第11話 千葉穂高

陸上自衛隊 習志野第1空挺団。

その任務は、外国からの侵略への対処、災害派遣活動、国際平和協力活動等である。


普通、自衛隊は各方面隊ごとに防衛範囲が決まっている。それに対して、習志野第1空挺団の防衛範囲は日本全国である。

ヘリや輸送機からパラシュート降下するという高い機動性で、ピンポイントに素早く対処する事が任務である。

有事においてのその戦術は、隠密行動を主体とし敵の警戒が手薄な後方や側方から攻撃を仕掛けると言う正に奇襲部隊である。


パラシュート降下訓練は、昼夜を問わず毎日の様に実施されている。高さ約340メートル、時速210キロで飛行するヘリから行われる降下訓練は「東京タワーの高さを走る新幹線から飛び降りるようなもの」と言われている。


主要装備は、73式小型トラック、73式中型トラック、73式大型トラック、高機動車軽装甲機動車、89式5.56mm小銃、対人狙撃銃、9mm機関けん銃、5.56mm機関銃MINIMI、01式軽対戦車誘導弾、81mm迫撃砲 、L16中距離多目的誘導弾、v8暗視眼鏡等。


ここは、陸自の精鋭が集まる自衛隊最強部隊である。



昨年の10月まで千葉は、ここで中隊長として指揮を執っていた。

千葉が、厳しい訓練を指揮する上において心がけていた事がある。

それは「明るく穏やかな表情で 積極的に部下に話しかける事で 緊張の緩和に務める」と言う事であった。

精神的、肉体的にも厳しい状況下において、「緊張の緩和こそがミスを無くし スムーズな作戦行動を可能とする」と言うのが、千葉の持論であった。

その効果か、極限状態での訓練中においても時折見せる千葉の笑顔が隊員の士気を高めていた。

また、千葉は積極的に部下の悩みを聞き、親身にになってその解決方法を考えるなど、中隊長と言う立場でありながら自ら部下のカウンセリングも行った。その姿に隊員達は、千葉を「兄貴」と親っていた。

それは、母子家庭の一人っ子で育った千葉にとって兄弟が出来たと言う喜びであったと同時に、「兄貴」と呼ばれる事に至上の喜びを感じるものであった。しかし、いざ有事となれば指揮官として部下に非情な命令を下さなければならない事から、千葉は部下のプライベートな事には一線を引いていた。

一方、千葉は定期的に勉強会を開いていた。勉強会は、自由参加ではあったが毎回、多くの隊員が参加していた。

その内容は、主に昇任試験対策、国内外の情勢のレクチャーであったが、指揮官と部下との意志疎通も目的の一つでもあった。その中で千葉は、敢えて積極的に政治的な内容もレクチャーし討論した。服務の宣誓において「政治的活動に関与せず」と言う文言がある。しかし、千葉の考えは自衛官であっても人間であり社会人である以上、物事の本質を追究する事に何の遠慮があろうかと言うものだった。自衛官である前に、政治的にも良識を持った日本国民でなければならないと考えていたのだ。それ故に、自衛隊内ではタブーとされている政府、防衛省への批判も討論するようにしていた。しかし、それに対し嫌悪感を持つ隊員は皆無であった。それは、一重に千葉の人望から来るものであった。

街では「平和安全法制=戦争法」として「戦争反対!」のシュプレヒコールと共にデモ行進が行はれ、国連平和維持活動(PKO)に参加する自衛隊に「駆け付け警護」の新任務を付与された事で、隊員が戦闘に巻き込まれる危険性があるのではないかと国会で激論がかわされていた流れの中、勉強会でもこの議論が交わされていた。

「決して我々は戦争を望んではいない それは 生死を賭けて最前線に立つからこそ言える事だ しかし 我々は危険は承知の上であり それを恐れる事はない 事に臨んでは危険を顧みず職務を遂行するのは自衛官の本務である また 命令に服従するのも自衛官である その任務を課すのは文民であるところの政府である その政府は我々の命を預けるにたりうる信頼出来るものでなければならない」

これが、当時の一致した一同の意見であった。


爽やかな秋風が、庁舎前の日ノ丸をなびかせていた頃。

突然、千葉は大隊長室に呼び出された。

「陸幕ですか?」

思わず千葉が漏らした。

それは、人事異動の下達であった。

千葉にとって、自分の庭とも言える熟練した習志野第1空挺団から陸上幕僚監部への人事異動など、ありえない話であった。

「幕僚としての経験が無い俺がなぜ・・・・ 勉強会が原因か・・・ いや そんなはずはない・・・ 勉強会は大隊長も容認されていたはず・・・ 感付かれたか・・・」

一瞬、千葉の脳裏に「まさか」という言葉が不安とともに走った。

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同憂 815 towa @hio3377

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