交錯する光
悪魔の瞳から迸る赤光に満たされたカトリックT教会の聖堂にて、ケントとシミズは静かに睨み合う。
シミズはケントのひん剥いた四白眼から放たれる殺気を受け流すように冷然とその姿を見下しながら、呟くように言った。
「親父、か……ふふっ」
そして俯き、自嘲気味に笑う。
「血が繋がっていない上に……遂に人の身すら捨てたお前に、今さら父親呼ばわりされるとはな」
ケントの目が少し冷め、赤光も淡く薄まる。そしてフン、と一つ鼻を鳴らし、淡々と語り始めた。
「ミツルのおっさんの頭を覗いた時知った……俺の姓は二度変わってる。今は
シミズとケントの視線が再度交錯する。ケントは片頬に笑いながら、シミズを指差して言った。
「
聖者を照らす陽光と悪魔の瞳が放つ赤光が混じり合う聖堂に、一瞬の静寂が流れる。同時にケントの目から放たれた光が、シミズの目を突き抜けて頭に届く。ケントの見た光景が、悉くシミズの頭に流れ込む。
「お前、ミツルを……」
突如脳裏に飛び込んだ残虐な光景に戦慄し顔を歪ませたシミズに対して、ケントは肩を震わせ
「後はお前だけだ……!」
ケントの目に再度鮮烈な赤光が迸り、シミズを拘束する……が。
「ぬんッ!」
シミズが大きく唸るとほぼ同時に、パァンッ、と、ケントがユミコを吹き飛ばした時に似た炸裂音が鳴り響く。
ケントは少し驚いた。シミズはケントの拘束を解き、荒い呼吸を整えながら
「やめておけ……」
「へぇ」
依然としてケントは余裕の笑みを崩さない。たった一度拘束を解いただけで、明らかにシミズは疲弊しきっている。力の差は歴然としており、こちらが優位に立っていると思えた。
しかしシミズは荒い息遣いのまま、あくまで尊厳を失わない低声で言う。
「ここは神の家……私は神父。お前は悪魔……お前に私は殺せない」
「ふぅん……お前、色々知ってそうだな」
ケントは舌舐めずりをし、一層意識を集中してシミズの脳内への侵入を試みる。
「こりゃあ聞き出し甲斐がありそうだ」
だが、不可解だった。ケントが何度シミズの頭を覗こうとしても、正体不明の力によってそれは遮られる。ユミコの頭を覗こうとした際に視界を遮ったのは闇であったが、シミズのそれは光。それも、どこか彼に似つかわしくない、まるで神や天使から与えられた借り物の光、といった印象を受けたのだ。
怪訝な顔で立ち尽くすケントを見やり、シミズは肩で息を切らしながら尚も勝ち誇った表情を浮かべ、語り始める。
「確かに、ミツルやノガミに『肉の宴』をやらせたのは私だ……だが、その真意は結局のところ奴らには分からなかったし、当然お前などに分かる筈はないのだ……!」
シミズは唾を吐き散らし、身振り手振りを交えて熱弁を振るい始める。ケントは否応なく、黙ってそれに聞き入った。そうせねばならない、と思わせる何かがシミズの言葉にはあった。
「神の光の届かぬ裏通りにも、人の子は生き続ける……ならばそれを請け負う場所には、それ相応の『犠牲者』が必要なのだ。表通りで時折起こる些細なイジメや村八分などで済めば良いが裏通りのそれは、生半可なものではいかん……
ならば、食い合えば良い。共に裏通りでしか生きられぬ、神の恩寵に預かれぬ者同士でだ。
そういう場所を提供するのが、裏通りを行く者を請け負う精神科医・
私は、ただその道を示してやったのだッ! そしてお前を、そこへ導いてやったのだッ! 悪徳によって産まれたお前が、善徳のかけらも存在し得ぬ裏通りに辿り着くのは自明の理だッ! お前に私を憎む道理などないッ!
穢らわしい……過ちの末に産まれた……
……絶叫にも似た熱弁は終わった。
ゼェゼェと肩で息を切らしながらも、ギラついた目でケントを睨みつけるシミズとは対照的に、ケントの目からはすっかり光が消え失せて力を無くしていた。
これを好機と見たシミズは、覚束ない足取りで祭壇の脇にある部屋に向かって走った。ケントは、一歩も動けない。呆然とその背を見送ることしかできない。
シミズはその様子を横目で確かめて薄笑いを浮かべると、倒れこむように扉を開けて室内に飛び込む。
……途端、ローズの香りがシミズの鼻孔を突いた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁあぁあッ!!」
部屋の中から響いたシミズの絶叫にふと意識を戻されたケントは、無心のままに扉に向かって駆け寄る。
すると、綺麗に切り落とされた片腕から血を流すシミズが、床を這って部屋から出てきた。
「ぐうぅっ……貴様、トオノ……」
「黙りなさい」
続いて、冷たくも妖艶な声が室内から響き渡り、赤光が漏れ出る。シミズは尚もモゴモゴと口を動かして何か言おうとしていたが、それは声にならなかった。
「あんまり余計なお喋りが過ぎると、ケント君でなく私が殺しちゃうわよ。ウフフフ……」
部屋からゆっくりと歩み出てきたユミコは、血の海に這いつくばるシミズを見下ろしたまま不敵に嗤った。
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