第34話 限界突破

 ライムはそう言いながら槍をバトンのように器用に回して、刃の方を地面へ突き立てる。

 直後、ライムの前方に無数の剣の刀身が地面から突き出て、スライムの触手を削ぎ落とした。

 抵抗を受けた触手はスライムの元へと戻っていく。

 削ぎ落とされた触手の一部は鈍い音を立ててドサリと地面に落下すると、染み込むように地面に吸収されていった。


「アハッ! グラちゃんの触手が落とされちゃった。アハハハ! 良いわぁ、凄く良い。貴女を食べてみたいですわぁ……」


 恍惚の表情でライムを見据えるクローディア。

 頬は上気し、口許からは涎が垂れていた。


「ケッ! 私は食われるより食う側なんだよ。食物連鎖的な意味でも、性的な意味でもな! それにしても……あんた、そのバケモノに名前なんか付けてんのか?」


 ライムは突き立てた槍を引き抜きながら言う。

 途端に地面に突き出た無数の刀身は地面へと引っ込んだ。


「あら? 興味があるんですの? そうですわ、この子はグラタンって名前なの。可愛らしい名前でしょう? 名前通りの大食いでね。人間くらいなら100人は余裕でペロリと平らげちゃうんですの。困ったものですわ」

「なるほどな。じゃあやっぱり、あんたの意思で動いてるわけじゃないんだな」

「そうですわ。こう見えてもワガママで短期な子ですのよ。だから、あまり怒らせない方が良いですわよ?」


 まるで我が子を愛でるようにスグラタンの体を撫でる。

 だが、クローディアの白く細い手はそのままグラタンの体に取り込まれていった。

 肘から先を取り込まれた状態だったが、消化はされないようだ。主人には従順なタイプか。


「なあ、お前ら。少し時間稼ぎ出来ねぇか?」


 ライムは少し身を屈ませて、俺達だけに聞こえるくらいの声で囁く。何か策があるようだ。


「何するつもりだよ」

「なぁに、ちょっとキツいのお見舞いするだけさ。でも、それにはちょっとばかし時間がいる。頼めるか?」

「……甘く見積もっても10分しか持たないからな」

「心配いらねぇよ……5分で十分だ」


 ライムは得意げにそう告げる。

 服の内側に手を突っ込み、青い液体の入った手のひらサイズの小さな小瓶を取り出した。報酬でもらった傷薬とは違って色が濃く、水のようにサラサラとしている。瓶の口はコルクで栓がしてあるようだ。

 ライムはコルクを口に咥えると、歯で捩じ開け、そのまま青い液体を流し込む。

 空になった瓶をその辺に投げ捨てると、刃の方を地面に向けたまま腕を絡めるように槍を構え、片足を前に出し腰を少しばかり下げた。

 得意げに笑っていたライムから途端に笑顔が消え、凛々しい目つきになる。元々綺麗な顔立ちのライムだけれど、こういう表情のライムはどこか儚げで色気を感じさせる部分があった。

 ライムはそのまましばらく動かないでいると、ゆっくりと前に出した足を戻し、その場で槍をバトンのようにくるくると回しながら踊り始めた。

 それは激しいものではなくて、静かで優雅なもので、幼稚園のお遊戯会でやらされた『白鳥の湖』に出てくる踊りを彷彿とさせるものだった。


「お、おい。あの野郎、まさか!」

「嘘でしょ!? 早く正門の方へ戻りましょう!」


 散り散りに逃げていた冒険者や衛兵達が血相を変えてこちらへと戻ってくる。

 あれだけグラタンにおびえて逃げていたのに、どうしてこっちに戻ってくるんだ? 格好の餌食になるだろ!?


「あら? あらら? 何で戻ってくるのかしら? 妙ですわねぇ……。まあ、私は一向に構いませんわよ。エサが増えるのに越したことはありませんから」


 怪訝な表情をしていたクローディアだったが特に気にしていない様子で狂喜の笑みを浮かべている。

 そんな間にもグラタンは触手を蠢かせ、冒険者や衛兵達を絡め取ろうと動き出した。

 だが、冒険者達も負けじとグラタンの触手を必死に躱している。逆にグラタンの触手を斬り落としたり、魔法を使って攻撃を与え抵抗する冒険者まで現れた。


「私達も応戦するぞ。お前もその腰にぶら下げている物が飾りじゃない事くらい証明してみせろ。自分の身は自分で守れ」

「わ、分かってるよ。やれば良いんだろ、やれば!」


 コルトに諭され俺は渋々刀を引き抜く。

 正直、凄まじく怖い。あの触手に絡めとられれば命はないからな。どうにか躱しながらやり過ごすしかなさそうだ。


「アハッ! 何なんですか? その攻撃は。まるで羽でくすぐられているようですわ! グラちゃんはそんな事では倒す事なんて出来ないですわよ?」


 恍惚な表情を浮かべながら体をくねらせるクローディア。

 こいつ……グラタンとかいうスライムと感覚を共有してるっぽいな。冒険者や衛兵を食らった時も不味いとか味の感想言ってたし。


「フレアボム!」

「ホーリーアロー!」

「ロックスパイク!」


 それでも冒険者達は魔法を駆使して攻撃を試みるが、スライムの体には全く通用していないようで、ほとんどの魔法は効果がなかった。

 触手は物理的な攻撃では多少なり影響を与えることは出来るらしいが、触手を斬り落としたからと言ってまたすぐに再生してしまう。

 こんなんじゃ、勝ち目がないじゃないか!


