ブラック・アベック #05

「HMMMMM……」

エキノコックスは、恐ろしく低い唸り声を上げた。

怒りからではない。己をここまで追い詰めた目の前の女に対する、感嘆の意からだ。

「万物を止める鎖と言ったか

その割に、口は普通に動くみたいだが」

「言ったでしょ?

何を、も、あたしの思うままって」

ブラック・ロックは、周囲の瓦礫がれきを押し退けると、地面に降りたち、エキノコックスに向かってゆっくりと歩いていった。

「聞きたいことがあるんだー」

ロックの笑みは、蠱惑的こわくてきだ。

「聞きたいこと?

今までに抱いた女なら、10から先数えてないんだが」

「誰もあなたの恋愛武勇伝なんか聞いてないよ!

私が聞きたいのは、ラリーのこと」

「あぁ、アイツはやめとけよ

女の扱い方が荒いんだ」

「まだ言ってるよこいつ……

いや、そうじゃなくって

ラリーってさ、あいつ

───「持つ者」?」

エキノコックスが片目を吊り上げる。

「そうだが?」

「そうなの?その割にはなーんか

というか」

「───要するに?」

「あいつ、私達を見て一言二言威勢張ったら、すぐ逃げてっちゃったんだよね

「持つ者」ってさぁ、大概自分の命も相手の命も紙より軽いってな連中ばかりだし、自分が不利な状況でも構わず突っ込んでっちゃうんだよね

その点、あいつは自分の命大事らしいし

なんか「持つ者」っぽくないなーって」

「ふむ、そんなことを聞いて、おまえに何の得が?」

「別にー?唯の好奇心だけど」

エキノコックスは、納得したようだった。

「なるほど……」

彼は、少し逡巡しゅんじゅんした後にこう語り出した。

「アイツはな、ほんの10年前までは「持つ者」じゃなかったんだ」

「え、ナニソレ」

ロックは口に手を当てる。

「逆に言えばそれ、10年前から急に力を得て「持つ者」になったって訳?」

「そういうことだ」

「なんで?」

「さあ、心当たりがない訳じゃないが

───おまえも知ってるだろ

あの、「魔法」が大好きとかいう、イカレカルト宗教共」

「───「ヌクレアル御光ごこう教会」のこと?」

「そう、アイツら魔法を身体に取り込んで、新人類になろうとかなんとか抜かしてるって話じゃないか」

「ラリーが、ヌクレアルに入信して、魔法を取り込んで「持つ者」になったってこと?」

って言っただろ

別に、本人から聞いた訳じゃないから知らん

ただ、10年前から時々、姿を消す時があったんだ

帰ってきた時も、なんだか目がうつろで様子がおかしいんだが、帰ってくる度に確実に強くなっていったんだ

別にラリーに興味があった訳でなし、問いただしたりはしなかったが

もし、あの時に誰かと密会してたとしたら、女か或いは、「ヌクレアル御光ごこう教会」くらいしか俺は思いつかない」

「なるほどね

───で、それがラリーが「持つ者」っぽくないことと、何の関係が?」

エキノコックスは、肩をすくめ─── ───ようとして、未だ身体はロックの能力によって、指先一つ動かせない事を思い出させられた。

「ラリーが「持つ者」になったのは、ほんの10年前だ、力を持つだけ持って、心は「持たざる者」だった頃から何一つ成長していない

だから、おまえ達を前にしてみっともなく逃げ出した

───と、オレは思った訳だが」

「あー、そういうこと

ふぅーん」

二人の間に、妙な間が流れた。

「──────で?」

「で?」

「疑問は解決したんだろ

じゃあさっさと殺してくれ

身体が止まったままで肩が凝りそうだ」

「あ、あぁ

そういえばそうだった

忘れてたよ」

ロックは、手に持った得物を見つめた。

「ジン・リッキー」は、黒く鈍い光をその身に映している。

「なんか、気抜けちゃったなぁ

殺す気分じゃないや」

「おいおい、なんだそりゃ

人殺すのに気分も糞もないだろ

もっと肩の力抜けよ」

エキノコックスは溜息を吐いた。

「オレが死ぬ時は、もっと糞みたいな状況で死ぬものかと思ってた

おまえみたいな美人に殺されるなら、まぁ、上等な死に方なんじゃあないか?

さっさとやれよ」

2人の視線が交差する。

ほんの僅かな時間、互いは互いの目を見つめあった。

先まで殺しあっていたとは思えない程に、穏やか瞳だった。

この世界では、命の奪い合いこそ日常であり、故に、この戦いは、互いが互いに怒りを抱くには、余りに取るに足らないイベントであった。

ロックは、エキノコックスの周囲に浮かぶ刀身を、自らの得物ではね飛ばすことで、彼の正面を無防備にした。

「あばよ、クソッタレな世界」

エキノコックスは、目を閉じた。


地上140階より、更に1階上。

屋上では、ラリーが正しく袋の鼠といった状況に陥っていた。

屋上だから逃げ場所がない訳ではない。

別に、建物から飛び降りた所で死にはしない。

問題は他にあった。

完全に血の気の引いた顔をしながら、ラリーは周囲を見渡した。

───おかしい、絶対におかしい、なんなんだあれは。何故ブラック・パレードが6人もいる。

狼狽するラリーの全周を囲むパレードの集団が、一斉に嘲笑した。

「6人に囲まれて、リンチされるのを待つ気分はどうだ?」

パレードによって作られた包囲線は、徐々に狭められていく。

ラリーは、既に泣いていた。

凡そ排出し得るあらゆる体液で、顔はぐちゃぐちゃに濡れていた。

「うぅあああああぁぁぁぁああァアアッッッ!!!!!」

聞くに耐えない奇声を上げながら、ラリーはパレードの1人に殴りかかった。

拳は、パレードの顔面にクリーンヒットした。

一瞬、ラリーは「してやったり」といったような表情を浮かべたが、尚も続くパレードの嘲笑に、その血相は更に青くなった。

「な、なんでだ

お、お、俺は力を得たんだ

新人類になったんだぞ!」

「うるさい」

そう言うが早いか、パレードはラリーの口に、自らの4本の指を突っ込み、残る親指で顎の下を捉えて掴み。

───そのまま、ラリーの顎を

堪らず、ラリーはその場に倒れ伏した。

肺から口内を経ず、直接外に排出される空気の音も、飛散する血液が地面に当たる音も、自らの身体が衝突する音も、最早ラリーの耳には届いていなかった。

頭には、激痛という言葉でさえ表現しきれない火花が散っていた。

裏返したゴキブリのように、うごめくラリーを見下ろしながら、パレード達は剣を上段に構え、振り下ろした。

鞘から抜かれていない剣が身体に当たる度に、ラリーのが砕けていった。

周囲に、狂気的な笑い声と、液体と固体の飛び散る音を撒き散らしながら、リンチは少なくとも2分は続けられた。

───ラリーの身体は、原型を保っていなかった。

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