アゼリア巨大森林東部の探索
マグメルの
マグメルはその南北に流れる小川をテリトリーの西の限界ラインとしていた。河原にはトロールが寝床にしていた小さな洞穴があり、そこを中心としたトロールの縄張りに彼はあまり近寄らないようにしていたからだ。
しかし、そのトロールはイシロンテによって始末された。今や小川はマグメルでも安心して近づくことができるエリアになっていた。
──トロールの寝床のあった洞穴から出てきたマグメルは、大きく深呼吸をして外の新鮮な空気を肺に送り込んだ。頭の上にたかる小さな羽虫の大群を煩わしそうに追い払いながら独りごちる。
「やっぱり何もなかったか……」
マグメルは小川に入ると、透明の絹糸のような流水を両手ですくった。それを喉を鳴らしながら飲み干していく。
「うわぁ、冷たくて美味しい! 今度、女神様に汲んでいってあげよう」
また水をすくうと今度は頭からかぶる。木漏れ日を反射する水しぶきが宝石を散りばめるように水面に落ちていく。
マグメルはそのまま小川を渡ると、背負っていた手製の槍を両手で持ち、大きく素振りをして肩をならした。「よしっ」と気合を入れたマグメルは勢いよく未知の領域に入っていくのであった。
アゼリア大森林は中心部に近づけば近づくほど巨大な植物が増えてくる。東の小川以西は五十メートルを超える巨木が群生しているエリアになってくる。その根は複雑に絡み合い、地面に巨大な自然の迷路を形成していた。
マグメルはその巨木の根の隙間をくぐり抜けていく。迷わぬよう一定の間隔で目印を刻みながら森の中心部の方に向かっていた。
日が森林の真上に差し掛かった頃、マグメルは休憩を取るために巨木の根の上に登った。平らな部分を見つけると寝転がって大の字になる。そしてクリスタルを具現化して覗き込んだ。
「ふぅー、今日はまだ129魔素だけか……」
ため息混じりにマグメルは呟き、保存食で携帯していた狼の薫製肉を鞄から取り出して頬張った。
彼は探索をしながらも魔素集めを怠らなかった。道中で猪や野兎などを見つけると槍で仕留め、生命の魔素を抽出した。さらに【圧搾の指輪】で魔素を搾り取った。獲物の肉体は消失してしまうが、魔素の収穫の効率ははるかに良くなるので、食料よりも魔素を優先することにしていたのだ。
マグメルの洞窟を維持管理するために必要なコストは一日につき127魔素。内訳は
突然、辺りの木々がざわめき始めた。マグメルはうつ伏せの体制になり、片手に槍を握りしめて周囲を警戒する。
巨木の間を赤い怪鳥の群れが奇妙な鳴き声を出しながら飛んで行った。そしてその怪鳥のすぐ後を追いかけるように、木の葉をあしらった緑装束の一団が現れた。マグメルはすかさず根の裏側へ身を潜め様子を窺う。
彼らは金色の長い髪をなびかせながら巨木の根から根に飛び移り、怪鳥に向かって次々と弓をひき矢を放っている。そしてそのまま怪鳥が逃げた方へ風のように消えていった。
森が静寂を取り戻すと、マグメルはスルスルと根から地面へ滑り降りた。そして一団が消えていった方向へ駆け出す。さきほどの怪鳥から抜けた赤い羽根と矢が落ちていた。それを拾おうとマグメルがかがんだ時、
「……もし、人間よ」
突然、マグメルの背後から声をかけた者がいた。マグメルはとっさに前転して翻り、背後に向き直った。
声をかけたのは赤いとんがり帽子をかぶり白いヒゲを蓄えた小人だった。小人は岩の上に立っていて、赤い大きなきのこを傘のようにさしていた。
「奴らの仲間か!」
マグメルは吠え、槍を構える。
小人はニコニコしながら赤いきのこ傘をくるくると回す。黄色い胞子の霧が風下のマグメルを包み込む。
マグメルは白目を向き、力なく前のめりに倒れてしまった──
巨木や岩の陰に隠れていたとんがり帽子の小人が次々と顔を出す。安全を確認するとそろそろとマグメルの周りに集まりだした。
「この人間、『奴らの仲間か』と言っておったな」
「ワシらをエルフどもの仲間と勘違いしておったぞ」
「エルフどもの仲間ではなさそうだな」
「でもワシらに敵意があるやもしれんぞ」
「人間は信じられない」
「うむ」
「どうする」
「囚われの嬢に相談するのがよい」
「良い考えじゃ」
色とりどりのとんがり帽子を被った小人たちはマグメルを担ぎ上げた。小さな声で陽気に歌いながら森の中心部に向かって進んでいく。
小人たちがマグメルを運んで来た場所は大きな縦穴だった。縦穴の天井部分、つまり地上部分は巨木の根がうねうねと絡まり合い、さらに
縦穴の至るところに巨木の根が張り巡らされていた。小人たちはマグメルを担ぎながら巨木の根でできた螺旋階段を降りていく。マグメルを担いでいない小人たちは蔦を伝いながら降りている。
穴の底には質素な石碑があった。石碑には花飾りがかけられ、周囲には木の実が所狭しと供えられている。
マグメルを担いでいた先頭の小人がその石碑に触れると、彼らはマグメルと共に姿を消した。それを追いかけるように次々と小人たちが石碑に触れては消えていく。
石碑は小人たちが触れるたびに緑色に光っていた。
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