第15話 上級職のマスケティア

「いらっしゃいませ。開いているお席へどうぞ!」


 茶髪ポニーテールのウエイトレスのお姉さんが、愛想よく出迎えてくれる。昨日、モニカと一緒に立ち寄った飲食店と同じ店で食事を摂る事にした。夜に立ち寄った時に比べて客足はあまり良くないようで、席もかなり空いていている。冒険者達はもう既に討伐に行ってたりするんだろう。

 空いている席に適当に座ると、しばらくしてウエイトレスのお姉さんがメニュー表とグラスに入ったお冷やを運んできた。俺はそれを受け取り、お冷やを一口口に運んでメニュー表を開く。まあ、分かっていた事だがメニュー表の文字は読めない。本当、こんなんで生きていけるのか? 俺はそう思いながらメニュー表を閉じた。


「ご注文はお決まりですか?」

「えっと、まだ決まってはいないんですけど。朝食にぴったりのメニューはありますか?」

「え? ……は、はぁ。それでしたらモーニングセットなんかどうでしょうか?」


 ウエイトレスのお姉さんは怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げながら答える。まあ、確かにね。朝食にはぴったりだね。モーニングセットなんていうくらいだから。

 しかも、メニュー表見てたのに何で分かんないんだ? みたいな反応だったんだが。仕方ないじゃん!? ただでさえ異世界転移なんて非日常的な事が起きて混乱しているのに、日本語は通じて文字は読めないなんて訳の分からない事まで起きているんだぞ! 今は現状維持をするだけでも精一杯なんだよ……。


「そ、そうなんですね。じゃあ、それをお願いします」

「かしこまりました」


 ウエイトレスのお姉さんは丁寧にお辞儀するとカウンターの奥へと消えていった。とりあえず今は読み書きよりも生きる術を確保する事が先決だ。読み書きは後後。モニカは屋敷暮らしのお嬢様だから毎日討伐に一緒に行けるわけじゃない。俺が一人で行動する時もあるだろうから、最低限の衣・食・住を確保する事から始めよう……というか、色々考えだすとキリがないな。

 窓の外を眺めながら俺は一息吐く。外を歩いている冒険者達はそれなりに経験を積んでいたり、冒険者になったばかりのような人も見られる。いずれにしても一人で行動する様な命知らずは一人もいないようで、それぞれが何人かの仲間と一緒に行動しているみたいだ。


「もう俺、バイトでも始めようかな……」


 それなりに強いなら良いけれど、魔法もスキルも使えない無い無い尽くしの俺が一人で行動するなんて自殺行為だろ。だったら低賃金でも街中でバイトする方が良い。その方が安全だ。手始めに、この飲食店でバイトを雇ってないか聞いてみようか。

 そんな事を思っていると、ふと俺と向かい合うように設置してある椅子に誰かが座ったのが見えた。怪訝に思って目を向けると、机に突っ伏して時々唸り声をあげながら頭を揺らしている、鮮やかな赤髪を二つのお団子にまとめている女の子が座っていた。白を基調としたポンチョのような服を羽織り、背中にはスナイパーライフルを背負っている。


「私のお腹が緊急事態。腹が減った」


 女の子はテーブルに突っ伏したま悲しげに呻いた。それと同時に、女の子のお腹の周りからキューと切ない音が鳴る。

 えっと……え? 何この子……いきなり目の前に座ったかと思ったら腹が減ったとか……何が言いたいんだ? ていうか誰この子? 


