ダンジョンに隠された秘密



 ──マグメルの洞窟ダンジョンの大理石部屋。


 部屋の四隅に立つ騎士像が対角線上でそれぞれの剣を掲げて向き合っていた。彼らの髪の毛、睫毛、皺などはその一本一本に至るまで精巧にかたどられており、まるで生きていた人間の時がそのまま止められたかのような様相を呈している。

 その中にフルプレートアーマーの屈強な男性騎士像がある。それは四体の中でも飛び抜けた大きさをほこり、成人男性の胴よりも太いその腕は、大型の動物でも簡単に一刀両断できそうなほどの巨剣を持ち上げていた。さらにフルヘルムの左右から突き出した巨大で鋭い角が猛々しい雄牛を彷彿とさせている。



 アプロディーテはその巨大な騎士像に手を触れては離すという行為を何度も繰り返し、不思議そうに小首を傾げていた。

 そこに、マグメルが慌ただしく駆け込んできた。


「女神様、朗報です!」


 アプロディーテはその手を止め、マグメルの方へ振り返る。


「ラミアさんが侵入者を始末した時に抽出してくれた魔素ですが、先程僕のクリスタルに転送されてきました」

「嬉しそうな顔ねぇ、マグメルちゃん」

「はい、聞いて驚かないでくださいよ。今回入手した魔素はなんと──1352魔素!」


 マグメルはそう言うと、自分のクリスタルに収納していた魔素を解き放った。部屋いっぱいにエメラルドグリーンの光球が広がり、花火のように飛び交う。


「すごいじゃない! でも、どうしてこんなに?」


 アプロディーテは両手で口を覆って驚いている。


「ラミアさんと交信して聞いたのですが、どうやら人間の男から大量に放出されたそうです」

「人間の男から? 人間の命から放出される魔素ってそんなに大量なの?」

「いえ、命の魔素ではなく、だと思います。実は、あの男がトロールを狩るところを遠くから見たのですが、かなり手馴れていた様子でした。トロールを狩りまくってがっぽりと貯め込んでいたのではないでしょうか」

「なるほど、クリスタルに貯めている魔素か。マグメルちゃんがちょうど良いタイミングでおびき寄せたってこと──」


 アプロディーテは何かを思い出したかのように眉をひそめた。そして心配そうな表情を浮かべながらマグメルに歩み寄る。カツンカツンという靴音が大理石の部屋に響き渡る。


「マグメルちゃん、今回は作戦通りうまく誘い込めたのは良かったけど……」

「……はい、女神様が言いたいことはわかっています」


 マグメルは慈愛に溢れるアプロディーテの目を見つめる。


「確かにあれが危険ではなかったと言うと嘘になります。トロールを簡単に屠るような男とゴブリン五体を同時におびき寄せたわけですから。でもそれだけの危険を冒したからこそ、これだけの魔素、貴重なマジックアイテムを獲得できたとも言えます」


 マグメルは両手を広げ、宙を舞っている魔素をかき集めてみせる。


「マグメルちゃん……」

「ここに危険が迫っているのですよね? 僕は女神様と約束しました、絶対に護ってみせるって!」

「……そうだったわね。私としたことが自分で言ったことを……ごめんなさい」

 

 潤む涙をこらえるアプロディーテを見て、マグメルはかぶりを振った。


「女神様、心配しないでください。僕は無理なんてしていませんから」

「マグメルちゃん、ありがとう。でも貴方のためにこれだけは言わせて。『貴方の命が一番大切、他はその次』、忘れないでね」

「はい、わかりました。肝に命じておきます!」


 マグメルはドンと胸を張る。それを見たアプロディーテは指で涙を弾いて言った。


「今回うまく洞窟ダンジョンに誘いこめたのは、貴方がこの付近を熟知していたからこそ。今後、少しずつ活動範囲を増やしてテリトリーを広げていきましょう。危険は増えるけど、その分得られるものも大きくなるはず」

