2-11:部隊長会議_2/4

 議論の場であったはずの大部屋はいまや廃墟のようにヒビ穴だらけと化していた。特に破損が著しい床には、そこかしこの血溜まり、死体。そして真っ二つに割られて横倒れになった長大な机。

 この部隊長会議に参集した14名のうち、隊長5名、副隊長5名が死亡。

 生き残っているのは、いずれもひどく血濡れた4名だけとなっていた。


「はあ、はあ……! なんで、なんでこんなことに……!」


 頭を抱えて絶望に震えているのは、帝都警備部隊の副部隊長アルメアだった。彼女はつい先刻まで生気に溢れていた隊長達の無残な死体を呆然と眺め、くやし涙を浮かべて叫んでいる。

 とんでもないことであった。大陸最強と名高い帝国の戦力を担う7つの部隊。その頂点ともいえる隊長格達が、帝国に所属する一隊員によって、ものの十数分で命を失ってしまったのだ。

 その一大事件を引き起こした張本人は、呆れたように頭を掻く。


「あーはいはい、分かったから黙ってろよ。僕はうちの隊長様に聞くので忙しいんだ」


 このような状況においても落ち着いた様子のユファは、指先に灯した黒く輝く閃光をいまだ余裕の笑みを浮かべているラック隊長に向ける。くすんだ赤い瞳が、二度目はないとばかりにモノ申している。


「もう一度聞くぞ。ヴェニタスはどこだ」

「……っ! お前! 私を無視するなあっ!」


 余りにも自分の存在が無下にあしらわれたことで、アルメアはついに堪忍袋の緒が切れた。彼女は筋肉質な両手で近場に転がっていた椅子を鷲掴みにし、すまし顔の憎き女の方へと勢いよく放り投げた。

 それは真っすぐに扉の方へと飛んでいく。

 ユファはひらりと長い紫髪をなびかせ、それをいとも簡単に回避。馬鹿にしたように笑う。

 だがそれは、副隊長アルメアの想定通りであった。ユファが視線を離した隙に、その強靭な跳躍力でもって一瞬で怨敵の至近距離まで跳び近づいていた。

 銀の長髪を逆立たせ、大上段に長剣を振り上げる。


「死ねえええええええええ!」


 気合十分に縦一閃で斬りつけた――。

 が、重厚な剣の軌道上からは、既に彼女は消えていた。


「……なっ!?」

「ふん、おっそい剣だ。そんなのでよく生きてこれたな」


 忽然と消えた紫髪女を探し、声を聞いて視線を上げれば、自らが振るった剣の先に、ユファが悠々と立っている。

 細められた無機質な紅い瞳が、アルメアを冷たく見下していた。

 彼女が驚愕に目を見開いている内、死を宣告する指先が向けられる。


「消えろ」


 その一言を皮切りに、アルメアの立っていた場所を黒い光球が覆いつくす。

 やがてその闇は縮んで消え失せたとき、そこには既に、彼女は立っていなかった。


「お? ……ちっ……またお前かこの、くそじじい。鬱陶しい術だ」


 死の魔術師は彼女を仕留めそこなったのに気づくと、舌打ちをして正面の老人を睨みつける。

 珍しいことに、ユファは警戒していた。その苛立ちを隠す様子もなく、口元を歪めて歯ぎしりする。

 彼女は此度の争いで何度も死の魔術で彼を殺そうとしていたが、どれもギリギリのところで上手くいなされてしまっていたからだ。

 それもそのはず、邪魔をしてきたのは、帝国最強かつ最長寿命を誇る隊長。彼が管轄しているのは、世界中に帝国の恐怖を知らしめた“憤怒”の名を冠する部隊。帝国をここまでの大国に育て上げてきた立役者である。


「ほっほ、口が悪い。しっかりと敬意を示して欲しいのう。儂のことはローム隊長とお呼びなさい」


 白髪白ひげ、しかしその背は曲がらず高くそびえて威厳を感じさせる。

 隊長格のほとんどが呆気なくユファに命を奪われたというのに対し、彼はまだ余裕があるとばかりに、体を揺らして大きく笑う。

 そのガラ声に、しばらく何がおきたか分からずに呆然としていたアメリアは、ハッと目を覚ます。


「な、なにが……あっ」


 彼女は自分の腰へぐるぐるに巻きつけられたツタに気付いて何かを察したようだ。


「樹木の魔術……ということは、ローム隊長、貴方が助けてくれたんですね!」

「うむ、怪我はないようじゃの」


 アルメアの隣で、ぱちりとウインクをするのは、帝国でもっとも戦闘経験の豊富な高齢の隊長であった。自分の腰に巻き付けられているツタは、彼女の隣で佇む老人の手から伸びていた。

 アルメアはどうやら、死の魔術が当たるぎりぎりのところで彼のもとに引きずり戻されていたようだった。


「ふーむ……正直、もうこんな化け物の相手をしたくないのう……儂はこの国の最長寿命記録を更新し続けたいのじゃ」


 ローム隊長はため息をつき、自分が手元から放出したツタを見やる。

 ユファの放った黒い光球にかすった部分が、色を失ってぼろぼろと崩れていく。


「“黒い光に触れたところが死ぬ”とは、やはり控えめに見てもタガが外れとる術じゃわい。加えてその身体能力……恐れいった。ちまたで“北方の死神”などと呼ばれていただけのことはある」

「ローム隊長! 離してください! 私はあいつを殺さないといけない! あいつが私の部隊の隊長を殺した! ベイル隊長を殺したんだ! 仇を討たないと!」


 アルメアは憤怒の表情を浮かべながら、がんじがらめにされつつも必死に抜け出そうとしていた。ところが動けば動くほど樹木は絡みつき、彼女の自由を奪っていく。


「馬鹿を言うでない。いま冷静に思考もできておらぬ者を、帝国が誇る隊長5人を無傷で倒したような人外と戦わせるわけにはいかぬ。無駄死にじゃ」


 彼女へさらに樹木を巻き付け、まるでミノムシのような姿にしてしまうと、その老体に見合わない力でひょいと背負いあげた。


「ラック! ひとまず撤退して殿下の安全確保に向かうぞ! このような化け物の手綱を握ろうとしたのが間違いだったのじゃ」

「ふっ、どうやらそれがいいみたいですね。しかしまさか、こんなことになるとは」


 ラック隊長はすっくと立ち上がった。この場で繰り広げられた死闘では、ユファに唯一命を狙われていないため、体力も十分に残したまま悠々としている。


「待てよ」


 ユファは素早く走り、壁を駆けのぼった。

 壁を蹴り、素早く跳躍してシャンデリアに乗った。

 反動で振り子のように大きく揺れ動き、見るも無残な部屋が暗転、明転を繰り返す。

 立ち上がり、彼女が何か呪文のようなことを呟くと、掌から黒い閃光が鞭のような形状を成しながら伸びていく。


「あいつの場所が分かるまで、この僕が逃がすわけないだろ」

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