「おーい。聞こえているか? 私はお腹が空いているんだぞー」


 女の子はむくりと体を起こすと気怠そうな目を向けてぼーっと俺を見つめた。口を半開きにしたままじっと俺を見つめてくる。人形のように整った顔立ちで肌は透き通るように白く、華奢な体躯に年齢で言えば十四歳くらいの体系だろう。瞳は澄んだ青色のようだ。まるで宝石でも埋め込んでいるかのように感じて、思わず吸い込まれそうだった。


「……え? えっとー……良かったら何か奢ろうか?」

「驚いたな。普通、図々しい事を言うなって蹴散らすだろ?」


 えっ!? 今の驚いていたのか!? 眉一つ動いていない気がするけどな。大体、お腹空いている女の子を前に蹴散らすような男ってどんな奴だよ。やっぱりこの世界怖いわ。あのヤクザメイドに比べたらまだ可愛いものだろうけど。


「図々しいとは思うけど、お腹空かせている人を目の前にしてそういう事をするのも気が引けるし」

「なかなか殊勝な心掛けじゃないか。じゃあ遠慮なく」


 女の子は少しだけ口角を上げるとメニュー表を手に取って広げた。ありがとうもなしか……まあいいけど。


「お待たせいたしました。朝食セットです」


 ウエイトレスのお姉さんは俺が注文した朝食セットをテーブルに持ってきた。少し緑色をしている小さなパンが二つに焼いた燻製肉とスクランブルエッグ。みずみずしい野菜のサラダにポタージュまである。ご丁寧にパンに付けるバターもあるし、結構豊富なメニューだな。


「私はこれを頼む」

「かしこまりました」


 メニュー表に書かれている食べ物を指さして女の子は注文する。ウエイトレスのお姉さんは再び丁寧にお辞儀をするとカウンターの奥へ消えていった。

 何を注文したんだろう。高い物でなければ良いんだけれど。今考えればもうちょっと考えるべきだったかもしれない……まあ、なるようになれだ。さすがに何万もするようなメニューは扱っていないだろう。そう願いたい。いいや、そうであって! お願いだから!


 俺はそう思いながらパンを千切って口に運ぶ。その瞬間、口に広がる爽やかな香りとツンとした辛味を感じた。食べた事のあるパンでは味わったことがないような不思議な感覚に一瞬固まってしまう。


「……何か普通のパンと違う」

「そりゃ、ここのパンは香草が練り込んであるからだろ」

「香草? それってハーブの事か? そうか。だから少し緑色だったんだな」


 ハーブ入りのパンとか少しお高いホテルとかの朝食に出てくるやつじゃないか? もしかして、この店のメニューは基本的に高かったりするのか? 昨日はモニカが全部払っていたから値段は全然聞いていなかったし、失敗したかも。まあ、美味しいから良いや。

 俺は開き直って今度はスープに手を付ける。スプーンで掬うと少しとろみがあるようで、スープというよりはポタージュに近いような感じだった。俺は不思議に思いながらスープを一口口へ運ぶ。

 

「これって……人参かな? 味も上品で美味しい」


 色からしてカボチャのポタージュかもと思ったけれど味が完全に人参のそれと一緒だった。何というか、ここまで元の世界と食材とか料理が一致していると異世界に来たって感じがしないんだけどな。もう少し何か変わった物があっても良いんだけれど。


「ところでお前さ。昨日、街の外に出てただろ?」

「え? そうだけど」


 ふと女の子からそんな事を聞かれて軽く返事をする。あの時は結構色々な人が俺やモニカの姿を目の当たりにしているわけだし、一人くらい俺を見たっていう人がいてもおかしくはないよな。あんまり見せられたものじゃないけれど。


「ふーん。そうか」


 女の子は薄い反応をしながら目を細めて俺の姿をまじまじと見つめている。やっぱり、俺の討伐していいる姿を見て癇に障ったんだろうか。まあ、あんな醜態を曝していたら怒りたくなるのも当然だよな。ここは甘んじて受け止めるしかないか。この人達にとっては魔物討伐が日常な訳だし。同じ目線で見られたくはないはずだ。


「お前、冒険者だったんだな」

「そっからかよ!?」


 予想していなかった事を言われて俺は思わず叫んでしまった。女の子は目を丸くして驚いたような表情をしていたが俺の反応を見て面白かったのかフッと鼻を鳴らして口角を上げた。


