第32話 魔族狩り

「ボクは元々、魔王国の小さな村でパパやママと暮らしていたです。小さな畑で作物を育てて……お金はなかったですが凄く幸せな毎日だったです」


 ニルは膝を抱えたまま天井を見つめる。その顔は昔を思い出しているかのようにどこかぼんやりとしていた。


「でも、四年前のある日……あれは雪の降る日だったです。村にやってきた人間達に襲われて村は壊滅したです。ボク達は逃げ出そうと必死だったですが、相手の仲間の一人に捕まってしまったです」

「その……両親はどうなったんだ?」

「…………分からないです。襲われた時、真っ先にボクを逃がしてくれたですが……その後どうなったかは全然」


 ニルは震える声を押し殺しながら消えかかりそうな声で答えた。日中、あれほど元気のよかったニルからは想像のつかないほど弱々しく思える。


「こうしてボクはこの国に奴隷として売られる事になったですが……奴隷商人への引き渡しの時にボクは隙を見て逃げ出したです。その後は街を転々としながらひたすら歩き回ったですね。いつ殺されるか分からない恐怖に毎日毎日怯えて……ボクがこんな思いしているのに、のうのうと生きている人間達を恨めしく思ったです」


 話すうちにだんだんと声のトーンが重く、低くなっていく。目線の先をギッと睨み、膝を抱えていた腕は小刻みに震えていた。


「最初は……復讐するために魔法を学んだです。何でもいいから、誰でもいいから、このぶつけようのない怒りを何かにぶつけたくて……独学で編み出した魔法で……2、3人くらい……殺したです」

「ーーっ!?」


 俺は驚きのあまり声も上げられなかった。

 怒ったり、笑ったり……こんな感情豊かなニルが殺人だなんて……。信じたくはなかったけれど、ニルのこの反応だとまた、冗談だ、なんて言ってくれないよな。


「正直、凄く、清々しい気分になったです。必死に命乞いをする人間を焼き殺したあの時は……。でも、すぐに虚しくなって……だんだんと罪悪感がボクの心を支配して……もう、死んじゃおうかなって思ったです。でも……」


 急に、ふっと顔を上げたニルは何かを思い出したかのように柔らかな笑みを浮かべた。


「そんな時に、ある人に出会ったです。その人は人間だったですけど、ボクが魔族である事を理解しながらボクに生きる意味を見出してくれたです。トレジャーハンターになったのも、その人の影響なんですよ」

「その人もトレジャーハンターだったのか?」

「はい! かなり有名なトレジャーハンターだそうで、各地を転々としているんですよ。今もどこかにいると思うですが、依頼が終われば必ず戻って来てくれるんです」


 生きる意味を与えた人の話を楽しそうに話すニル。

 ニルにとってはその人が一番信頼の置ける人なんだろう。

 人間を憎んでいたニルが俺に対してもコルトに対しても気兼ねなく関わる事が出来ているのはその人の影響なんだろうか。


「いつかはボクもその人と一緒に各地を回ってみたいですが……こんな体たらくですから、こんな事しか出来なくて……こんな姿のボクを見たら幻滅されちゃうですかね? セイジさんはどう思うですか? こんなボクを見て」

「それは……その」


 悲しげな笑みを浮かべるニルの問いかけに答えようとするが、言葉が出なかった。

 正直、複雑な気持ちで一杯だ。

 俺はこういう仕事をしている人に対してマイナスなイメージしかないから、幻滅、とまではいかないけど、距離を置いておきたい相手だって事は自分の中で決めている。

 でも、ニルの話を聞いていればそれも仕方のない事だと納得してしまう。というか、仕方ないだとか納得だとか、自分の立場で言えた事ではない。

 でも、そんなニルを肯定してしまって本当に良いのかと自問自答してしまう。

 なんと答えたらいいか、俺には分からない。


「……ごめんなさいです、意地悪な質問してしまって。今のは忘れてください」


 返答に困っているとニルは申し訳なさそうな笑みを浮かべてそう言った。けれど、言葉の端でふっと俺から目を背けると、途端に悲しげな表情になる。

 しまった……ここは「そんな事はない」と言った方が良かったか?


「セイジさんはやっぱり不思議な人です。どうしてそこまで、ボクの事を真剣に考えてくれるですか?」


 言おうとした矢先、割り込むように口を開いたニルによって俺の言葉はかき消された。

 真剣な眼差しで真っ直ぐに俺を見据える。

 これは、正直に答えるべきだよな。


「……俺は、コルトからこの国の事情を教わるまでは知らなかったから、聞いていなかったらそもそも気にも留めなかったと思う。それを聞いたからニルが魔族だって知った時はこの国にいて大丈夫なのかとか、殺されるんじゃないかって心配だったんだ。 言葉を交わして仲良くなった仲間が殺されただなんて、そんな結末、考えたくないんだよ」

「……そうですか。セイジさんはボクを仲間だと思ってくれているですね。そんな事言われたの、初めてですよ」


 嬉しそうに微笑むニルだったが、俺はどこか寂しげな雰囲気を感じた。


「ちょっとニルちゃん! 時間、とっくに過ぎてるわよ!」


 唐突に扉がノックされる音が響く。

 その後で、若い女性の声が扉の外から聞こえた。


「ご、ごめんなさいです! すぐ終わるです!」


 慌てたニルは声を上げて返事をする。


「早くして頂戴ね。ニルちゃんを指名してるお客さん、待たせてるんだから」


 扉の向こうで女性は言い残すと扉の前から去っていった。ニルはベッドから飛び起きて、慣れた手つきで乱れたシーツや掛け布団を整える。

 さすがはこの仕事をやっているだけの事はあるのか手際が良く、ものの数分でホテルで見るようなベッドメイクが完成されていた。


「すごい……まるで職人技だな」

「でしょう? ベッドメイキングに関してはこの店で一番ですよ!」


 それだったら、宿で働いた方が十分にその技を発揮できるんじゃ。


 言おうと思ったが、誇らしげに胸を張るニルを見ているとその気も失せてしまった。

 何より、この店にいる方が安全なのは確かだ。身売りをしないといけないのは気掛かりだけれど、今はそっと見守るのが一番だ。


「じゃあ、俺は帰るよ。あんまり無理はするなよ……と、言っていいのか?」

「うーん。そこはお客さん次第ですね。結構激しい人もいるですから」

「うわっ……やめろよ。そんな生々しい話。想像したくない」


 まあ、場合によってはそういう店で働いている人の事情ってものを聞けるのは割と良いのかもしれない。

 社会勉強的な意味だけど……役立つかどうかはまた別の話だが。


「あっ、それと言い忘れていたですが」


 部屋を出ようとする俺にニルは歩み寄る。

 右手の掌を見せるように差し出して、いたずらっぽく微笑んだ。


「60分コース。3万エメルになるです」

「何もしてないのに金取るのかよ!? しかも高いな!」

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