第14話 牢獄で迎える朝

 朝の陽射しが窓の付いていない真四角の穴から差し込み、室内を僅かに照らす。そんな穴の傍には小鳥がいるのか、まるでおはようとでも言っているかのようにさえずっていた。残念ながら小鳥の姿はここからじゃ見えないけれど……。

 それにしてもこんなにさっぱりと、目覚めの良い朝はいつ以来だろう。こんな状況でなければちょっとは得した気分になれたのに何なんだ畜生! とりあえず、叫ばずにはいられない!


「こんなの横暴だろ! 弁護士を呼べ!」


 俺は鉄格子を両手で掴んで外に向かって叫ぶ。ヤクザメイドにみぞおちを突かれ痛みに悶絶したまま気絶した俺は気付いたら牢獄に収容されていた。多分、この建物は留置場なんだろう。ヴェルガさんも同じ境遇のようだが、どうしてかヴェルガさんはこんな状況になっている事に気付いているのに驚きもせず俺の様子をじっと見つめている。異世界生活初っ端から牢獄生活とか……どんだけこの世界は理不尽なんだよ!


「一体あの人なんなんですか! いきなり口調が変わったり、暴力的だったり……ビジュアルと性格がミスマッチ過ぎませんか!」

「ああいう奴なんだよ。正直もう慣れっこだけどな」


 ヴェルガさんは呆れ交じりの溜息を盛大に吐き、頭を抱えている。この人……あんな事を何度も経験しているのか。


「お前さんも災難だったな。まあ、あの状況じゃ誤解するのも無理はねえか」

「何だかすみません。というか俺、あの人にお金を盗られているんですよ。早く取り返さないと……」

「何だ? お前さんも財布を盗られていたのか。俺も昨日の晩にあいつと一緒に飲んでいた時に財布を盗まれてな、あの路地に追い詰めたところでお前さんが来て……あとは分かるだろ?」

「どうしてあの人捕まらないんですか? 同じことを繰り返していたなら一度は捕まっていてもおかしくはないでしょうに?」

「捕まっても、あいつはすぐに牢から出てきちまうんだよ。領主様の所のメイドな上に人手も足りなくて止むを得ないんだと。あれでもメイド長でその仕事に関しては結構優秀らしいからな」

 

 ああ……なるほど。つまりは、保釈金が出されて釈放されているって訳か。あの人を雇った領主様も大変だな。


「まあ、どっちにしても俺達もすぐに出られるはずだぜ? ほら、そろそろだな」

「え?」


 そう言ってヴェルガさんは牢獄の外に目を向ける。廊下の奥からコツコツと足音を立てて現れたのは一人の衛兵だった。その手にはいくつもの鉄製の古びた鍵がリング状の金具にぶら下がっている。一つ一つ形が違うようだ。衛兵は慣れた手つきで俺達の牢の鍵穴に鍵を挿し、鉄格子の扉を開いた。


「釈放だ。二人とも出ろ」


 衛兵に言われるがまま俺とヴェルガさんは牢の外に出て、留置場の入り口で武器や防具をすべて返してもらい、全く読めない文字が並んだ書類に訳が分からないまま拇印を押して留置場の外へ出た。衛兵は俺達が外に出るのを見届けた後、早々に留置場へと戻っていく。


「あっ! セイジさん!」


 留置場の前で待ち構えていたモニカは、俺の顔を見るなり声を掛けてきた。モニカのそばには昨日のヤクザメイドもいる。昨日俺とヴェルガさんを一撃で撃沈させた悪魔のデッキブラシもしっかりと持っていた。というか、何でデッキブラシなんだ?