「悪い、冗談だ。昨日のあの戦いっぷりを見たものでな。ついからかいたくなったんだ。許してくれ」

「うっ……それは言わないで欲しいな。あれは俺でも酷いと思ったさ」

「見たところ見習い剣士かハンターのような武装に感じるけれど、その武器は私も見るのは初めてだし……お前の職業は何だ?」


 女の子は俺の体を一通り見た後、武器に目を向ける。モニカやヴェルガさんも見たことのない感じだったし、やっぱり刀はこの世界には広まっていないんだろう。


「俺は冒険者サバイバーだよ。魔法も使えないしスキルも覚えられない職業らしい」

「うわっ……そりゃまた不便だな」

「本当だよ。おかげで昨日は散々だったんだ。もう討伐なんて懲り懲りだぞ」

「おいおい、たった一回ヘマしたくらいで諦めんなよ。初めはそういうものだ。なんなら私もパーティーに加わってやろうか?」


 女の子は目を細めて笑みを浮かべながらそう切り出した。どこか勝ち誇ったような態度に感じるけれど……まあそこはどうでも良い。


「パーティーに? 君が?」

「ああ、そうだ。私はこれでも上級職のマスケティアだ。銃の扱いに関してはエキスパートだからな。私ならそこそこレベルの高いクエストでも難なくこなせるから、楽にお金を稼げる。報酬はパーティーで山分けにすればいいからお金に苦労する事はないと思うぞ」

「まさか……あの時、マガリイノシシ達を撃ち殺したのは君だったのか!?」

「まあな。だが、たまたま見張り台に上って外を眺めていた時に見かけただけだ。謝礼とかはいらないさ」

「そうか……。けれどそれなら尚更、俺が逃げ回っていた事を知っていたのなら何でわざわざ俺のパーティーに加わろうとするんだ? 明らかにリスクが高いだろ?」


 みっともなく逃げ回っていた姿を見ていたのならそれこそパーティーに加えてくれなんて言わないだろう。何でこの子はそれを知っていて、それでもパーティーに加えてくれだなんて言うんだ?


「実はな、私は今はソロなんだ。色々とパーティーメンバーに加えてくれないか頼んではいるんだが、どこも受け入れてくれなくてな。お前やあの子なら受け入れてくれるんじゃないかって思ったんだよ。それに私は接近戦は苦手なんだ。今までは上手くクエストをこなしては来たんだがそろそろソロも限界が近いんだよ」

「そうか……分かった。俺としてもあれほどの射撃性能と命中率を誇った凄腕の冒険者が仲間になってくれた方が都合が良いからな。モニカには次に会った時に紹介するとしようか」

「何だ? お前、アルミィの領主のお嬢様とパーティーを組んでいたのか? こりゃお目が高い奴に話しかけてしまったな。能力や技術は別として」

「一言多いな。事実だけど」


 女の子は悪戯っぽく白い歯を見せて笑いながらテーブルに肘を付いている。それでも普通の人よりはあまり表情を変えるような子ではないようで、そんな笑みでも俺にはどこか薄ら笑み程度に感じた。


「そう言うなよ。まあ、これからよろしくな。私はコルト。コルト・コンバインだ。上級職のマスケティアを生業とする冒険者で、自分でも言うのはアレだが……最強のスナイパーだ」

「俺は城木セイジ。しがない冒険者さ」


 俺とコルトはお互いに握手を交わした。ゲームでメインキャラがパーティーに加わるシーンは色々と見てきたが、いざ自分がその立場になると何だか凄くゾクゾクするな。こんな展開、そう経験できるものじゃないだろう。


「おまたせしました。モーニングセットです」


 一通り話が終わったところで、タイミング良くウエイトレスのお姉さんは女の子が注文した料理を運んできた。随分とお腹を空かせていたのだろう。表情には表れていないが目の前の料理を前に目を輝かせているのが分かる。この子、一体どんだけご飯食べていなかったんだ?


「あっ、そうだ。大事な事を一つ、言い忘れていたよ。早速で悪いが、お前に頼みたい事があるんだ」

「頼みたい事?」


 女の子は手に持ったハーブパンに噛り付きながらそう切り出した。というか、名前教えたのに早速お前呼ばわりかよ。

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