黒幕

 教会通りに、夜明けを告げる鐘が鳴る。

 ステンドグラスに描かれた聖者たちは照りつける陽光を七色に染め上げ、カトリックT教会の聖堂にその姿を映し出す。

 漆黒の祭服キャソックを纏った長身の神父は今日も今日とて朝の訪れに感謝し、十字架の前に跪いて胸の前で十字を切り、神に祈りを捧げる。


 今日も主の創造されたる世界の平らかならんことを……アーメン


 ギイィ……


 聖堂の扉が開かれ、神父は何となしに振り返る。ステンドグラスから差し込む七色の光と、扉から差し込む陽光によって二重に遮られ、来訪者の姿はよく見えない。


 神父は目を凝らして、その正体を見極めようとする。礼拝客にしては早過ぎる。それに、何だか薄汚れた、粗末なコートを着ている。ともかく、あまり姿を見せない人物であることは間違いない。


「どなたかな……?」


 訝しみながらも声をかけた神父に対し、来訪者は何も言わず暫く立ち竦む。やがて神父の目も光に慣れ、視界の向こうにぼんやりと人影が見える。どうやら、小柄な青年のようだ。紫がかった黒い長髪、深緑のモッズコート。


 ……神父を嫌な予感が襲うのとほぼ同時に、来訪者の目が真っ赤に光った。聖者の光と陽光を塗り潰すように、悪魔の赤光しゃっこうが神の家を侵食し、覆い尽くす。

 そうして来訪者の姿が、完全に露わになった。神父は冷厳とした目つきで彼を正面から見下ろし、その名を呼んだ。


「ケント、か……」

「あぁ……久しぶりだな」


 ケントの表情は、また悪鬼の如く獰猛に歪む。そして、敵意を剥き出しにした低声で、唸るように言った。


ィ……!」


 は、不敵に笑った。

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