ブラック・アベック #04

先制を仕掛けたのは、エキノコックスだった。

彼が軽く指先を振ったのを合図に、周囲に渦巻いていた床の断片が、ブラック・ロックに向かって発射された。

断片は、事も無げに払い除けられた。

「これが攻撃のつもり?」

「その通り」

ロックが、素早く視線を右に移す。

断片の影に隠れて、エキノコックスが素早く死角に潜り込んでいたのだ。

段平の一撃は、ロックが左に跳躍することで回避された。

「獣らしくすばしっこいのね」

攻撃を立て続けに退しりぞけたロックだったが、次に仕掛けられたエキノコックスの罠を避けることはできなかった。

「あれ!?」

唐突に、ロックはバランスを崩した。

彼女が足を着けた瞬間、のだ。

「足元に床の断片が───」

本来、ロックが着地すべき床に先んじて、エキノコックスが操る床の断片がロックの足を捉え、そのまま横に移動することによって、ロックの姿勢を崩したのだ。

思い切り尻餅をついたロックが見たものは、今まさに敵の身体を貫かんと跳び掛かる、エキノコックスの姿であった。

「わお」

間一髪で、身体を横にひるがえすことによって、ロックは攻撃をかわした。

その勢いのまま距離を取る。

「はは!惜しい惜しい

もう少しで勝負ついたんじゃない?」

間違いなく危機一髪の状況であったが、それにも関わらずブラック・ロックはしていた。

緊張感の欠片も無い。

「ほう、で勝負がつくのか

───それじゃあ、本気を出してみるとしようか」

エキノコックスが指を鳴らす。

すると、彼が辿った軌跡に沿って、床が次々と破断され、空中に舞った。

「オレが移動し、触れたモノが増えるたびに……オレが操れるモノも増えていく

つまり、おまえの勝機はどんどん消えていくという訳だ」

「あなたの勝機は、元々ゼロだけどね」

瞬間、エキノコックスの視界から、ブラック・ロックが消えた。

第六感が、彼の背面に強い怖気おぞけを感じさせた。

───速い。

エキノコックスは、身体の方向はそのままに、段平のみを後ろ手に構える事で防御の姿勢を取った。

彼の勘は当たっていた。

ブラック・ロックは、エキノコックスを凌ぐ素早さでって、彼の後方に回り込んだのだ。

防御は、成功したとは言えなかった。

ロックの双斧を段平で受けたエキノコックスは、前に向かって吹き飛ばされた。

その勢いは、壁にぶち当たっても尚、止まらなかった。

エキノコックスが、なんとか段平を床に突き刺すことで、そのスピードは緩まり、次の壁にその身を当てる事によって、ようやく停止した。

床が、刺した段平の魔法の熱によって、焼き切れていた。

彼を受け止めた壁が、音を立てて崩れ落ちると、その先はビルの外であり、エキノコックスは、この建物から転落する後一歩であった。

───休む暇は無い。

エキノコックスは間を置かず、段平を引き抜いて、追いかけてきたロックに向かって駆け出した。

両者が、お互いの得物を、お互いの得物に打ちつけんとする。

「せーの!!」

「おおぉぉおおお!!!」

場に、甲高い金属音が鳴ると共に、エキノコックスの身が後退あとずさった。

手がじんわりと痺れる。

「あははは!」

ロックは、エキノコックスの反撃を許さず、追撃を繰り返す。

エキノコックスは、ロックの攻撃を受け止めるたびに、どんどん押し戻されていった。

信じられないことに、その膂力りょりょくは明らかに、ブラック・ロックがまさっていた。

そして、とうとうエキノコックスの防御の間を縫ったロックの蹴りが、彼の腹部に突き刺さった。

「ぐおおおッッ」

苦悶の声を上げつつ、彼はまたも吹き飛ばされた。

後方に、外へと通じる壁の穴が迫る。

エキノコックスは受け身を取り、手を床に押さえつけることで、外へ転落することをまぬがれた。

顔を前に向けると、明らかな嘲笑をたたえたブラック・ロックがゆっくりと迫っていた。

「女の子に力負けするなんて

恥ずかしくて死にたくならない?」

「どうかな

オレは、着実に負けへと進んでいるおまえを、心底哀れに思っているよ」

の期に及んで何を───」

そう言いかけて、ロックはと気付いた。

巨大なコンクリートの破片が、ロックの両側面に浮かんでいた。

「まっずい!」

ロックの逃走を許さず、破片はロックの身体を抑え込み、空中に固定した。

エキノコックスは立ち上がり、頭を左右に振って首を鳴らした。

「わざわざオレを、派手に吹っ飛ばしてくれて助かったよ

お陰で、当たって崩れた壁の破片を操れるようになった

───それも巨大な」

エキノコックスは、段平を前に構えた。

「もう充分に遊んだ

これで、終わりにしよう」

エキノコックスが、その手に力を込めた瞬間、その刀身は、

砕かれた破片は、地面に落ちることなく、青く発光しながら、彼の周りを高速で回転していた。

「青く熱されたこの魔法の刃は……「持つ者」「持たざる者」とに関わらず、有象無象を

最早逃げられん!

詰みチェックメイトだ!!」

エキノコックスが、手を上にあげる。

彼が手を振り下ろす合図で、魔法の刃は今にも撃ち出されるのだ。


「何か、言い残すことは?」


「所で

───あたしのについて語っていたかな?」


エキノコックスの周囲を高速で回転していた刀身が、唐突にその動きを止めた。

「何!?」

魔法の刃から、なにやら小さなのようなものが生えていた。

エキノコックスが手を振り合図するも、発射されることはなかった。

「何をした!?」

「さっきの打ち合いの時に、仕込んでいたの

万物を思いのままに停止させることのできる黒鎖こくさ

何を、どれくらい止めるかも、あたしの思うままよ」

それがおまえの能力か」

エキノコックスは、周囲を見渡した。

彼の全周に渡って、停止した無数の魔法の刃が、彼の動きを制限していた。

当然、その刃に接触すれば、触れた部分はたちまちの内に溶け落ちることになる。

「最早逃げられない

詰みチェックメイトね」

ロックは、身体を拘束されたまま、右手を前に突き出した。

斧はその手に持ったまま、人差し指と中指を出し、指鉄砲の形を取った。

指先に、黒いエネルギーが逆巻き始める。

BANGバン!!」

黒いエネルギーは、発射された。

その弾道は、身動きの取れないエキノコックスの身体に、的確に定められ、命中し、彼の身体から黒い鎖が出ると共に、その動きを完全に静止させた。

勝敗は、今まさに決定されたのだ。

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