第十九話 憂さ晴らし


フィルメルス城、会議室。


時刻は昼過ぎ、五人は再び昨日と同じ会議室へと集まっていた。

午前中にはフィルメルス、クローゼ、アリュール立ち合いの元、仮面の一体が解剖された。


「解剖の結果、あれは空っぽでしたわ」


解剖に立ち会っていないミルマとアンテが不思議そうな顔をしている。

それを見たアリュールが説明する。


「あの仮面は姿こそ人間ですが、人としてあるべきものが何もなかったのです」


ミルマがアリュールの方を向く。


「人としてあるものですか?」


「はい、例えば心臓とかですね。仮面の身体にはそういったものが一切存在しなかったのです」


「だから空っぽなのですわ」


「じゃあ中立国のみんなは、本当に人形に殺されたというわけです、か」


アンテが怒りと悲しみの混ざった複雑な表情をしている。


「許せない行為ですわ、そこで今から拷問室へと向かおうと思いますの」


クローゼがアンテに声を掛ける。


「あのお子様から全てを吐かせて後悔させてやりましょうね」


「はい、苦しめてやるです……」



フィルメルス城、拷問室。


鎖や縄で身動きが取れないよう拘束されているメストが五人が来たのを見て何やら叫んでいる。


「貴様等! 僕にこんなことをして、どうなるかわかってるんだろうな!」


ミルマが部屋に置いてある銃を取ろうとしたが、その前にアンテがそれを手に取りメストの肩に発砲する。


「あなたは聞かれたこと以外喋らないで下さい、です」


「うぐっ! 僕を撃っても無駄だ、すぐに再生する!」


撃たれた肩は血は出たが、すぐに修復する。

しかし、攻撃は通っている。

アリュールはそれを見て微笑む。


「まだ障壁のようなものは回復していないようですね、メスト」


メストは突然笑い出す。


「必要ないからね、僕は何も喋らない、情報が欲しいんだろ? 拷問?うっかり殺さないように注意するんだな」


一番後ろにいたクローゼが何やら考えている仕草をしている。

そしてクローゼはメストが目の前のアンテとアリュールに気を取られている間にフィルメルスに小声で話す。


「なんだか嫌な予感がするわ、私は空っぽの人形が置かれた地下室を見張ってる」


「あれが動き出すと?」


「確信はないけど、ね」


「わかりましたわ、何かあったら壁のボタンを押して下さいませ。すぐに駆けつけますわ」


「ええ、分かったわ」


クローゼは一人拷問室から出る。

廊下を歩いて仮面の人形が拘束されている地下室へと向かおうとする。

だが、ミルマに呼び止められる。


「クローゼ、私も行くよ」


「大丈夫よ、確信があるわけでもないし。あくまで見張りよ、見張り」


少し不満そうなミルマだが、それを了承する。


「本当に動きだしたらちゃんと呼んでね」


「助けてって叫ぶわね」


「もう、いっつもふざけるんだから」


ミルマが拷問室へと戻ったことを確認し、クローゼは再び歩き出す。


(さっきあのお子様から魔力を感じた、人形を動かしてここから脱出するつもりかしら)


フィルメルス城、地下室。



クローゼは仮面の人形が拘束されている地下室の扉を慎重に開ける。

そして拘束された人形の数を数える。

午前に見た数と一致したのを確認し、部屋へと入る。

数を数えた理由は部屋へと足を踏み入れた瞬間の奇襲を避ける為だ。


「ちゃんと居るわね、さて……」


クローゼは扉を閉める。


「寝たふりはやめてもらおうかしら」


腰に掛けた二本の短剣を二体の人形に向けて投げる。

二体の人形は頭に短剣が突き刺さり倒れ、黒い霧のように消えていった。


「やっぱり、魔力が一番強い場所、人間でいう脳を叩かないと死なないわけね」


それに気付き残りの人形が拘束を破り動き出す。


「今度はちゃんと殺してあげるわ」


二十体程の人形がクローゼに襲い掛かる。

地下室はそれほど広くはない。

村の襲撃時とは違い、命令が目の前の敵を倒すようになっているのか動きが違う。

中立国でクローゼが戦った時の仮面のような動きをしている。


「無能なご主人様をもって哀れね」


しかし、部屋の大きさに対して数が多すぎたのである。

クローゼが大振りに剣を振ることで何体もの人形が一斉に弾き飛ばされる。

人形達はお互いがお互いの動きの邪魔をしており、思うように動けないでいる。

それを利用しクローゼはあえて部屋の真ん中に立っている。


一体の人形が襲い掛かると、クローゼはそれを躱しつつ足を掛け、人形の態勢を崩す。

そして襲い掛かってきた勢いを使って後方へ突き飛ばす。

突き飛ばされた人形は後ろに居た二体の人形を巻き込み壁にぶつかる。

クローゼは三体が絡み倒れているところに剣を二回、三回と素早く振り三体の頭部を真っ二つにしていく。


「いちいち頭を壊さなきゃいけないのが面倒ね」


その後も部屋と相手の人数を利用して、人形を壊し続ける。

そして残る仮面の人形は三体となった。


「さて、これで貴方達も動きやすくなったかしら?」


勿論返答はない。


(私が中立国で足止めを喰らってしまったせいでミルマに大怪我をさせてしまった)


