第6話 土砂降り

 そっと、肩に手が乗せられる。


「紗世」


 風斗によく似た、でも少し違う雷斗のまっすぐな瞳は、私に優しいぬくもりをくれた。こわばっていた肩の力が抜けて、ほんの少しだけ笑顔を作る。


「あのね……私、仕事辞めてきちゃった」


 自分の選択に後悔はない。だけど、雷斗の瞳から視線は逸れていく。


「就職してから知ったんだけどさ、そこは結構な男社会で、事務って言うか、雑用かな、、雑用しながらの仕事って当たり前で、その辺は全然つらくなかったんだけど、」


 都会の灰のような日常が、頭のなかで駆け巡る。


「約三年。私がはじめて任された私主体の企画。ちゃんと成功したのに、気が付けば後輩の男の子に手柄全部持ってかれちゃった」


 手柄が消える事くらいよくあるさ。と、納得しようとした。


「でも、無理だった」


 そこだけは、誰にも譲りたくなかったのに。

 手柄が欲しかったんじゃない。

 自分なりに努力したあかし。それすら渡してもらう権利がないのだと、思い知らされてなお、あそこにいれなかった。

 気が付けば、辞表を出していた。

 そしてそのままの足で、こんなところまで帰って来た。

 自分でも馬鹿らしいことは分かっているけど、胸が押しつぶされそうで、こうせずにはいられなかった。


「そっか」


 思い返したことで、緩みかけた涙腺に追い打ちをかける気なのか、雷斗が私を抱きしめる。


「お疲れ様」


 頭を撫でられながら言われた言葉は、他のどれよりも優しくて、ここにきて何度も流れそうになった涙はついに流れ落ちてしまう。ずっと我慢していたからなのか、一粒流れるとあとは止めようがなかった。

 雷斗の胸を借りてしばらく。

 鼻を啜り、嗚咽を落ち着かせる。瞼を閉じるとやっぱり涙は溢れるけど、ずいぶんと心は軽くなった。


「大丈夫そう?」


「ごめん、みっともないとこ見せちゃった」


 泣いている間中、一言も話すことなくただ頭を撫でてくれた雷斗が様子を見計らって声を掛けてくる。

 ひとしきり泣いたお陰もあって、さっぱりした私は、ちょっと残念なことになった雷斗の服を見ながら言う。


「全部終わった後だけど、話してくれてよかった」


 ちょっと残念そうに、それでも笑顔で、雷斗は私をねぎらった。彼が、頬を伝った最後の雫に手を掛けた。

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