ブラック・アベック #07

その部屋は、雑然としていた。

壁の三方は本棚によって隠され、棚に収まりきらなかった本は、床に積み上げられ部屋の面積を着実に狭めていた。

部屋には2人の人物がいて、1人は積み上げられた本に座り、もう1人は部屋の中央、棚に囲まれるようにして置かれた机を前に、熱心になんらかの設計図を描いていた。

それは少年だった。

ただし、唯の少年というにはその姿は異形すぎた。

頭からは、左右非対称アシンメトリーな一対の角が生えていた。

腰まで届く長さのあでやかな漆黒の髪は、先端に行くに従って気体となり、甘い香を伴った黒煙となって空中に霧散していた。

臀部からは、肌と同質の滑らかな外皮を纏った尻尾が生えており、今は床に垂らしていた。

その肌は、正しく白磁という言葉の他には表現ができない。

肘や頬は桃色の血色でアクセントされ、それを見せびらかすかのように上半身には布一つ纏っていなかった。

両腕はタトゥーで覆われており、それは見る者に威圧感というよりは、一種の美を感じさせた。

左目は髪で隠されていて、残る右目は、男とは思えない程の長い睫毛で飾られ、目尻の垂れたその造形は実に色っぽい。

男でありながら娼婦の如き色香を持った少年は、実際街に繰り出しては、道行く男を誘っては火遊びをして回る色情魔であった。

対照的に、少年の後ろで本に腰を置いている男は、あでやかさとは無縁のすこぶる怪しげな人相であった。

常に不愉快な笑みを浮かべており、髪は手入れの痕跡が見えない程に荒れていた。

隠された左目と、目尻の下がった右目の造形こそ、少年と酷似したものではあったが、隈で縁取られたそれは、相手に陰鬱な印象を与えこそすれ、少年のように色っぽさを感じさせるものではなかった。

羽織った白コートは、普通の者が着れば真っ当な印象になるのだろうが、この男が着ると途端に胡散臭いことこの上ないといった風の様相になる。

少年が娼婦なら、この男は薬物中毒者ジャンキーに例えられる印象だった。


しばらくは、少年の持つ鉛筆の音だけが部屋に響いていたが、唐突に男が少年に対して語り始めた。

「もうすぐここに、アリック・キーズという男がやッてくル」

少年は、身体的な反応は一切示さずに唯一言「そう」とだけ答えた。

「オレサマが戦前、

───そしてとして魔法を研究していた時の部下ダ」

少年は手を止めた。

「魔法を───」

「優秀な部下だッタ

物分かりが良く、応用力も効き、そしてイジリ甲斐のある男だッタ」

肩を揺らしてと笑う男の顔は、一層不愉快なものに変わる。

「死ンだと思ッていたガ───

最近アリック君らしき人物の目撃情報があッてネ

どうも、ちんけな不良集団に似つかわしくない魔法武器が出回ッているようダ

調べてみたら案の定、オレの知ってるヤツが見つかッたッて訳でネ

に向かわせてル。」

「そのアリックっていう人は

───ぼくよりも優秀?」

「まッさッカ❤︎

オマエはこのオレサマの最高傑作だゼ?

だがまァ、良い刺激になるかもしれなイ

だからわざわざ連れて来させてル」

ここで、男は何かに気付くとポケットから機械を取り出し耳に当てた。

通信機のようだ。

「─────マジィ!?

よッしャ今すぐ連れてこイ!

そう、今すぐにダ!」

通信を切る。

「もうすぐ来るッてよオ!

ムフフフフ、久し振りに会うなァ

アリックのヤロウ!」

部屋中に男の高笑いが響き渡った。

少年はというと、既に設計図を描く作業に戻っていた。


ロ型をした階数300のビルのその中央。

外部からは一切目視出来ない場所に、「大隊」の魔法研究所はあった。

ブラック・パレード達3人(5人のパレードは帰った)は、外側のビルを抜け、魔法研究所を前にしていた。

ブラック・ロックが目を丸くする。

「変な建物ー」

「───というか船だな

でかい船が地面に埋もれてる」

エキノコックスの言う通り船だった。

船底が地面に沈んだ巨大な船。

それこそが魔法研究所であった。

「フネってなんですか?ブラック・パレードさん」

「む、海の上を渡るのに使う乗り物だ」

「ウミとは?」

「あー……、でかい水溜りだ」

「はええ、水溜り」

エキノコックスが訝しげにロックを見る。

流石にもうマズルは掴まれていないが、上半身は鎖に巻かれたままだ。

「お嬢さん、あんたものを知らなすぎなんじゃないか?」

「うるさいなー!仕方ないじゃん

うち貧乏だったんだから

それに戦後生まれだし」

「ここらで海を見るなら相当歩かなければ見れないからな

仕方ないだろう

学校がある訳でなし」

「ま、確かに

おかげでオレの部下も馬鹿ばっかで困るよ」

「──────それあたしの事を遠回しに馬鹿にしてない!?」

「お、気付いたか

馬鹿にしてはよく気付いたじゃないか」

「こいつぅ!」

「ッガアアァアッッ!!」

辺りに打撲音と悲鳴が木霊する。

すねはやめろよおまえすねは!」

「さっさと行くぞ馬鹿共」

「あっ酷い!

ブラック・パレードさんまで!」

地上から階段が伸びており、甲板にまで続いている。

魔法研究所の入り口は、甲板にあった。

階段を登る最中に、船体の横に大きく書かれた「LEVIATHAN」という文字が見えた。

大方なんかのアニメが元ネタなんだろう?

あの人レジーそういうの好きだったし」

「正解だ」

階段を登り切り、とうとう一向は入り口に辿り着いた。

ブラック・パレードがドアの前に立つ。

「あぁ、とうとうレジーとご対面か

嫌だなぁ、戦前は散々イジられたし

───どうしたブラック・パレード

行かないのか」

「いや───

なんか、

「なに?」

突然、パレードはロックの手を引いてドアの正面から逃亡した。

直後、ドアが開き放たれ中から黒い粘着質のスライムが現れ、目の前にいた人物に襲いかかった。

「うおおおぉぉおおおお!!」

つまりは、エキノコックスにである───。

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