんわぁ」


 頬に手を置き、不満げに眉を寄せて首を傾げる女性。

 その間にも、スライムは次々に冒険者や衛兵を取り込み、消化し続ける。女性がスライムを操っている様子はない。スライムは自我を持っているのか!?


「な、なあ、コルト……これ、どうなってるんだよ。俺が今見ているのは夢なのか!?」

「……ああ。私も悪い夢だと思いたい。だが、全部事実だ」


 コルトもいつになく眉を寄せて、じっとスライムを見つめている。


「モニカ様、これを見てもまだあのような事を仰られるのですか!? ここは私達に任せてお屋敷にお帰り下さい」


 目の前のいような光景に目を見開いたまま地面にペタリと座り込んだモニカ。歯をカチカチと鳴らしながら慄いている。


「……で、ですが……私も役にーー」

「ーー無礼を承知で申し上げますが、お嬢様に出来る事はございません。あれはただの魔族や魔物とは訳が違います。私やライムでも歯が立たないかも知れません」


 モニカも言葉ではそう言っているが明らかに戦える状態ではない。もう完全に恐怖に取り込まれてしまっている。

 キッパリと言い放ったアルさんの言い方は確かに厳しいけれど、この状況ではむしろ正しい。


「……わ、分かりました」

「ご理解頂けてなによりです。では、屋敷までお送りします」


 渋々アルさんの言葉を了解したモニカは悔しげに口元を歪ませる。

 アルさんはそんなモニカを抱きかかえると、デッキブラシを肩に担ぐライムに目を向けた。


「……おい、私が戻るまで皆を頼んだぞ。くれぐれも死ぬなよ」

「へっ! 誰に口を聞いてんだよ。ジジィが戻る間も無く終わらせてやるさ」


 アルさんの言葉に強がってみせるライムだったが、笑みを浮かべるその顔は確かに強張っていた。

 俺やライムを心配そうに見つめるモニカはアルさんとともに街の中へと消えていく。

 それを見送った俺達は再びスライムと女性へ目を向けた。


「アハッ! 美味しそうな餌を見つけましたわ! 不味い前菜ばかりで飽き飽きでしたの! メインディッシュくらいにはなってほしいものですわ!」


 そんな視線に気付いたのか、壊れた笑みをこちらに向けた女性は俺達の方へ手を伸ばす。するとそれに反応するようにスライムの触手が一斉にこちらへ伸びた。


「お、おい! こっちに来るぞ!」

「逃げろ! 早く!」


「心配すんなよ、後ろに立ってろ」


 逃げようと動き出そうとする俺とコルトに、ライムはこちらへ目を向ける事なくスライムの触手を真っ直ぐに見据えながらそう呟く。

 ライムが肩に担いでいたデッキブラシを構えると、小さな破裂音とともにそれは槍へと変化する。刃の部分には包丁のような片刃の刀身が付いており、槍と言うよりは薙刀に近い構造をしていた。


「へっ! 良いじゃねぇか、お望み通り、思う存分味わいな! 花染荊棘はなぞめいばらーー剣山!」

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