囚われのダークエルフ
黒曜石の無機質な回廊には湿った冷気が漂っていた。天井から滴り落ちて水たまりに跳ねる雫の音が一定のリズムを刻み続けている。
回廊に転移した小人たちは一様に肩を震わせ、身を寄せ合いながら一本道を進んでいく。マグメルを担ぐ五人の小人を先頭に、マグメルの持ち物を運ぶ二人と果実や花の束を持つ二人が続く。
小人たちは回廊の突き当たりにある円形の大広間に出ると足を止めた。
大広間の床一面には暗い水が溜まっており、中央に島のような低い円形の台座がある。
その台座の上には青白い肌の女エルフが横たわっていた。彼女の首、両手首、両足首は黒い鎖が巻きついていて、その鎖の先は台座に繋がれていた。鎖には様々な紋様が刻まれており、紋様部分は青色に光っている。
女エルフは小人たちの気配に気づき、ゆっくりとその上体を起こした。銀色の絹のような髪が肩口からはらりはらりと流れるように落ちてくる。
「ノームたち……」
「嬢、どうじゃ体調は?」
小人たちは心配そうに女エルフに声をかける。その声が大広間に反響していく。
「悪くないわ。今日来てくれたのはその人間についての相談かしら」
「そうじゃ。待っておれ、そちらに向かう」
先頭でマグメルを担いでいた小人が答える。小人たちは暗い水に入って、広間中央の女エルフが横たわる台座までゆっくりと歩いていく。小人たちは台座にあがると、マグメルをそっと台座に寝かした。
「この人間のことじゃが……」
「今は眠りゴケの胞子で眠らせておる」
「こやつ、あの凶悪なエルフどもをこっそり覗いておった」
「ワシらをエルフどもの仲間と勘違いしておった」
小人たちは口々に話していく。女エルフは小人一人一人を優しく見つめ、黙ったまま聞き続ける。
「そこで考えたのじゃが、こやつに凶悪エルフどもの退治を頼んでみんか?」
女エルフは少し驚いた表情になり、眠らされているマグメルを見る。
「残念だけど、貴方たちと同じで人間も戦闘に向いていないわ……」
女エルフは銀色の前髪をそっと耳の後ろへかきあげ、マグメルの持っていた槍に注目する。ハッと何かを思いついたような表情になる。
「ん? どうしたんじゃい、嬢」
小人たちは女エルフと彼女の見つめる槍を交互に見ている。
「この槍にエンチャントされている魔法──これは明らかに人間の魔法ではないわ。人間には絶対に扱えないとても高度な魔法……」
「この人間の持っていた槍に魔法?」
「ノームたち、この人間を起こしてくれる?」
女エルフは九人の小人たちを見回した。小人たちは女エルフがいつになく興味を示していることを嬉しく思ったのか、素直に彼女の指示に従った。
小人たちはマグメルを後ろ手に縛って座らせた後、黄色いキノコを彼の鼻に近づけた。気付け作用のあるキノコだ。
マグメルは鼻をヒクヒクとさせて薄く目を開いた。
「……ん、ここ……は……」
「人間よ、暴れるでないぞ。ここは、とある
「ワシらはノーム。森の大地の妖精じゃ」
「私はダークエルフのクユンシーラ。ノームたちは嬢と呼んでくれています」
マグメルは女エルフや小人たちを見回し、自分の置かれている状況を理解する。
「僕は……そうか捕まってしまったのか」
ギリっと奥歯を噛みしめるマグメル。
「安心しろ、人間。ワシらは危害を加えるつもりはない」
「そうよ、ノームたちは森でひっそりと暮らしたいだけのおとなしい妖精」
マグメルは女エルフを睨みつけた。
「こいつらは僕をこうして縛っている。なぜだ?」
小人たちは「ほれ見たことか」と、しかめ面になる。女エルフはそんな小人たちをたしなめながら、落ち着いた口調でマグメルに語りかける。
「それは貴方が危害を加えようとしたからでしょう。先ほども言いましたが、ノームはとても穏便な種族です」
「君も鎖で繋がれているじゃないか」
「……ええ。でもこれはノームたちとは関係ありません。ノームたちは私を助けてくれているのです」
マグメルは女エルフの深い紫色の瞳に
「ところで貴方の名は?」
「……マグメル」
「マグメル、貴方と交渉したいことがあります。まずは私の話を聞いてくれませんか?」
