第6話 「」の最後には、原則として句点や読点は入れない。前編


④ 「」の最後には、原則として句点や読点は入れない。


 小休止を挟み、再び説明を続ける彼女。


「……これは……まぁ、間違いとは言えないんだけどぉ~」

「そうなのか? ……あぁ、『原則として』ってやつか?」

「正解~♪」


 さすがに彼も理解が深まってきたのだろう。

 彼女の意図に気づいて聞き返していた。彼の言葉に満面の笑みを浮かべて正解だと伝える彼女。

 表情を変えずに言葉を繋ぐのだった。


「昔の小説って、「」の最後に句点が入っていたんだよぉ」

「へぇー、そうなんだ?」

「まぁ、その名残なごりで今でも入れている人はいるんだけど……そんな理由で、句読点が入っていても必ずしも間違いではないんだよ」

「ほうほう……」


 彼女の言葉に素直にうなずく彼。

 つまり、「」の最後の句読点。そう記されることが多いが実際には句点なのだと思われる。

 要は「こんな書き方でも間違いじゃない。」と言うことである。

 作法を知らない彼であったが「」の最後に句点は入れていなかった。いや、入れることを知らなかっただけなのである。

 そして彼女も「入れても入れなくても問題ではない」と言っている。つまり、この項目については解決なのだと思われていた。


「なるほどな……って、それでも入れない方がいいってことなのか?」

「……うーん、まぁ、ねぇ~」


 そんな風に納得の声を発しながら、今回はあっさりと終了するのかと思っていた彼であったが、彼女の晴れない表情を眺めて言葉を繋いでいた。

 彼の言葉に苦笑いを浮かべながら答える彼女なのであった。


「あくまでも『原則として』なんだもん。入れない方がいいんだよぉ~」

「確かに、な……」

「それに……」

「……それに?」


 彼女の言葉に相槌あいづちを打つ彼。確かに『原則として』となっているのだから、基本は入れない方がいいのだろう。

 原則とは『特別な場合は別として、一般に適用される根本的な法則』のことを意味する。

 つまり特別な場合をのぞき、入れないのが根本的な法則と言えよう。

 だが、彼女としては他にも理由があるのだろうか、彼の言葉を笑顔で聞くと、すぐに言葉を繋げるのだった。


「……これは私だけの考えなんだけどぉ~」

「おう……」

「今の小説には入れるべきじゃないと思うの……」

「そうなのか?」


 彼女は「入れるべきじゃない」と自分の考えを彼に伝える。

 その言葉に相槌を打つ彼。


「たぶん、ね……昔と今ではスタイルが違っているんだと思うんだよぉ」

「スタイル?」

「うん……昔は文学とか物語。今は映像とかドラマってことかなぁ」

「……どう言うことだ?」


 まったく理解できていない彼に苦笑いを浮かべて言葉を繋ぐ彼女。


「ほらぁ、昔ってさ……小説って文字がすべてだったでしょ?」

「いや、今も同じだろ? ……ああ、ラノベには挿絵さしえが入るから違うってことか?」

「ううん、ある意味正解だけどぉ~、そう言うことじゃなくて……昔の小説は小説でしかない。その先に他の展開はなかったでしょ?」

「……ああ、そう言うことか」


 彼女の言葉に少しだけ理解を示していた彼。

 彼女の言いたかったことは。


 昔の小説――音声や映像の技術が未開な時代において、読者は書かれている文字を追うことだけがすべてだった。文字から想像をふくらまして自分の経験にもとづいて理解を示そうとしていた。

