ブラック・アベック #06

───夕暮れ。

ラリーの身体を気が済むまで打ち据えて、ブラック・パレードがふと顔を上げると、陽は既にその半身を大地に沈め、空は群青に染まりつつあった。

寒色に移り行く天上の色彩に比例するかのように、頰を撫でる風も冷たい。

凍える事こそしないものの、上着を一枚羽織りたくなるような温度だった。

ブラック・パレードの内の1人が、おもむろにポケットから、手に収まる程度の小型の機械を取り出し、耳に当てた。

「ロック、こっちの仕事は終わったぞ」

数秒の間を置くも、期待した返答は返ってこない。

「ロック?おい

───まだ終わってないのか

しかし、私がここに来るまでに結構時間が経っている筈」

ブラック・パレードの表情が僅かに強張ったのを、その他のブラック・パレードは見逃さなかった。

茶化すには絶好のタイミングである。

「死んだんじゃないか?」

「冗談じゃない!」

明確に焦りの表情だ。

手袋の指先を噛みながら、口籠くちごもる。

「───そもそも、人を追いかけるならロックの方が向いていた筈だ

能力で相手を足止めできるのだからな───

何故あの時ロックにあの場を任せた私は

糞ッ、失敗した─────」

「焦るなよ、面白い奴め

おまえらしくないぞ」

茶化された方は堪ったものではない。

ブラック・パレード茶化された方ブラック・パレード茶化した方を睨んだので、彼は口笛を吹いてわざとらしく怯える仕草をした。

複数人の同一人物が、一方を虐めたり、それに対してキレる等の珍妙なやり取りをしていると、階下に続く扉が開かれた。

開けたのはブラック・ロックだった。

「ブラック・パレードさん

みーっけ!」

満面の笑みで一目散に駆け寄ると、通信機を持ったブラック・パレード。

───つまりは茶化されていた方に勢いよく抱きついた。

密着すると判るのだが、ブラック・ロックの方が僅かに身長が高い。

一頻り身体に回した腕に力を込めてから、ようやく彼を解放した。

暫く顔面が硬直していたブラック・パレードだったが、徐々にいつもの不敵な笑みに戻っていった。

「終わったのなら、通信くらい入れてくれてもいいんじゃないか?」

「いやぁすいません

相手が魔法なんかつかうもんで、通信機が壊れちゃったんですよ」

「なるほど、アレやられると電子機器が軒並みおじゃんになるものな

仕方のないことだ、許そう」

「わーい!」

陽は最早完全に沈み、真円の月と散らばる星とが街を照らしていた。

高層の建築物の群は、凸状のシルエットとなって地平線を飾っていた。

「ブラック・パレードさん

ほら!」

「む」

ブラック・ロックが彼の手を引いて、景色がよく見えるように建物の端に連れて行った。

「空をこうして見るのは、随分と久し振りな気がします」

「下からじゃ、建物に阻まれて見えないからな」

ブラック・パレードは、苦笑した。

「今日は、満月だったか

月の満ち欠けくらい、昔は毎日普通に見れていたのだがな

───綺麗だ」

「あたし、死ぬならこういう日に死にたいですね

星空を見上げながら死ねるなら、それはきっと上等な死に方ですよ

この街では」


2人がこの街風のロマンチックな会話をしているのを他所に、残された5人のブラック・パレードは幾分と下世話な話をしていた。

「私が女を連れ回しているという噂は本当だったんだな」

「私は割と前から知っていたが」

「最近少し遠い所にいたものだから、私はそもそもその噂すら知らなかったがな」

「うん?この噂、結構遠い所まで届いてるもんだと思っていたが」

「情報に疎いんじゃないか私よ」

五月蠅うるさい」

「そもそも、あいつら何処まで行ったんだ?」

「何処までとは」

「アレだ

セックスしたのかという話だ」

「セックス」

「セックスかあ」

「実際どうなんだ?」

「───してるんじゃないか」

「私ならしているな」

「いやしかし、あいつはどうも私らしくない所がある」

「さっきの事とかな」

「他人の事であそこまで取り乱すとはな」

「まぁ、人は環境によって変わるという

あの女の影響で奴も変わったという事だろう」

「まず、恋人なのかあいつは」

「そりゃそうだろう」

「恋人じゃなかったらなんだ」

「セフレとか」

「セフレって」

「つまりはセックスフレンド」

「わーい」

「は?」

「いきなりどうした私

狂ったか」

「いや、こんなネタなかったか?」

「いつの時代のネタだよ

戦前か?」

「あっ……たような気がしなくもないが」

「さっぱり思い出せん」

「200年も前の事なんか一々覚えてないぞ

おまえも大概おかしいんじゃないか?」

「なんだと」

「なぁ、所でそろそろの事を気にかけてやった方がいいんじゃないか」

1人が指差した先に、残りの4人が一斉に顔を向けた。

ロックが開いた扉の向こうには居た。

全身を黒い鎖で雁字搦がんじがらめにされで地面に這いつくばっていたは、全身が毛で覆われた獣人であった。

エキノコックスである。

「あ、ども」

「どうも」

なんだか間抜けた挨拶だ。

「どうする?」

「───連れて行くか」

「そうしてくれ、殺すならさっさと殺してほしい」

「よし」

了承したブラック・パレードは、何を思ったかエキノコックスのマズルを掴んで引き摺り始めた。

エキノコックスが悲鳴を上げる。

「痛たたたたたたたた!

おかしい!明らかに持つとこおかしいだろうが!!」

狐の訴えを全く以って意に介さず、ブラック・パレードは、いちゃついている2人の元に歩み寄った。

「女、おまえのモノだろう」

「あ、ありがと

えーっと、あなたもブラック・パレードさんだっけ?」

「如何にも」

「おいロック

なんだ

「どいつもこいつも、人をコレ呼ばわりしやがって」

「いや、狐だろ」

「狐だよね」

「人には見えんな」

「畜生に近いですよね!」

「精神的に殺すのやめてもらってもいいか

泣きそうだ」

「で、本当になんだこいつは

あの時後ろから来てた奴か?」

「うん、ワイルド・フォックスのボスだって」

「ほう、こいつが

わざわざ連れて来てくれたのか」

エキノコックスと視線を合わせるために、しゃがみ込む。

「こんばんは、君」

「何故その名前を

───あんたまさか、の差し金か」

「そうだ」

「うわぁ」

エキノコックスは、露骨に嫌そうな顔をした。

「生きてたのかあの人」

「私が今日ここに来た理由は2つ

1つはあいつラリー

1つはおまえだ

Dr.ローグ悪者はおまえさんと話がしたいそうだ」

「懐かしいなその名前

───ちなみに拒否権は?」

「あると思うか?」

「───だよな」

「さて、ロック

こいつをDr.ローグの所に連れて行ったら、今日の仕事は終わりだ」

「了解、ブラック・パレードさん

じゃ、行こっか」

そう云うと、ブラック・ロックは、エキノコックスのマズルを掴んで歩き始めた。

「痛い痛い!

だから、持つとこおかしいよな!おい!!」


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