「この縄を解いてくれるなら」
「わかりました。ノームたち、解いてあげて。念のため武器だけは預からせてもらうわ」
小人たちはブツブツと文句を言いながらマグメルの縄を解いた。マグメルは手のひらを閉じたり開いたりして両手の感触を確かめる。
「マグメル、いいでしょうか?」
「約束だからね。聞くよ」
女エルフはホッとした様子で説明を始めた。
「この森にはこのノームたちのように穏やかに暮らしている妖精や、生き物がたくさんいます。しかし、最近になって凶悪なエルフの集団が現れ、それを脅かすようになったのです。彼らは自分たち以外の存在は全て敵と見なし、残虐な殺戮を続けています」
「ワシらにだって襲いかかってくる。ワシらはただ森のキノコや木の実を採ってひっそりと生活しているだけじゃというのに」
「彼らはこうしている今も着々と縄張りを広げています。このノームたちの住んでいるそばまでやってきているのです」
黙って聞いていたマグメルが口を開いた。
「なぜ君たちは抵抗しないんだ?」
「ワシらは奴らとはと戦いたくない」
「一度でも抵抗すると、執拗に狙われ続けるだけ。私がノームたちに抵抗せずに逃げるように言ったのです」
「ふぅん」
マグメルはあぐらの体制になり、女エルフたちに話を続けるよう促した。
「別のエリアに住むワシらの同族から聞いた話じゃが、奴らはエルフだけじゃないそうじゃ」
「エルフだけではない……つまり他にも仲間がいるってことか」
「そうじゃ。奴らは森の中心に強力なダンジョンを持っていて、そこをアジトにしておるらしい」
「強力なダンジョン?」
身を乗り出し前のめりになるマグメル。
女エルフは小人からマグメルの槍を受け取り、マグメルの前に差し出した。女エルフに繋がれた鎖が擦れる金属音が大広間に響き渡る。
「マグメル、貴方にお願いがあります。この槍にエンチャントをかけた人に会わせてくれませんか?」
マグメルは何かを考え込むようにうつむく。
「私からのお礼として、森の中心にある彼らのダンジョンの場所を教えます」
「何だって?」
「#私ならそのダンジョンの場所まで貴方を連れて行くことができます__・__#」
女エルフは懸命にマグメルを説得しようとしていた。
「貴方の槍にかけられたエンチャント──これは特殊でとても高度な魔法よ。それほどの魔法を使える味方が貴方のそばにいる」
マグメルはズボンをギュッと握りしめ、何かを決意したように女エルフを見つめ返す。
「ああ、君の言う通りだ。ただ、ある理由でその方の行動に大きな制約がかかってしまっている……」
「私もこの通り、冥府の鎖で繋がれ行動に制約をかけられています」
「ではどうやって会いにくるんだ?」
「森で暴れている凶悪なエルフの血でこの台座を汚せば、この鎖を断ち切ることができるはずです」
「エルフの血……奴らを始末しろということか。今度は僕から質問だ。そもそもなぜ君はそこに繋がれている?」
「私はこの世界に生を受けながらに、この冥府の鎖に繋がれていました。創造主である神から授かった試練でしょう」
女エルフは左手に紫色のクリスタルを具現化した。小人たちはそのクリスタルに釘付けになる。
「私のクリスタルにはあと僅かの魔素しか残されていません。日に日に魔素は消耗されていき、そんなに長くは持たないでしょう」
小人たちが「嬢……」と口々に言いながら、女エルフに駆け寄る。女エルフはそんな小人たちに優しく微笑む。
「神が与えられた試練──魔素がなくなっていく恐怖、動けない恐怖。君はそれを耐えていたのか……」
マグメルは立ち上がり、大広間の天井を見上げた。
「クユンシーラ、君の依頼を受けるよ。そのダンジョンに僕たちも因縁がある」
小人たちから歓声が湧き上がる。
「おお、嬢の鎖を断ち切れるやもしれんぞ!」
「何でも言ってくれ、ワシらも手伝うぞ」
「人間にもいい奴がおるもんじゃ」
女エルフは大きな胸の前で手を組み、祈りを捧げるように深々と頭を下げるのであった。
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