第十八話 約束

 アクティニディア、フィルメルス城



 アウグス村での戦闘から何日か経った頃。

 ミルマ達はフィルメルス直々の案内でアクティニディアの城へと来ていた。


「城に自分の名前を付けたのね……」


 城へ着いてクローゼが一言。

 それを聞いたフィルメルスが答える。


「ここはわたくしの家ですもの、当然ですわ。わたくしが乗っ取る前は違う名前でしたけど」


 ミルマが疑問を投げ掛ける。


「え? 元々フィルメルスさ、様の物じゃなかったんですか?」


 フィルメルスは少し笑いながら。


「さん、か呼び捨てでいいですわ。様付けはあまり好きではありませんの。わたくしは魔族が暴れだした頃、兵や国民を盾に引きこもっていた元国王を暴力で引きづり降ろしましたので、正当な王ではありませんから」


「国の主が代わる程の事なのに中立国では一度も聞いたことなかった、です」


 アンテの言葉を聞き、一番後ろを歩いていたアリュールが口を開く。


「魔族が反乱を起こして以来他国の情報は入ってきませんでしたので、私、マルスプミラでも初耳ですね」


 五人は雑談をしながら城の廊下を歩く。

 フィルメルスの要望で案内役や護衛役等は付いていない。

 そして長いテーブル、多くの椅子が設置された広い部屋へと辿り着く。

 フィルメルスは真ん中の豪華な椅子へ座り四人も近くの椅子に座るよう言う。


「ここは会議室、ちなみに防音ですわ。今回は国としてではなくわたくし個人で皆さまを招待していますのでご自由に発言して下さいませ」


 四人が頷く。


「最初に、軽く自己紹介でもするべきですわね」


 四人は軽く自己紹介をする。

 主に名前や出身等を。


「次は……そうですわね、捕らえた少年について。彼は今、わたくし自慢の拷問室に幽閉してますわ」


 アリュールが手をあげる。


「その少年、メストが自力でその場から自力で脱出するのは不可能でしょう。ですが、メストは人間とは思えない不思議な力を持っています。不死……またはそれに近い、それにあの仮面を呼び出せるかもしれません」


「アウグス村に居たのは全て回収して城に運ぶようしましたわ。アリュールさんの許可があれば一体は解剖して中身を調べてもらいますけど」


 周りを見渡すアリュール。

 自分が決めて良いのか、という表情だ。


「え?私の許可ですか?」


「ええ、ここではマルスプミラの代表ですわよ?」


「分かりました。解剖、及び調査をお願いします」


「お任せくださいませ。では次の議題ですわね」


 今度はクローゼが手をあげる。


「一ついいかしら、あの仮面がお子様の不思議な力で動いていたとしたら、また急に動き出す可能性もあるかもしれないわ」


「それもそうですわね、調査はわたくし立ち合いの元、地下で行うようしますわ。場所が決まり次第、一応お伝えしますので皆様も見たければどうぞお越しくださいませ」


 ミルマとアンテはお互い視線を合わせながら引きつった笑顔をしていた。

 アンテは元々そういったことは得意ではなく、ミルマは魔族でない限り残酷な性格ではない為解剖を見たいとは思わないのだろう。


「次に、最も重要な今後についてですわ。わたくしは領内の村や町に今まで以上に部隊を展開し、国を守るつもりでいますわ」


 フィルメルスの視線がミルマに移る。


「私は……昔住んでいた村を壊され父や母を殺したゴブリン、魔族そのものを全員殺す為に旅をしています」


「それは世界の平和の為? それとも個人的な復讐ですの?」


「個人的な復讐です」


 ミルマはフィルメルスの目を見てハッキリとそう答えた。


「決意がしっかりと伝わってくるいい目をしていますわね。世界の為、なんて偽善行為を振りかざすような奴より信用できますわね。個人的に協力出来ることがあれば言ってくださいませ」


 ミルマは少し驚いたが笑顔で返す。


「は、はい! 是非!」


 視線は自然とミルマの横に座っていたクローゼへと向かう。


「私はミルマのお手伝い役だから、個人的な目標はないわね。言うならばミルマの復讐が私の目標でもあるかしら」


「何か事情がありそうですわね、まあ聞きませんのでご安心を」


 次にアリュール。


「はい、私の目標は本物の国王様を見つけることです。私は現在マルスプミラに居る国王様も偽物だと考えていまして、昔と全然違う今の国王様に何の疑問も抱かずに従っている兵や民に違和感を覚え城を抜け出しました」


「それってもう城へ戻れないんじゃないです、か?」


 アンテが一言。


「はい、今頃問題になっているかと思います。ですがメストが人をも操れるとしたら、もはや誰が信じられるか分からない状況になります。城で個人的に調査することも考えたのですが、メストに気付かれてる以上困難だと判断しました。城で全員を敵に回して逃げ出せるとは思えませんので」


