ブラック・アベック #03

ブラック・パレード達の道を阻む者はいなかった。

皆、彼の顔を一目見るなり、恐れおののいて逃げ出すので、一行がラリーの元に辿り着くのに苦労はなかった。

69階。

ラリーは、大部屋の中央で虚ろな目をしながら座っていた。

床と机にはキャンディーの包み紙が散乱し、今も口の中で違法ハッカ飴を転がしているようだった。

扉を蹴破って入ってきたブラック・パレードを一瞥いちべつすると、床にキャンディーを2つ吐き捨て、こう言い放った。

「最近の奴ぁよう、扉を脚で開けるのがトレンドってヤツなのか?

まともな部屋の出入りをよう、一から教えてやろうか?てめぇ」

「結構

これでも延滞料金をアホ程溜めてるようなマヌケよりは、マナーができていると自負しているよ」

パレードが一歩、前に進む。

「まぁ、安心しろ

今ここで金を払えとは言わない

今日の所は、おまえのその安い命で勘弁してやるから、大人しく首を出せ」

「あぁ、最近の奴ぁモノの頼み方もわかんねぇのか

ひでぇ世の中になっちまったもんだよ

なあ?」

ラリーは、椅子から酷くゆっくりと腰を上げると、少し上を見ながら怒鳴り散らし始めた。

「おい!下っ端共!

俺の部屋にバカが2人紛れ込んだぞ!

さっさとつまみ出さねぇかッ!!」

ラリーが口を閉じると、束の間の静寂が訪れた。

下っ端が部屋に来る気配はない。

「人望ないねー」

ブラック・ロックが気の抜けた声を漏らす。

「ゴリブくんもね、少しいじめたら、すぐにここの場所、教えてくれたよ」

あンのクソガキ。

そう呟くと、ラリーは深いため息を吐いた。

目の焦点は、合っていない。

「下っ端のバカ共は裏切る

うるッせえ客は来る

どうなってんだこの世界

クソだクソ

くそッたれだぜこんな世界」

そう言い終えた瞬間、ラリーは目の前に置いてあった机を、パレードに向けて蹴飛ばした。

飛んできた机を、手で横に払い飛ばしたパレードが見たものは、壁をタックルでぶち壊して部屋から逃げ出すラリーの姿だった。

「まともに部屋の出入りができないのは、一体どっちの方だってんだ?

追いかけるぞロック」

「いや、1人で行ってください

ブラック・パレードさん

誰かが、こっちに来てるみたいです」

パレードが振り向くと、ロックは扉の方を注視していた。

「ふむ、そのようだな

相手は任せた」

そう言い残すと、パレードはラリーのあとを追った。


ブラック・ロックの得物は、腰にぶら下げた二振りのトマホークだった。

銘を「ジン・リッキー」と言う。

手で回したりしてもてあそびながら、ロックは敵を待った。

「フ〜ン♪フンフ〜ン♪」

部屋には、ロックの鼻歌がはかなく響いていた。

しばらくして、1人の男が部屋に入ってきた。

だ。

その男の顔は、という他に表しようがなかった。

全身は黄色の毛で覆われており、鞘に収まった段平を手にしていた。

「ワイルド・

なんて名前だから、もしかしてとは思ってたけど

あはは、やっぱりペット・ショップなんだね

ここ」

ロックの挑発を無視して、男は名乗った

「オレの名前は…エキノコックス

あんたは?」

「ブラック・ロック

よろしくね、モフモフさん」

ロックとエキノコックスは、相対あいたいした。

場は、俄かに緊張の空気に包まれた。

否、緊張しているのはエキノコックスただ1人であろうか。

ブラック・ロックは、この場においても、不敵に笑みを浮かべたままだった。

「あのブラック・パレードが連れ回している女…か

あんたは、ブラック・パレードのだ?」

「解らないの?

あなた、もしかして童貞?」

ロックは、パレードの前とは打って変わって、口が悪い。

「あんたが死ねば…

ブラック・パレードは悲しむのか?

オレには、あいつがそんな男には見えない

付き合う男を、間違えたんじゃないのか?」

エキノコックスが目を細める。

「あいつがおまえを、本当に愛していると?

ふん、今からでも、オレの所に来たらどうだ

この壊れた世界が終わるまで、互いにささやかななぐさみを与え合うのも、悪くないだろう」

「へぇ、ケモノに求愛されたのは初めてだなぁ!

悪いんだけど、ブラック・パレードはあなたが思うより魅力的な男よ

あなたに乗り換えるなんて、全く思えない程にね」

それを聞くと、エキノコックスは残念そうに首を振った。

「そうか、それは残念だ

なら悪いが、おまえをこのまま見逃す訳にはいかない

ラリーの命は別に惜しくないが、こちらにもメンツってもんがある

やられっぱなしは、オレのプライドが許さない」

そう言い終えると、エキノコックスは段平を構え

───引き抜いた。

ブラック・ロックは、俄かに肌に熱を感じた。

段平は、を放っていた。

「魔法……か」

「それだけじゃないさ」

そして、エキノコックスの足元の地面は、細かく砕け、周囲に

「へぇ!能力も使えるんだ

ちょっとだけ見直したよ

狐さん」

「それでも、オレの所に来るつもりはないんだろう?」

「勿論

だって、あなたの瞳に魅力を感じないもの

全てに絶望したかのような、ツマラナイ瞳

───死に場所が欲しくて堪らないって感じね」

ブラック・ロックは、妖艶ようえんな表情でささやいた。

「おいでエキノコックス

あたしに殺されるなら、貴方も本望でしょ

貴方に、慰みを与えてあげる」


「退け退け退け退け退け退けえええ!!!」

ラリーは、廊下を喚き散らしながら走っていた。

「おまえらあああッ!!

逃げてんじゃねええ!

あいつと戦えええええッッ!!

クソォッ、おまえら全員後で殺してやるうううウウッッ!!!」

後を追いかけるブラック・パレードは、とてもだ。

逃げるラリーの姿が、滑稽こっけいで仕方がないといった様子だ。

「頑張って逃げるじゃないかラリー

そうまでして、この世界に生きていたい理由が、おまえにあるとでも言うのか?」

「当たり前だ!

確かにクソみたいな世界だ!

だがッ、それでもッ、酒と女がある!

それだけあればよぉ!俺は充分なんだよォッ!!」

「じゃあ、別にミント要らなかったんじゃないのか?」

「うぅゥッせえ!!ヴァーッカ馬鹿!!!」

最初こそ、見栄を張って威圧的な言動をしていたラリーだったが、本性はこの通り、小物としか言いようがない性格だった。

そうこうする内に、ラリーはとうとう階段を見つけた。

とにかく下に、下に逃げなければ。

焦りの極みに達していたラリーは、階段を飛び降りようとして

───動きを止めた。

あり得ない人物がに居た。

ブラック・パレードだ。

「ファーーーーーッ!!」

悲鳴を上げたラリーは、後ろを振り返り、ブラック・パレードを見て

「ファーーーーーーーーッッ!!」

もう一回悲鳴を上げた。

ラリーは、階段を登った。

階段を1階上がると、ブラック・パレードが降りてきた。

「ファーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

廊下に飛び出したラリーは、恐る恐る後ろを振り返った。

間違いない。

3人居る。

3人のブラック・パレードが、剣を握り締めながら、ラリーの後ろをついてきていた。

「畜生ッ!!

それがおまえの能力か!?」

「いや違う

能力じゃない

だ」

「なにィ!??」

「私は身体をんだ」

そんなんあるか。

廊下中に、ラリーの声が木霊こだました。

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