You could be happy
『天国』に到着すると、貨物列車は息絶えてしまったかのように、静かに動きを止めた。
何時間コンテナの中で過ごしていたのかは分からない。
用意されたパンやチーズ、冷たいスープを3、4回食べた事は覚えている。
もしかすると、僕がコンテナへ乗り込んでから丸1日以上が過ぎているのかも知れなかった。
今思えば、10歳の少年が独りで過ごすには、余りにも寂しすぎる時間だった。
数冊の本では潰せないこの時間を、僕は殆ど眠る事に費やしていた。
列車が動きを止めてからコンテナの鍵が開かれるまで、僕は緊張したまま、それが命綱であるかのようにトランクを抱えていた。
「ジュリアンだね?」
ゆっくりと開かれた扉から、陽射しと共にコンテナへ入り込んで来たのは、想像していた如何にも厳粛そうな大人でなく、自分より幾らか歳上と思われる少年だった。
その後ろには、同じ年ごろの少年が外した錠前を片手にこちらを覗き込んでいる。
緊張していた僕は少しホッとして、首を縦に振った。
「ようこそ、リュミエール・ス・レ・ソルへ。疲れたでしょう。先ずは部屋へ案内しよう。」
にこりと微笑むこの少年は、少女と見まごうばかりの可憐さだった。
影が落ちるほどに長い睫毛と、後ろで束ねた薄いブラウンの髪が、少女らしさを助長している。
警戒している僕の側につかつかと歩み寄り、手を差し出した。
「僕はギャレット、後ろにいるのがダニエル。荷物を貸して、僕が運ぼう。」
「ダニエルだ、ジュリアン。」
ギャレットは僕のトランクをサッと受け取ると、ダニエルに目配せをして頷いた。
ダニエルはジュリアンと対照的に、がっちりとした背の高い少年だった。
雰囲気はジュリアンより歳上のようにも思えたが、どうも同い歳らしい事が、二人の雰囲気からは見て取れた。
「遠くからだったんだな、大分時間がかかったろ。」
コンテナから降りて、駅のホームに降り立つなりダニエルは言う。
「わからない、眠ってしまっていたから。」
まだ強ばったままの喉が、声をか細くさせていた。
僕は緊張したまま、自分より背の高い2人をちらと見上げた。
僕の消え入りそうな声を聞いた二人は目を合わせ、そらから僕を見て、また二人で目を合わせて小さく笑う。
「緊張しなくていいよ、僕らはもう兄弟なんだから。」
僕は今でもこの時のギャレットとダニエルをよく覚えている。
優しいギャレットと、兄のようなダニエル。
彼らと初めて出会った、宝石のようなこの瞬間を。
「深呼吸して、あれをご覧。」
ダニエルはすっかり沈黙している貨物列車の後方へ僕を呼び、コンテナの裏に隠れていたものを指差した。
それはまるで、森に隠されているかのようにそびえ立つ、石造りの大きな城だった。
森ごと城壁に囲まれたその城は、石の白い肌が童話のように美しく、対照的に真っ黒な円錐屋根が強い存在感を放っていた。
敷地の中には小さな教会らしきものも見て取れ、城の手前には、色とりどりの花園が光に照らされて、現実離れした景色を微かに見せている
わぁ、と小さく歓声を上げる僕に、ダニエルは言う。
「ここが今日から君の暮らす天国だ。」
「さぁ、緊張は取れたね。寮へ行こう。」
ギャレットは線路を跨ぐようにかかるレンガの橋を渡り、ダニエルと僕もそれに続いた。
駅を越えてようやく城門を潜ると、僕らの真後ろで城門は閉じられた。
顔を大きな布で隠した二人の門番は、どうやら大人であるらしい。
僕はこの時、二人の門番をさして気にもとめなかった。
先程見えていた花園は、近づいてみれば香りの強いものが多いからか、まるで別世界のように雰囲気が変わる。
実に様々な種類の草花で溢れかえっていた。
僕は想像し得なかった『天国』の美しい姿に、母の姿を思い出した。
『天国』へ行った子は、2度と親に会うことが出来ない。
その噂が未だに僕の気持ちを外の世界に繋いでいる。
手紙くらいは許されるのなら、この美しい光景を母に伝えたいと、そう思っていた。
そんな僕の腕を引っ張るようにして、ダニエルが僕を急かす。
「寮はこっちだ。」
「悪いね、実は君が最後に到着した1年生なんだ。ちょっと急ごう。」
ギャレットは背筋を伸ばしてつかつかと歩く。
これが彼の歩き方だと知る前の僕は、たいそう焦ったものだった。
そうして中庭を抜け、漸く城に足を踏み入れた頃には、母と引き離された悲しみや、見知らぬ場所への不安にまみれていた僕の心に、小さな希望が芽生え始めていた。
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