「もしかして、モニカが俺を?」

「はい。セイジさんやヴェルガさんにはご迷惑をかけたようで……本当にごめんなさい」


 モニカは自分が悪くないのにもかかわらず俺やヴェルガさんに頭を下げて謝罪する。横にいた当の本人はふてぶてしい態度で腕を組み、モニカの様子をじっと見つめていた。


「ちょっと、ライム。本当はあなたが謝らないといけないんですよ。ほら、お二人に謝ってください」


 ライムと呼ばれた女性は険しい表情をしながらも、モニカに言われるがままおもむろに頭を下げた。


「すまなかった。……チッ」

「今、舌打ちしましたよね!? 全然反省していないようにみえますけど!?」

「舌打ち? 私がそんな性格悪い事する訳ないじゃないですかぁ」


 キョトンとした表情で分かりやすく口調を変えるライム。昨日、あれだけ本性を現したくせにまだ騙せると思ってんのか?


「良く言うぜ。人の財布を盗んでおいて何が性格の悪い事をする訳がないだよ」

「あ? お前誰? あいにく筋肉だけが取り柄の男に知り合いはいねえんだけどな」

「奇遇じゃねえか。俺にも、お前みたいな性悪女の知り合いはいた覚えがねえな」


 顔を合わせるなりヴェルガさんとライムは喧嘩口調になってお互い睨み合っていた。


「言うじゃねえか脳筋野郎。ああ、でも今じゃその筋肉も無駄肉だったな。ヴェルガ武具店の店主さん」

「そうでもねえさ。力仕事もあるんだからな。お前の方こそ、昔は大層な荒くれ者だったくせに今じゃすっかりお嬢様に躾けられているんだな」

「そう悪いものでもねえさ。少なくともお前みたいなみすぼらしい生活はしてねえよ」

「その減らず口、二度と叩けなくしてやろうか」

「上等じゃねえか。次は本気でその頭カチ割ってやるよ」


 仲が良いのか悪いのか……言い争いを聞いている限りでは仲が悪いようには思えないけれど……。笑顔を浮かべながらも目が笑っていない二人の目線の間には火花が散っている様に感じた。


「ライム。ヴェルガさんに盗んだものを返しなさい。あと、セイジさんにも」

「分かってるって。せっかちなお嬢様だな」


 モニカに指示され、ライムはやれやれといった表情でスカートの中に手を突っ込み、俺のとヴェルガさんの財布を取り出す。美人なのに性格も悪いし気品すらも感じない。大体、なんてところに隠しているんだよ。


「ほらよ」


 そう言ってライムは俺とヴェルガさんに財布を放り投げた。急に投げられたこともあってか俺は思わずそれをキャッチする。その財布はライムの体温がこもっていてカイロ並に温かく感じた。ほんのりと甘い香りも染みついているようで、不覚ではあったけれどドキッとしてしまった。違う、違うんだ。俺はこの香りにドキッとしただけ……あんなヤクザメイドにドキッとした訳じゃない。


「まったく、人の財布をどこに隠しているんだよ。はしたない奴だな」

「そうか? でも、そいつは満更でもなさそうだぜ? どうだ? 私の匂いと熱と口では言えない色々なモノが染みついた財布は」


 な……なん、だと!? 口では言えない他の色々なモノ!? た、確かに言われてみればなんだかしっとりとしている気が……。


「んなわけあるかバーカ。霧吹きで水を吹きかけているんだよ。そんな事も気付けないのか?」

「あんた、人をコケにしてそんなに楽しいかよ!?」

「何言ってんだよ。人が私のやる事に対して感情的になる事ほど愉快なものはないだろ。頭湧いてんのか?」


 この人、本当に根っこから性格腐っているな。こんな凛々しい顔してて美人なのに中身はどす黒いなんて……何も知らない奴がこれを知ったら多分、人間不信になるぞ。

 

「まったくもう……またアルから怒られても知りませんよ」

「上等じゃねえか。あのタマの腐ったジジイとは一度やり合いたかったんだ。返り討ちにしてやんよ」

「本当に……危ない事だけはしないでくださいね?」

「はいはい。分かりましたよ」


 こんな性格の捻じ曲がったヤクザメイドでもさすがに自分の従者には抗えないらしい。いいや、こうしてみると主従関係というよりは姉妹のような関係にも感じるが……こんな姉いたら色々と大変そうだ。実際何も悪くないモニカが頭下げる羽目になっていたし。


