第9話 遠のく命

約束破り


 よく考えてみれば、二人が同時に生き返るという条件だから、僕だけが死ぬというのはおかしい。神様が嘘をつくだろうか? じゃあミコが考えているのは、まったくの杞憂きゆうかもしれない。ミコが夢を見た数日後、そんなことを話した。


「そうかも。けど死んじゃダメだからね……」


 半信半疑のようで、その声には力がこもっていなかった。

 

 あれ? 僕はふと足元を止めた。ミコは僕のことを見て怪訝けげんそうな顔をした。

 僕が足を止めたのは、アスファルトの上に伸びる僕の影が、ミコのより短い気がするからだった。


「待ってミコ。僕の影、なんだか短くない?」

「え?」


 僕とミコは立っている場所を入れ替えてみた。日の射し方で影の長さが変わっているだけかもしれない。だけど結果は同じで、僕の影だけ短くなるようだ。


「前後逆にしよ」


 ミコの指示通り動いても、やっぱり僕の影だけ短くなる。


「僕、ドラキュラになるのかな?」

「そんなわけあるかい!」


 手の平で「ペ」という小気味の良い音を立て胸を叩かれた。


「けどこれって、功治くんが危ないってこと? でも私だけなんで変わらないの?」

「分からない。神様の言っていたことの信ぴょう性が疑わしくなるね」


 ミコは俯いた。ミコの目元から涙がぽたぽたと落ち、アスファルトの上に染み込んでいく。


「どこにいるんだよ、神様!! なんで功治くんの命を奪おうとするの!?」


 ミコは泣きながら天に向かって大声で叫んだ。小柄な女子高生のどこからそんな大きな声が出るのだろうか?

 向かい側で歩いている人がおどろいて、僕たちを心配そうに見つめながら去っていく。

 神様への不信感とミコへの申し訳なさからなのか、僕は無意識に拳をギュッと握っていた。


「ミコ」


 僕は落ち着いた口調でミコに声をかけた。ミコはこちらに視線を合わせる。


「神様は約束を守るかは分からない。けど僕たちから約束は破らない。それに、星を見に行くんだろ」

「うん」


 僕は気づいたらミコを抱擁ほうようしていた。こんなことして大丈夫だろうかと一瞬思ったけど、すれ違う同じ学校の生徒のことなど気にしていられなかった。それよりも、今にも折れそうな彼女の気持ちをどうにかしなくちゃという気持ちでいっぱいだった。


「ありがとう」


 ミコは僕の腕で抱かれながらそっと呟いた。


琴音の姉


「最後の一日って何をする?」

「うーん、最後の日は功治くんにキスをするな」

「え?」

「冗談だよ。ふふふ」


 目元が笑って口元を押さえながら笑っている。以前ならお腹に手を抱えてゲラゲラ笑っていたのだけれど。だいぶキャラ変わったなあ。


「功治くんはどうなの?」

「えっと。ミコと……」


「マサに琴音ちゃん、いい感じじゃないか!」


 ギョッとして僕は後ろを振り向くと、さわやかな笑顔を振りまくメガネ男子は佐山だ。この世のどこに悪なんて存在するのか? という無邪気な笑顔だ。この笑顔で何人の女子生徒達が勘違いさせられてきたか。


「佐山、いつからそこにいたんだ」

「" 最後の一日って何をする? " ってところからだな。邪魔して悪かった。用があるんだ」


 最初からじゃないか。ミコを見ると彼女は、大きく目を見開き、頬が少し朱に染まっていた。

 けど、用って何だろう。


「用って何?」

「学校の職員室前に琴音ちゃんのお姉さんが来ているみたいなんだ」

「お姉ちゃんが?!」


 それがすごい美人なんだと佐山が言う横で、ミコは嬉々とした表情を浮かべていた。ミコのお姉ちゃんは、唯一の身寄りで、妹のために高校卒業後、ここから遠い街で働いているらしい。


 ミコと僕は職員室に向かった。職員室前には、凛とした表情の小柄な女性がいた。周囲には静けさが漂っている。髪はお団子状にまとめられていて、折れやヨレを許さないダークスーツに身を包んでいる。


 再開を果たした姉妹はお互いに微笑みあった。


「琴音ちゃん、ひさしぶり! あれ、隣の子は?」


 芯のあるはっきりとした口調に、しっかりとした社会生活を彷彿させる。


「ひさしぶり、お姉ちゃん。隣の子は私の親友、功治くんだよ」


  ミコは年相応の無邪気さと、大人びた口調が混じり合ったような言い方をした。いつもはフランクにしゃべり、時々やさしげな口調でしゃべるから、中間は聞いたことがなかった。お姉さんにしか見せない喋り方なんだろう。

 僕はミコのお姉さんに軽く会釈した。


「功治くん……。妹がお世話になっております」


 お姉さんは僕の事を神妙そうな顔をしてしばらく見つめた後、頭をペコリと下げてお辞儀をした。僕はさっきより深くお辞儀を返した。

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曼荼羅 企画用短編集 一瀬裕希 @So-syoku_20

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