 だがしかし、音声や映像の技術――正しくは、娯楽ごらくの技術が発達してからは。

 文字以外にも音声や映像で得た知識を上乗せして、各自が想像を膨らませることができる。

 とは言え、この知識と言うのは小説の世界のみの知識と言うことではなく。

 TVや芝居しばいや漫画、その他の媒体ばいたいなどの自分の経験だけでは得られない。なおかつ小説以外の知識と言う意味である。

 つまり、小説だけで情景や感情をはかり知るのではなく、脳内に蓄積ちくせきされた知識で補足ができると言うこと。

 簡単に言ってしまえば、昔の小説で「ヨーロッパ王朝時代のような街並み」と言うように。

 異国の情景を、仮に小説内で鮮明に書き記したとしても、知識のない読者には脳内に映像として再生されないのだと思う。

 ところが今の時代、様々な媒体で映像の知識として蓄積できる。

 仮に蓄積されていなくても、ネットを駆使くしすれば簡単に映像を補完できるのである。


 そして、先の展開。

 今では小説も小説だけにとどまるとは限らなくなっている。

 特にライトノベルでは最初から挿絵のように映像を提示していることが多い。

 更に、ドラマCDやアニメ化と言う『メディアミックス』を視野しやに入れている傾向けいこうなのだろう。

 

 彼の言葉を受けて微笑みを浮かべながら彼女は言葉を紡ぐ。


「だからねぇ~? 昔の小説は言ってみれば物語……うん、『作者語り』だったのかなって思うんだよぉ」

「作者語り?」

「一人芝居とか一人しゃべりとか……うーん、落語とか紙芝居って言えば簡単かなぁ?」

「……なるほど」


 彼女の言う「作者語り」が理解できずに聞き返す彼に、落語や紙芝居と説明していた彼女。

 そう、落語とは噺家はなしかが落語を一人で喋るもの。紙芝居も紙に描かれた絵を用いた一人喋りである。

 つまり作中の登場人物を一人が演じているのである。


「それでねぇ~? 「」の項目の時に言ったと思うんだけど……元々は全部が地の文だって言ったよね?」

「あぁ、言っていたな」

「だから……昔の小説は本当の意味で『作者語りの小説』だったんだと思うんだよぉ」

「……ん?」

「ほら、小説って誰かにいている訳じゃない? 伝えたいメッセージを読者に伝えるのが目的だから……昔の小説って登場人物って言うよりは物語性を重視していたんだと思うの……だから、登場人物も同じ人が演じても映像もないんだし問題なかったんだよぉ~」

「それが『作者語り』なのか? それって……要は登場人物も全員作者が演じているってことなのか?」

「そうだよぉ~♪」


 なんとなくではあるのだが、理解を示した彼に満面の笑みを送る彼女であった。


 もちろん、これは彼女の持論じろんであり正解ではない。

 だが本来、物語とは作者語りなのかも知れない。

 作者の伝えたいメッセージを、伝わりやすいように物語性をもちいて説かれているのが小説ならば。

 そこで重要視されるのは話の本筋ほんすじだけなのだろう。

 そう言う意味で、登場人物と言うのは物語性に必要だから――正確には読者に伝わりやすくしているだけに過ぎないのかも知れない。


 昔の小説が作者語り。つまり落語や紙芝居のような一人喋りにつうずると口にした彼女。

 実際には正解ではないのかも知れないが、彼女には根拠こんきょがあるのだった。


「そもそも、私が小説の『全部が地の文』だって思っているのには……今の小説にも名残があるからなんだよぉ~」

「そうなのか?」


 微笑みを浮かべて説明を続ける彼女の言葉に、驚きの表情を浮かべる彼。

 

「うん……これは今も書籍で普通に使われているから間違いじゃないんだけどねぇ~。私は好きじゃないから使わないんだけどぉ……」


 そう言葉にすると彼女は視線をテーブルに移してメモ帳に何かを書き始める。



『作者語りが何なのかと疑問を抱いていた彼に、


「作者語りは落語や紙芝居みたいなものなんだよぉ~」


 そう、彼女は妻のような慈悲じひ深い微笑みで最愛の旦那さまに伝えるのだった。』

 