「だから、少し憂さ晴らしに付き合ってもらうわよ」


クローゼから見て正面、一番距離の近い人形へと攻撃を仕掛ける。

すると残る二体の人形がクローゼの背後へと回り込む。

後方にいる人形の剣撃をギリギリまで引き付けてから態勢を低くして避ける。

当たるべき対象が急に避けたことにより、二体の人形の剣はお互いの剣にぶつかる。


その隙を逃さずクローゼはその場で回転しながら剣を振る。

最初に攻撃を仕掛けた正面の仮面は高い身体能力で壁を蹴り、その反動を活かし飛び退き回避したが、残る二体は足が落とされる。

地面に落ちていた短剣を拾い、その二体の脳の部分に突き刺す。


「残るは一体、動きの癖を見抜けば大したことないわね」


残りの一体は攻撃を避けた位置から一歩も動かない。

クローゼは何かを感じた。


「? 魔力が強くなった……?」


人形は今まで以上の速さでクローゼの前へと距離を詰める。

仮面人形が共通で持っている両刃の剣を振るう。

クローゼは急いで剣を構え、防御する。

だが反応が遅れた為、剣は簡単に弾き飛ばされる。


(あの時と同じ、ここで力を使ったら私はまた自分に負けることになる……!)


後ろは壁、短剣も手にない。

人形はクローゼに向けて剣を突き刺そうとする。

剣が突き刺さる寸前で止まる。


「案外上手くいくものね」


クローゼは人形の持つ剣を挟むように両手で押さえていた。

そのまま力を籠めて人形を剣ごと左へと振り回す。

人形を壁に打ち付け、クローゼはその隙に剣から手を放し後方へと飛び退く。

飛ばされた剣を拾い正面から対峙する。


「今回はクローゼとして勝たせてもらうわよ」


直後、クローゼは人形へと間合いを詰めた。



フィルメルス城、拷問室。


「なっ……! う、嘘だ……!」


再生の力により怪我こそないが、メストの足下にはかなりの血が溜まっている。


「どうかしましたか?」


アリュールがメストに返事をする。


「何度痛めつけられても何も喋らず、時間を稼いでいた意味がなくなったのでは? おとなしく知っていることを喋るかここでこのまま死ぬかの二択になってしまいましたわね」


フィルメルスの言葉にメストの表情が怒りに変わる。


「てめぇ、ふざけるなよ! 俺が今すぐ殺してやる! 拘束を解け!」


上品に、しかし大きく笑うフィルメルス。


「わたくしを殺せる自信があるのなら拘束くらい自分で解いてみてはいかが?」


廊下から足音がした。

その人物は拷問室の扉を開け、一言。


「あそこに居た人形は全部偽物、国王は居ないわ」


中々戻らないことに心配していたミルマがクローゼに飛びつく。


「クローゼ!良かった、遅いよ! それに、黙って一人で戦うなんて!」


「私も本当に動き出すとは……思ってたわね」


みんなが笑う、その場に居たただ一人を除いて。


「……くそが!」


それを聞いたアリュールは問う。


「その力と、魔族との関係について、答える気はありませんか?」


「誰がお前らに教えたりするものか!」


「もういいですわ、なら勝手にここで死ぬといいですの」


メストを一人残し、皆が退出する。


「聞き出すまで痛めつけなくて良かったんです、か?」


廊下を歩きながらアンテが尋ねる。

それに答えたのはフィルメルス。


「あの様子だと、死んでも答えないですわよ。もっと恐ろしい何かに口止めされているか、あるいは……。まだ希望を持っている、というところですわね」




その頃、とある村では


「人間の少年はもういいのですか?」


「もう十分だ、精鋭は減り、国王はこちらの手……マルスプミラは時間の問題だな。アクティニディアを落とせば、俺の、魔族の時代の始まりだ」


「では、アクティニディアを包囲するよう手配します」


「いや、包囲する必要はない」


「と、いいますと?」


「あの国は逃げ出すことはないだろう。正面から立ち向かってくるはずだ」


「なるほど、それならこちらも正面から力でぶつかる形でよろしいですか?」


「ああ、今回はあれの使用を許可する」


「ほう、あれを使ってよいのですね。それでは、準備に取り掛かります」


(俺はこの世界を手に入れることで俺の復讐を果たすさ)

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