「事情は分かりましたわ。でも今後どうするつもりですの?」


「メストが知っていることを全て吐くまではアクティニディアに留まらせて頂こうと思います。勿論、フィルメルスさんの許可が下りればですが」


「わたくしは全然構いませんし、このまま城に居るといいですわ。信用できると踏んだからこそこの場に招待しているのですから」


「ありがとうございます」


 フィルメルスは視線をアンテに移しつつ言う。


「最後は……」


 アンテは言い辛そうにしている。

 それを見てフィルメルスが声を掛ける。


「するべきこと見失った?」


 それはいつもの自信に溢れた感じの言い方ではなく、とても優しい言い方だった。


 アンテは一瞬驚くも、それに答える。


「はい、です。脱出した中立国の兵士、住民と合流して国を奪還するつもりだったのです、がそれはもう叶わないのです……」


 メストが仮面に投げさせた袋、あの中には大量の死体が入っていた。

 脱出に成功した中立国の者たちの。


「なら、あなたはここに居なさい」


 突然の提案。


「え?」


「食料も部屋も安全も確保してあげますわ。貴女は強い子、自分だけが平和な場所で暮らすなんてきっと耐えられない。少し休んでいれば自然としたいことが浮かぶはずですわ。急がなくていい、自分がしたい事が出来た時に声を掛けて下さいませ。その時は全力で協力しますわ」


 アンテの瞳には少し涙が浮かんでいた。


「か、カッコイイです。た、他国の人間なのにこんなにも優しくしてくれて、考えてくれて……!」


 ミルマ、クローゼ、アリュールはその光景を微笑ましく見ている。

 フィルメルスはわざと偉そうにしている。


「そう! 大物は出身や身分ではなくその人個人をちゃんと見るのですわ!」


 どう反応していいか分からないといった表情のクローゼが言う。


「じ、自分で大物って言うのね……」


 こうしてこの日は一人ずつ部屋を与えられ休むこととなった。




 時刻は夜、各々が部屋へと入って一時間程経った頃、ミルマはクローゼの部屋を尋ねる。


「クローゼ? 起きてる?」


「ええ、起きてるわよ」


 クローゼはそう言い扉を開ける。

 二人は部屋に置かれた椅子に座る。


「何か気になることでもありそうね」


「うん、クローゼはアリュールさんやフィルメルスさんを信じてる?」


「直球ね、私はあの二人は嘘をついたり人を騙したりするようなタイプではないと思っているわ」


 ミルマはずっとクローゼの目を見て話を聞いている。


「良かった、私も二人のことは信じたかったから」


 言ってることとは別に、ミルマの表情は浮かないものだった。

 それを見たクローゼは問いかけた。


「本当に話したいことはなに? 何か心配事があるなら聞くわよ?」


 ミルマは苦笑いをする。


「やっぱりクローゼにはバレちゃうね。うーんとね、私、今が楽しく感じちゃってるんだ。村を、お父さんお母さんを殺した魔族は絶対に許さない。それは変わらないけど、でもね、こうして旅をしながらクローゼと一緒に居ることも本当に楽しいんだ」


 クローゼはくすりと笑う。

 決して馬鹿にしたような笑い方ではない。

 からかうような冗談っぽい笑いだった。


「命懸けで戦ってるのにそれを楽しい、だなんてミルマはやっぱり変な子ね」


 いつもなら頬を膨らませて怒るミルマだが、この時は真剣な表情なまま。


「ねえ、この旅が終わっても一緒にいようね?」


 クローゼはいつもと違うミルマの雰囲気に戸惑う。

 こんなに困った表情のクローゼは初めてかもしれない。

 そしてなんとか聞き返す。


「ど、どうしたのよ急に」


「ごめんね、急にこんなこと言って。最近、復讐が終わったら私はどうなるのかなって考えちゃって」


 クローゼが席を立ち窓際に向かいミルマに背を向ける。


「何言ってるのよ、まずは復讐を果たしてからでしょう? 魔族を殲滅するまでまだ先は長いわ」


 ミルマは座ったまま、背を向けたクローゼに喋りかける。


「そう、だね……」


 明らかに悲しげな、不安そうな声を聞いてクローゼは振り返ることなく言う。


「でもまあ……。そうね、私はあなたのことをずっと見守り続けるわ。だから……安心して」


「約束、だよ? 絶対だよ?」


「ええ、約束するわ」



 ミルマが自室に戻った後、クローゼは窓から夜空を見ながら一人小声で呟いた。


「この旅が終わっても、ね……」


 この旅の終わり、それはクローゼにとってミルマの復讐が無事終わるということ。


(見守り続ける、嘘じゃない、それがミルマの傍じゃなくても……)


 心の中でそう思い、クローゼはそっと目を閉じた。

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