「とにかく、俺は開店準備があるからな。帰らせてもらうぜ」

「おーおー、売れない武器屋の貧乏店主様の頑張りに期待してるぞー」


 自分の店へと戻るヴェルガさんの背中に向かってライムは煽るように投げ掛ける。言われ慣れているのかヴェルガさんは言い返す事もなくただ背中を向けたまま静かに手を振っていた。


「さて、私達も屋敷に戻らないと。本当は今日はセイジさんとまた討伐に行こうかと思ったんですけど、私用が出来てしまってそっちを優先しないといけなくなりましたから」


 ヴェルガさんの姿が見えなくなったところでモニカは俺の方へ向き直りそう告げた。表情は笑っていたがどこか悲し気で諦めを感じさせるものだった。領主のお嬢様って事もあって色々と事情も抱えているんだろう。モニカと一緒に行動できないのは少し寂しいけど仕方ないな。


「そうなんですか。分かりました。それなら、今日はこの街を散策してみようと思います」


 昨日の夜に歩き回った限りだと、結構な広さがあるように思える。良い機会だし、どこに何があるかくらいは最低限覚えておいた方が良いかもしれない。また昨日の夜みたいに迷ったら大変だからな。


「と言うか、今更なんだけど。お前、モニカとどういう関係なんだ?」


 俺とモニカのやり取りを眺めながらライムは怪訝そうな表情を浮かべている。


「ふふん。何を隠そう私とセイジさんは……冒険仲間なのです!」


 自慢げに鼻を鳴らしらして胸を張るモニカはライムにそう答えた。ライムはそれを聞いてしばらく目を見開いて驚いた表情を見せていたが途端に困ったような表情を見せて溜息を吐き、頭を抱え始める。


「おいおい、ジジイが怒っても知らねえぞ」

「良いんです。 私だってもう子供じゃないんですから」

「まあ、何でも良いけどよ。本格的な冒険者稼業をするんだったらジジイには一言言っといた方が良いと思うぜ? 私も付き合ってやるから」

「えー! 絶対反対されるに決まっていますよ!」

「心配すんな。そん時は腕の立つ冒険者と一緒だから大丈夫だとでも言っておきな」


 駄々をこねるように両腕を上下に振るモニカの頭を荒々しく撫でながら無邪気に笑うライム。不覚にもライムの事を格好良いと思ってしまった……。これで他人を弄んで悦ぶような性格じゃなきゃ良いのに。


「そういうことだから、外でのモニカの事は頼んだからな」


 ライムは俺の肩をポンポンと強く叩いて白い歯を見せて笑った。そして俺の耳元にすっと顔を近付ける。ライムの長い黒髪が俺の首筋や頬に触れて胸が躍る。こんな性格が悪くても顔が美人だからな。ドキッとしてしまう俺が憎たらしい。


「もし、モニカお嬢様を泣かすことがあったなら……泣く子も黙るライムちゃん直伝のキツイお仕置きをしちゃいますからね」


 甘い声で囁くとライムは顔をすっと引いて口角を上げた。す、すみません。目が笑っていないんですが。


「では、私達は屋敷に戻ります。街の外に出るときは十分に気を付けてくださいね」

「分かっていますよ。ありがとうございます」


 モニカは優しい笑みを浮かべながら頭を下げるとライムと一緒に屋敷へと戻っていった。

 とりあえず、財布も返してもらったし今日はモニカは一緒に討伐に行けないとなると……一人で街の外に出るのは危険だな。というか、そんな事よりもお腹空いたな。朝ごはん、食べてから考えるか。

 俺は財布を片手に飲食店を求めて歩き出した。

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