「楽しませようと努力してくださるのは結構ですけど、これじゃ張り合いがありませんわね……アハッ! 格好の獲物がいるじゃないですか!」


 眉を寄せて首を傾げていたクローディアがふと俺達の方へ目を向けると、途端に花が咲くような笑みを浮かべだした。その目は今もなお踊り続けているライムに向けられている。


「さあ、グラちゃん。メインディッシュですわよ」


 クローディアがこちらに向けて手を伸ばすと、グラタンは一斉にこちらに触手を伸ばしてきた。他の冒険者や衛兵など目もくれず、一気にライムへと迫る。

 だが、ライムは見えていないのか、グラタンの触手を警戒する事さえない。ただただ踊り続けている。


「ライム!」


 声を張り上げてライムを呼ぶが、反応さえしない。

 ライムほどの能力があってグラタンの触手に気付かないわけないはずだ。反応が出来ない何かがあるのか?


「クソ! もう何なんだよ!」


 俺は半ば苛立ちながら迫り来る触手に対抗しようとライムの前へ出ようとした。が、おびただしい銃声が俺の足を止める。

 先にライムの目の前に出たのは、ハンドガンを両手に構えたコルトだった。

 銃弾を浴びた触手はクズクズになって根元から地面へと崩れ落ちる。グラタンの体から離れた触手は再び溶けるように地面に吸収されていった。


「あら? グラちゃんの触手を撃ち潰すなんて……貴女も相当美味しそうね」

「当たり前だろ。大体、私はお前に食われるために鍛えてきたんじゃないから、いい加減その餌目線やめろよな」

「あら? ごめんなさい。私はそんな性格だから、どうしても私以外の生物はみんな餌に考えちゃうんですの。悪く思わないで? 貴女達だって魔物を商売道具か餌としか思っていないでしょう? それと同じじゃない?」

「まあ、考え方は間違っちゃいないな。私達だって魔物を討伐して生計を立てているから、お前の事を言えた義理じゃないが……私達にはプライドってもんがあるんだ。見くびるなよ、人間の力を」


 いつにないコルトの真剣な表情。

 周りの皆もコルトの声に答えるように武器を構える。表情は強張ってはいるが、彼らなりの意地を感じた。

 コルトの言葉に口を半開きにしたまま固まっていたクローディアは途端に壊れた笑みを浮かべて声高らかに笑い出す。


「アハッ! アハハハ!! 私達の姿を見て無様に逃げていた貴女達に何のプライドがあるというのかしら? 是非、教えて欲しいものですわ」


 さっきは不意をつかれたが、コルトの発言もあってか、今は皆が抵抗の意を示している。けれどクローディアはそれでも、余裕な雰囲気を漂わせていた。

 だがコルトはそんなクローディアに怯む事なく、むしろ不敵な笑みを浮かべてクローディアを見据えた。


「そうか……じゃあ、お望み通り見せてやる。少なくともこれが、私のプライドだ」


 コルトは片足を後ろへ下げ上体を少しだけ後方へ傾けた。そして、両手に持っていたハンドガンのバレル同士を対称になるように勢いよく合わせ、胸の前まで引き寄せた。その双方の銃口はクローディアへと向けられている。


限界突破リミットブレイク


 その掛け声とともに、コルトの周りでは強烈な爆風が吹き荒れた。立っているのがやっとな程の強い爆風に砂や草が舞う。


「な、何なんだ!?」


 俺は腕で顔を覆いながら目を細めてコルトの様子を伺った。だが、爆風に舞い上がった土煙と草でコルトの様子がほとんど見えない。何か中心に青白い光のようなものが見えるがそれだけしか見えなかった。

 クローディアが何かしたのかと思ったが、何かが違う。どうやらそれはコルトの体から発せられたもののようだ。


「……!?」


 その様子をまじまじと見つめていたクローディアが途端に目を見開いて手を伸ばす。瞬時に無数の触手が前へ伸び、一つの巨大な壁を作り出した。

 それと同時に爆風の中から青白い光の束がグラタンの方へ伸びる。それはグラタンへ直撃する事なく前にあった壁に直撃して消滅した。だが、壁の方も光に束に耐えられず砕け散る。

 何が起こったか分からなかったが、爆風が晴れたとともにその正体が明らかになった。


九十九きゅうじゅうきゅう式双填雷撃しきそうてんらいげきほうリントグラス」


 爆風が晴れたと同時に現れたコルトの姿は異様だった。手に持っていたハンドガンはいつのまにか二つの砲弾に成り代わり、両手の肘から先がその砲弾に埋め込まれていた。しかも、体には重りのように巻きついた機械的な部品が地面を突き、その場から動けないような構造になっている。サンバイザーのような半透明のプレートが目を覆っており、それを支える部品で頭を覆っていた。

 どこから見ても何かのロボットかそれ以上の科学的な戦闘兵器にしか思えない。


「貴女……嘘でしょ!? こんな情報、聞いておりまんわ!」


 クローディアは明らかに動揺していた。

 今までの余裕のある雰囲気が消し飛び、焦りを見せている。


「そうだろうな。なんせ私がこんな街にいる事自体、おかしな話だからな」

「どうして貴女がここに!? 確かに限界突破を扱える人間はこの街にはいなかったはずですわ!」

「さあな。これから消えるお前には知る由も無い事だ」


 冷たくあしらうようにコルトは吐き捨てる。

 それと同時に双方の砲口には青白い光の束が集まりだした、それは徐々に増幅されていき、バスケットボール大の球体が二つ形成されていく。


「……消し飛べ」


 コルトが呟くように言うと、両手を自分の方へ引き込んだ。双方の光の球は一つに合わさり、爆音とともにクローディアを巻き込むほどの巨大な光の束となって放たれる。

 抵抗も逃げる事も出来なかったクローディアはそのまま光の束に飲み込まれてしまった。

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