2-12:部隊長会議_3/4

「むう……あやつ、また妙な術を使い始めおったぞ! ラック、急いで扉に向かって走るのじゃ!」


 ローム隊長は声を上げると、アルメアを肩に担いで一目散に扉へ向かって走りだした。

 それと同時、頭上のシャンデリアに乗る死神女は彼を一瞥すると、真っ黒に光り輝く鞭をきわめて滑らかな所作で振るった。しなる光線が不規則に踊り、腹を空かせた黒蛇のようにローム隊長とアルメアを狙う。


「ほっ!」


 ロームは長い白髭を揺らしながら軽く体を捻らせてジャンプし、その老体からは想像できないほど身軽に攻撃を回避してのけた。しかし避け切ったはずの鞭は空中で奇抜な動きをしながら捻じれ曲がり、再び彼の頭を狙って戻り返っていく。


「なんの!」


 その軌道も、彼は素早く樹木を床に飛ばして絡みつけ、自分の体を引き寄せ回避する。そのまま宙をくるり周り着地する。走りながら、繰り返し襲い来る鞭の動きを目の端で確実に捉えている。


「ほほほ、何を考えたのか知らぬが、扉の前からどいてしまうのは失敗じゃったな、北方の死神よ! 扉まであともう少しじゃ!」

「は、ははは、流石ローム隊長ですね! 北方の死神なんて、大したことありません! このまま部屋を出ましょう!」


 安堵の表情をしたローム隊長とアルメアは、この調子でなんなく扉まで到達できるかと思われた。

 しかし、死神は口元に手を当て、まるで笑うことを我慢している様子だ。


「バーカ」

「ぬおっ!?」


 不審に思いながらもそのまま扉に向かおうとすると、白髭爺のロームは何者かに足を掴まれてつんのめる。彼が驚いて足元を見れば、そこにはよく知る男の姿があった。


「なん……じゃとっ!? ベイル隊長、死んだはずでは!? いや、まさかこれは……死体が動かされているのか!」

「はははっ! ご名答! かかったかかった!」


 いまだその姿形が生前のままに、いちどユファに殺されているはずのベイル隊長がロームの足首を掴んでいた。その目は虚ろで、理性を感じさせない。それでなお、帝国1を誇っていた彼の筋力は失われていないようであった。


『ぐぎぎぎぎぎぎ』

「ぬ、ぬわああああああああっ!」


 喉が裂けるような声を絞りだしながら、ベイルゾンビは凄まじい力でロームの足を握る。みしみしと彼の足首が悲鳴を上げ、赤黒く染まっていく。


「おやおや、困ったね。ユファくん、君はこんなことまでできたのか。君の部隊の隊長である私にも伝えてくれていなかったのは、ちょっと悲しいなあ」


 ラックの方も同様に、他の死体に足を掴まれていた。他二人に比べて自分は命を狙われていないので不安が無いのか、このような状況下でも楽しそうに笑っている。


「し、死体を操れるなどと、こんな情報は聞いておらぬぞ!? くっ!」

「あ、やめてくださいローム隊長! 私のベイル隊長の体を傷つけないでください!」

「こ、これ! アルメア、暴れるでない!」


 ロームは腰から剣を抜き、自分の足首を掴むゾンビベイルの腕を落とそうとするが、肩に担いだアルメアが激しく動いて足元の対処がままならない。


「ふふん、まだしょせん人形遊びの域だけど、使えないこともないみたいだな」


 その間に、シャンデリアからユファが降り立った。くすくすと笑いながら、慌てふためく2人の方へと歩き近づいていく。指揮者のように指を振り、ゾンビを操っているようだ。


「いいだろ? 伝説の魔天みたいに死体を生き返らすことまではできなかったけれど、だけどそんな僕でも“中途半端に”殺せば、ある程度操れることが分かった。こんな感じにね。『死体ども、立て』」


 手で煽ると、床に倒れていた死体達が続々とゆらり立ち上がっていく。いずれも目に生気が灯っておらず、口元から透明な唾液を垂らしては唸り声を上げていた。


「ほうら、イイ感じに脳みそを壊せば、なんでも僕のいうことを聞いてくれるんだ。『死体ども、その二人を押さえておけ』」


 彼女が手を振ると、ゾンビたちはガクガクと体を揺すりながらローム隊長達の方へと進み始める。


「ぬおおおぉお!? ま、まずい! このままでは……!」

「う、嘘よ! こんなことって……ああ!」


 尋常でない力で体中に掴みかかられながら、彼は必死にその場から逃れようとする。肩に乗せていたアメリアの体も引きずり降ろされ、ゾンビ達に埋もれていく。


「さあ、ラック隊長以外の関係ない奴らはここで退場だ。死ね」


 威嚇するように黒い光の鞭で床を叩くと、ローム達に向けてふたたび死の鞭を振るおうとした時、彼女は気づく。


「あ……?」


 先程まで使っていた魔術の鞭が、出せなくなっていた。


「鞭が……消えた? どうなってんだこれ?」


 ユファは鞭ではなく、黒い光の玉も出してみようとするが、発生しない。彼女は不思議そうに自分の掌をみやる。魔術そのものが使えなくなっている。


「な、なんじゃ? 死体達が……」


 周囲を見ればゾンビ達も急に糸が切れたように、ずるりと床に落ち伏せていく。ローム隊長は急に解放され、足首の痛みに膝をつく。アルメアをぐるぐる巻きにしていた樹木も、枯れて崩れていく。


「この現象は……まさか……」


 誰もが困惑するなか、ラック隊長が急いで扉の方を見て、ついに笑みを崩す。

 その直後だろうか、室内におぞましい声が響いた。


【やめよ】


 地獄の底から響いてきたかのような、幾重にも重なった不快なあぶく声。一室がひどく冷えこみ、沈黙が満たされる。ラック隊長はみょうに冷や汗を垂らしながら、その口角をひくつかせる。


「レイス帝……いらしていたのですか」


 開けた扉の向こうには、魔物よりもひどく醜悪な帝王が立っていた。

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