「……こんな感じかなぁ~」  

「……」

「ふぇぇぇ~ん。無視しないでよぉ~」

「……おっと、いや、無視しているつもりは……まぁ、文面的に否定できないけど、どこが名残かを考えていたんだよ……」


 書き終えた彼女はほほを染めながら女神様のような慈悲深い微笑みで彼に伝えていた。

 そんな彼女のアピールを無視するようにジッと文字を凝視ぎょうしする彼。

 完全にスルーされたことを抗議こうぎするように、涙まじりに苦言を申し出ていた彼女。

 そんな彼女の言葉に我に返った彼は、苦笑いを浮かべながら弁解べんかいしていたのだった。


「……ぐすっ……ここだよ、ここ!」

「……ん?」


 鼻をすすった彼女は乱暴にメモ帳を指でたたきながら言葉を紡ぐ。

 そんな彼女に苦笑いを送ってから視線を落として彼女の指し示す場所を眺める彼。

 彼女の指は『疑問を抱いていた彼に、』の『、』を示している。 

 つまり、地の文から会話文へと繋ぐ『、』のことである。


 そう、小説では地の文を句点で切ってから会話に移す方法と。

 今回のように、地の文から繋ぐ方法が存在する。


「……ああ、確かにラノベでも見かけるよな? って、これが名残なのか?」


 示された箇所で、確かにラノベで使われていることを思い出していた彼。


「そうだよぉ……だって、普通に考えても『作者の一人喋り』で全部が地の文だって証明しているようなものでしょ?」

「……いや、わからん」


 少し落ち着いたのか、ぶっきらぼうに言葉を紡ぐ彼女に素直に理解できないと伝える彼。

 どこら辺を普通に考えているのかさえ、彼女の真意を読み取れていない彼なのだった。

 そんな彼にあきれた表情を浮かべて彼女が言葉を紡ぐ。


「いや、だって……読点って文中の切れ目に打つ記号なんだよ? 文末に打つ訳ないじゃん」

「ん? まぁ、そうだけどさ?」

「地の文から会話文に移行するから、わかりやすく改行して読者に理解してもらう為に「」で区切っているんだけど……読点は文中に打つ記号なんだから、会話文まで繋がっていないと読点の意味がないじゃん?」

「……そう言うことか」


 彼女の説明で理解を示す彼なのであった。


 読点とは、彼女の言うように「文中の切れ目に打つ記号」である。

 あくまでも文章を読みやすくすることが目的で打たれるものであり、文末に打たれる記号は句点なのである。

 なお、読点は一拍いっぱく。句点は二拍にはく。文章を読む際、無音を入れるのは学校で習っていると思われる。

 

 そう、文中の切れ目である以上――いかに改行や「」をほどこしていようが前後の文章は繋がっている。それが読点と言うものなのだろう。

 だから地の文から読点を打ち、会話文へと流れている文章も実は一つの文章である。

 例にげた文章も実は。


『作者語りが何なのかと疑問を抱いていた彼に、「作者語りは落語や紙芝居みたいなものなんだよぉ~。」

 そう、彼女は妻のような慈悲深い微笑みで最愛の旦那さまに伝えるのだった。』


 こうなるのである。

 あえて読者に理解しやすいように地の文と会話文を切り離しているだけで、読点で区切るのであれば会話も繋ぎ、一つの地の文にするのが正解なのだろう。


 そう、だからこそ彼女は。

 本当なら地の文で成立するから作者の一人喋り。落語のように語りながら登場人物を演じている。

 そして、地の文なのだから改行する為にも文末に句点を用いることは間違いではないと考えているようだ。 

 では、なぜ今の小説では句点を入れるべきではないと思っているのか――。


「……てんっ!」

「――ッ!」

「すぅ~。……ふぁ~」

「……」


 先を期待する彼だったが、突然彼女は「てんっ!」と叫ぶ。

 その声に驚いた彼は近づき腕に絡まり、彼の腕に顔をうずめる彼女を呆然ぼうぜんと眺めていた。

 それまでは項目ごとに休憩を挟んでいた彼女。しかし、今回はまだ項目の途中のはず。

 そこまで考えていた彼なのだったが、「……ああ、なるほど」と心の中でつぶやくと苦笑いを浮かべながら彼女を見つめていた。


 そう、彼女は「てんっ!」と叫んでいた。本来は声にするものではないのだが、彼女は読点を打ったのだろう。

 つまり前後の項目は繋がっているが小休止を挟んだのだと思われる。

 事実、少しねた表情で言い放ち、顔を埋めていた彼女。

 さきほどの無視を根に持っているのかも知れない。

 そう考えた彼は何も言わずに彼女の気が晴れるのを待っていたのだった。

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