2-10:部隊長会議_1/4

 その頃、ヴェニタスの部屋の扉は蹴り飛ばされていた。大きな鉄の板切れが室内に転がり、ばたんと大きく音を鳴らして部屋のど真ん中に倒れた。

 続いて一人の女がそわそわと落ち着かない様子で部屋に駆け入っていく。彼女はベッドの下、洋服箪笥の中を覗き込んでは、“ああ、うそだ。こんなことって……”と口にする。


「ここにもいない……いないいないいないいないいないっ! ヴェニタス! どこだ! どこにいる!」


 どうもおかしい、二日前から一度も彼を見ていない。部屋の前で朝まで張っていても、彼は帰ってこなかった。廊下を歩く他の部隊員たちに彼の行き先を聞いてもみたが、“分からない”と答えが返ってくるばかり。

 ユファの頭の中で不安が渦巻いていた。ヴェニタスは今、何か厄介ごとに巻き込まれているのではないだろうか。そう思うと、彼女はぞっとした。帝王への忠誠心が無駄に強い彼のことだ、きっと上から無茶な頼みごとでもされたのを安請け合いしたに違いない。だとしたら、そうそうに奴らから聞き出さないといけない。そう結論づけた。


 ――図らずともこの日は、部隊長会議の日であった。


 彼女は紫色の長髪を振り乱し、城内の真っ黒な廊下を大股開きで歩いていく。勢いを落とさぬまま、作戦会議室の大扉を一気に押し開けた。


「最近、城周辺でスライムの目撃証言がやけに多いようです。この異常発生が続くようであれば、いずれかの部隊で対応せねばならないでしょう――あ、議長。ユファ副隊長殿が”ようやく”来られたみたいですよ」


 彼女が入った時は、ちょうど議論の真っ最中であったようで、角刈りのインテリっぽい副隊長が淡々と意見を述べているところであった。

 傍にある真っ黒なテーブルクロスがかけられた机は、部屋の奥へと長く伸びており、それを挟むように豪奢な軍服を着こんだ全部隊の隊長と、同部隊の副隊長が姿勢よく座っていた。

 そしてその長机の最奥端、最も地位の高い者が座るであろう位置は、ワイングラスがただ一脚置かれているだけの空席だった。

 彼女が室内の様子を伺っていると、参加者の一名が爆発するような怒号を上げた。


「遅い! ユファ・クロリネル副隊長! 会議は既に半刻も前に始まっているんだぞ! 副隊長としての自覚が足りておらん!」


 ユファを睨みつける大柄な男、帝都警備部隊のベイル隊長が、腕を組みながら憤然としていた。今回の議長は彼のようであった。ユファ以外は隊長、副隊長ともに全員既に出席しているらしく、ベイル隊長は自らの太い首の動きで彼女が座るべき席を何度も指し示している。

 最奥の席を除いて、残る場所は、その一つだけだった。


「ふっ……ちっちっ、遅刻はいけないよユファくん。私はちゃんと今日の朝から部隊長会議があると伝えておいたはずだよ」


 空席の隣には、にこにこと機嫌よさげに笑みを浮かべているラック隊長が座っていた。ユファは彼の目を見据えると、扉の前で立ち止まったまま言葉を投げかけた。


「おいクソ王子、僕はあんたに聞きたいことがある」

「なっ……!」


 その時、ベイル隊長が勢いよく立ち上がった。目をガンと開けながら、彼女に向けて指をさす。大声で部屋中が揺れる。


「おい貴様! 会議に遅刻してきたうえ、所属部隊の隊長に向かってその態度はなにごとだ! 無礼にも程がある!」

「ヴェニタスは今どこにいる? 城内のどこを探してもいないんだよ。僕がこの間あんたの部屋から出て行ったあと、あいつに何か依頼でもしたんじゃないのか?」


 唾をまき散らすゴリラのような大男には目もくれず、彼女は淡々とラック隊長に問いかける。答える彼は笑みを絶やさない。


「ふーむ、どうだったか……町で今日は食い歩きでもしているんじゃないかい?」

「しらばっくれるな。あいつは最近、行く先々で狙われすぎなんだ。僕が傍にいてやらないと、命が危ないんだよ!」

「ははは、心配しすぎだよ君は。優秀な彼のことだ。しばらくすれば平気な顔で帰ってくるさ。我々は彼を信じて一緒に待とうじゃないか」

「お前にとって信じるってのは、大切な奴が危ない時に何もしないことを言うのか?」


 冷たく刺すような言葉に、会議室は静まり返る。

 見ればユファは怒りで拳を握り、わなわなと震えていた。ラック隊長が明らかに何かヴェニタスに関わることを隠している上、その誤魔化し方も彼女にとっていちいちウザイことこの上なかったからだ。

 それを気にする様子もなく、更にラック隊長は彼女に油を注ぐような言葉を爽やかに告げる。


「なあに、心配ないさ。彼にはパロンくんがついている。きっと二人でなんとかするさ」

「は? な……まて……待てよお前、もしかして……」


 ユファは動きを止めた。

 愕然とし、口を開いたまま、続く声をうまく出せずにいる。


「あのポンコツ狐女が? 僕以外の女がヴェニタスといま二人っきりなのか……?」


 紅い瞳から、徐々に光が失われていく。拳を強く握りすぎて爪が掌に刺さったのか、赤い血が滲み出ては床に滴り落ちる。


「そうなるね。……っと、おやおや、物騒なことを考えちゃいけないよ、ユファくん。それはいけない」


 ラック隊長は立ち上がり、少し後ずさった。


「ヴェニタスはどこにいる」


 憎しみを混ぜ込ませたように重い声音。

 それを聞いて、ラック以外の部隊長、副隊長だれもが席を立った。どう見たって彼女の様子は、尋常ではない。

 ユファは指先に黒い光を灯していた。

 会議室内がざわめき始める。


「待て、やめろ! 決闘でも始めるつもりか! ここは議論の場だぞ!」


 議長を担当している隊長ベイルは場をなんとか収めるため、どかどかとユファの立つ扉の方へと近づいていく。

 そして、もはやその紅目の焦点をどこに合わせているのか分からない彼女の肩に、手を置いた。


「早く席につけ! たかが一般兵の行き先などで、下らない諍いをしよって! それでもお前は帝国の副隊――」

「下らないのはお前らだ」


 彼女の呟きと共に、黒い閃光がベイルの胸元で輝いた。

 そのままその場に崩れ落ちた死体を踏みつけ、ユファは唸るように声を上げた。


「上等だよ……あいつの場所を言えないってんなら、無理矢理にでも聞き出してやるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る