「はい、任せてください! 女神様にそう言ってもらえると俄然やる気が出ます!」


 その時、部屋に放出された魔素と部屋の四隅にある騎士像が共鳴し始めた。騎士像が魔素と同じエメラルドグリーン色に光っている。アプロディーテがそれに気づき、マグメルに騎士像を見るように促した。


「これは共鳴? あの巨人の騎士像が特に強く反応しているようだわ」

「あっ僕のクリスタルも共鳴を始めました」


 真剣な顔でクリスタルと騎士像を交互に見るマグメル。


「もしかして、これって──」

「えっ? なに、どういうこと?」

「女神様、見ててください」


 マグメルは四体の騎士像が掲げる剣の延長線が交わる点、すなわち部屋の対角線の交差する点に高々とクリスタルを掲げた。

 部屋で宙に浮いていた魔素がクリスタルを中心に回転し始める。魔素は何周かすると巨人の騎士像に飛んでいき、その心臓部分に吸い込まれていった。


 巨人の騎士像が小刻みに振動し始めた。そしてフルヘルムの奥に青い光が灯る。


「この騎士像、動きますよ!」


 巨人の騎士像はギクシャクとした動きで首を動かし、マグメルたちを見下ろした。そして一歩、二歩と彼らに近づいていく。巨体の歩みで大理石の部屋が揺れる。


「これは……命が……やはりそうだったのね」


 アプロディーテは近づいてくる巨体を見上げながら呟いた。


 巨人の騎士像はマグメルたちの前までやって来ると、服従の意を示すように片膝をついて頭を下げた。最敬礼の姿勢でさえもマグメルたちよりもはるかに大きな騎士像。マグメルはそれを少し見上げる形で質問をした。


「貴方はこのダンジョンの守護者ガーディアンですね?」


 巨人の騎士像はさらに頭を下げた。


「やはり。女神様もお気づきだと思いますが、この騎士像は魔素を動力に動く守護者です」

「私がこの部屋で魔法を使うたび、この巨人の騎士像だけが微かに反応していたのはこういうことだったのね」

「他の騎士像も共鳴はしていましたよね。でもこの騎士像のような強い反応はなかった。どういう仕組みだろう?」

「それはわからないわ。マグメルちゃんがさっき一気に放出した魔素の量に関係してそうだけど、それだけでもなさそう」


 マグメルはまだ部屋に残っていた魔素を回収する。そしてクリスタルを覗き込んだ。


「残りの魔素の数は152。つまり、1200の魔素が使われたということか。この騎士像──女神様と違って、洞窟の中にいても維持コストが必要みたいですね。一日で120魔素。あ……残念なことに洞窟の外には出られないようです」

「あくまで洞窟の一部ということね」

「守護者にはこのフロアを警らさせましょうか」

「ええ、それがいいわ。心強い」


 マグメルは頭を下げたまま微動だにしない巨人の騎士像に向かって言った。


「守護者よ、このフロアを巡回してください。不審な者がいたら問答無用で殺して構わないです」


 は一度頭を下げると、ゆっくりと立ち上がり、大理石部屋を出ていった。


「マグメルちゃん、マスターらしくなってきたじゃない。かっこよかったわ」

「なんだか照れくさいな」


 マグメルは頭をかきながら、部屋に残った三体の騎士像を見回した。アプロディーテは長髪で耳の先が長い女性の騎士像に近づいていく。


「この子たちを動かすには何か特定の条件を満たさなくてはならないということか、いろいろ秘密がありそうね」

「魔素の数、それとも他に何かあるのかな? 『空間』の恩恵の奥は深いですね」

「ダンジョンにはダンジョンマスターにもわからない秘密がある……調べ甲斐があるわね」


 アプロディーテは悲しみに閉ざされた表情をしているその女性騎士像の頰にそっと触れた。

 女性騎士像の頰には冷たい涙が伝っていた。



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