第19話

「おい恵、どこだ。どこにいる?」


恵は押し入れの中で、息をひそめていた。

足音が聞こえてくる。

恵は、肩をすくめて祈った。

見つかりませんように、と。

しかし、祈りもむなしく、襖は開いた。


「やはりここか。いつもここに隠れて、ほんとに隠れる気があるんだか?妖魔が出たぞ恵。出動だ」


恵は、上目遣いで尋ねる。


「行かなきゃダメかな」

「あたりまえだ。お前は一応、黒巫女だからな」


この二人は、神野 恵(じんの めぐみ)と、その兄敏孝(としたか)。


「すまんな、恵。したくもない黒巫女の仕事なんかさせてしまって。俺が稼げるようになるまで辛抱してくれ」

「うん。だから、早く立派な小説家になってね」

「う、うん」


敏孝は、恵の言葉を聞いて、息が詰まった

自分が書いている小説の内容を思い出して。

立派な小説家かあ。

エロ小説家に、立派なんて言葉が当てはまるのだろうか?

いや、それはないな。

俺は、ただのラノベのエロ小説家なんだから。

二人の両親は3年前に、事故により死んでしまった。

黒巫女の親戚が引き取ろうとしたが、それを二人は断った。

思い出が詰まったこの家を、離れたくなくて。

その代りに、恵には黒巫女の仕事をしてもらう事になった。

そうすれば、生活費程度なら支援してくれる。

しかし敏孝は、恵が嫌々黒巫女の仕事をしなくてもいいように、早く稼げるようになりたいのだ。

エロ小説家として。


「もう少し我慢してくれ。恵」

「ん、なに?」

「いや、なんでもない。早く行って妖魔をやっつけてこい。怪我だけはするんじゃないぞ」

「は~い」


恵は自転車に乗ると、現場まで自転車を漕いでいった。

その後ろ姿を、黙って敏孝は見送った。

恵が現場に着くと、先輩の黒巫女たちが、既に到着していた。


「はあはあはあはあ。おそくなってすみません」

「ようやく来たわね。行くわよ恵」

「は、はい」


妖魔のそばまで着くと、先輩黒巫女が恵に合図を送った。


「それじゃ頼んだわよ」

「は、はい」


この黒巫女たちの中では、恵が一番腕が立った。

怖いよ~う、おにいちゃん。

それに、気持ち悪いよ~う。

おとうさん、おかあさん、どうか恵に力を貸してください。

なんまんだぶ。

意味の分からない祈りが終わると、恵は妖魔に向かって走り出した。

とお~りゃ~!

恵は妖魔を一刀両断に斬り伏せた。

そして、胸をなでおろす。

こわかった~


「うん。いつもながら恵の剣は凄いな」

「あ、ありがとうございます」


凄くなんかないよ。

なんでいつも私ばっかり。

恵は自分の剣に、全く自信がなかった。

そんな恵が妖魔を封じていた頃、小夜と村正は横浜の中華街を探索していた。


「えっと、肉まんください」


「おい、どんだけ喰えば気が済むのだ、小夜よ。いい加減にしないと、腹壊すぞ」

「だいじょうぶこれくらい。村正も知ってるくせに」

「うぐ」


言い返せない。知ってるだけに言い返せない。


「はい、肉まん」

「うん。じゃ、これ」


代金を支払うと、小夜は奪い取るように肉まんを掴んだ。


「あっつ、あっち、あっつ」


熱いのが収まると、小夜は思い切り肉まんにかぶりつく。

はひ~っ、はっふはふっはっふ。

お前は馬鹿か。まだ中は、アツアツに決まっとるだろうが。


「村正うっさい」


口の中をやけどした小夜は、今日の食べ歩きはここでやめることにした。

夜になり小夜と村正は、いつものように妖魔を召喚した。

はふはふはふ


「小夜よ、それは美味しいのか」

「うん、フカヒレ饅おいしいよ」

「そうか、それはよかったな」


小夜がフカヒレ饅を食べ終わったころ、黒巫女たちはやってきた。

小夜が呼び出したのがBクラスの妖魔だったからか、多少時間がかかった。


「よわい」

「そうだな。たいしたことないな」


小夜が黒巫女たちの前に立つと、一人の男がやってきた。


「あんたなに?」

「こいつらの護衛だよ。あんたをぶった切りにきた」

「ふ~ん」


横浜では黒巫女に護衛をつけていた。

妖魔退治は出来ないが、腕の立つ男が護衛についていた。


「あんた名前は?」

「言うわけない」

「そりゃそうか。誰だか知られたくないから、そんなお面してんだからな。なら、俺の名前を教えてやる。俺の名前は」


小夜は、そのあとを遮った。


「聞きたくない」

「はあ?」

「死人の名前なんて知りたくない」

「こ、この。泣かしてやる」


その言葉を聞いたあと、小夜は無防備に男に向かって歩き出す。

こ、こいつ~。舐めやがって。

泣かすだけなんて生ぬるい。

殺してやんよ。

男は、刀を持った右手を引き、左手を前に突き出した。

はやくこい。

胸を串刺しにしてくれる。

小夜は柄に手を置いたまま、間合いに入った。

よしっ、


「死にさらせ~!」


男は小夜に向かって、突きを放った。

放ったはずだった。

しかし、腕は斬り落とされていた。

落とされた腕がぼとりと落ちた。

腕が落ちた音が聞こえた後、男の視線がずれていく。


「あ、あれ?」


次の瞬間、視線がくるりと回ったかと思うと、小夜を見上げていた。

そして、小夜と対峙しているのは、男の下半身だけだった。

男は小夜によって3等分されたのだった。

それを理解した途端、男の意識は薄れて行った。


「あげぼの」


そう言い残し、男は息を引き取った。

容赦なしだな。


「あげもの?なにこいつ・・・」


化け物と言い残したつもりの男の目は、小夜のスカートの中を覗いているように見えた。


「・・・スケベ~っ!」


男の頭はスケベ扱いされて、小夜に蹴られた。

死んでまで哀れな男だな。

村正はそう思う。


「いてててて、くそ。まあいいや。村正、景光どの子がもってるの?」

「ああ、一番右にいる黒巫女だ」

「わかった」


そう言うと小夜は、黒巫女の前に立った。


「やる?」


黒巫女は頭を振った。


「そう。じゃ、景光ちょうだい」


黒巫女は震える手で、景光を小夜に手渡した。

小夜はその場を離れると、村正に尋ねた。


「あの子なんであんなに震えてたんだろ。ねえ村正」

「おまえ、マジで言ってんのか。そんなの、お前が怖いからに決まってるだろうが」

「えっ、うそ」


どこかズレまくっている小夜は、帰ってくるといつものように景光の鑑賞をはじめた。


「地鉄は、小板目肌がよく詰んでて乱れ映りが鮮やかに立ってきれい。刃紋は、直刃(すぐは)で小湾れ(このたれ)、そしてこれが、景光の片落ち互の目(かたおちぐのめ)かあ」


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