第4話 鈍色の刃

二時間ほど後、紅は中庭にいた。


重さも大きさも明らかに大きすぎる模造刀を、少しふらつきながら振り回す。


布を巻いただけのグリップをきつく握りこみ、全身を使って振りぬくと、一振りごとに頭の中がクリアになっていく気がした。


(…99、100!)


100回目の素振りの後に、模造刀を放り出すと、満身創痍といった体でそのまま赤土の地面へ倒れこむ。


荒い息を繰り返しながら、大の字になり空を見上げると、空が夕日に染まっていた。


「帰りたい」と、思った。本当に唐突に。


そして、そんなことを考えた自分を自嘲した。一体どこに帰るというのだろう。


わざわざ看守長室に呼び出したくせに、緑はあのやりとりの後、「就寝時間に来い」とだけ言うと紅を下がらせた。


その言葉の意味を理解できないほど紅は馬鹿ではないし、兄に任された役を途中で投げ出し逃げるほど無責任でもない。


(片づけたら、行くか…)


刻一刻と迫るその時に、緊張はしていなかった。むしろ諦めに近い感情だった。


貧困層に生まれ、16年も生きていれば、こんな惨めな思いをすることなんて何度だってあった。今まで貞操を守れていただけでも奇跡だったのだ。


紅はゆっくり立ち上がると、模造刀を拾い、普段よりさらに能面のような表情で備品室へ向かった。

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