第28問 ロードレース大会でも10位以内に入れる?


 中学3年、11月。


 僕の学校では全学年の生徒が近所の運動公園でロードレス大会――所謂、持久走大会に参加する。


 1年生の頃から参加し始めて、時間が流れるのは早いものでもう3回目だ。

 今年で最後。

 いい結果で終わりたい――とは微塵も思わない。


 ロードレース大会? それが受験にどう役立つんだ?


 大体部活もう辞めてるし、運動なんてほとんどしてないし、今の自分で3000m以上も走れる自信がない。


 1500m走だって嫌なくらいだ。パス、パス。


 最初はそう思ってたけど……。


 僕は日頃の運動不足解消もかねて、帰宅してから塾に行く前に走り込みを始めた。走り込みと言ってもそんなたいそうなものじゃなくて、本番と同じかやや長い距離を余裕のペースで走り始め、慣れてきたら少しずつペースを上げて走るだけだ。


 だから、別にいい順位をとってやろうなんて野望はなかったけど、本番前に体育授業で長距離を走ったとき。


 僕は常に前から5番以内でゴールすることができた。


 僕の学年は1~3組までと4、5組で分かれて体育をやるから、全体で5番以内ってわけじゃないけど。


 ロードレース大会本番前に張り出された練習時の自己ベストの順位で、僕は男子の中で14位だった。


 1年前は18位。


 でも、昨年と今年は違う。


 昨年はまだ周りが練習だからと実力を隠す中で一杯一杯の18位。

 一方今年はというと、練習で走ったときは余力を残していた。


 本番でライバルたちを出し抜くために。


 僕はどうしてもこのロードレース大会で勝ちたい人がいたからだ。


 それは元野球部のタサ。


 小学4年生の頃に僕の小学校に引っ越してきて、同じ野球好きの仲間としてよく一緒に遊んだ。

 結局親の反対に遭って叶わなかったけど、タサから「同じチームに入らない?」と少年野球に誘われたときはすごく嬉しかった。


 だけど3年生になってから、そのタサがグレ始めた。


 野球が上手くて1個上の先輩たちが中心のチームでもすぐレギュラーを奪うくらいで、運動神経抜群で、勿論長距離走も速くて小学校のときは転校してきてからずっと1位だった。


 そんなタサが煙草を吸ったり、お酒を飲んだりして、このまま堕ちていくんじゃないかって僕は少し心配だ。


 いや、本当に余計なお世話かもしれないけど。


 だから……。

 だからってわけじゃないけど、このレースでタサに勝つ。


 それで「菱沼なんかに負けた」って思って欲しい。

「煙草とお酒で遊んでる場合じゃない」って思って欲しい。


 そして間もなくロードレース大会、本番――


 レース中盤、タサが僕の横にぴったりと付いた。

 僕を風避けに使える後ろにではなく、横に付いたのはプライドか。


 でも、そもそも僕の隣を走ってること自体、おかしな話だ。


 タサと僕じゃ雲泥の差がある。6年生の頃の持久走大会でタサは1位、僕は20位にも入れなかったんだから。


 なのに現実はこうだ。

 タサは僕に並ばれている……!


 煙草とお酒はまだ早いよ、タサ。

 そんなに運動できるのに、自分から身体を壊すような真似しないでくれ。


 恥ずかしいから絶対直接は言えないけど。

 僕は常にトップを走るタサに憧れていたんだ。


 そしてレース終盤、残り500m。

 昨年自分から仕掛けて、でもすぐにショータに捕まって負けたところ。


 僕は一気に仕掛けた。が、それはタサも同じだった。


 でも、昨年とは違う。ここまで体力を温存してきた。脚は十分残ってる!


 おらぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 僕とタサは前を行く集団をあっという間に抜き去って。


 それでも2人ともスピードは落ちなくて。


 互いの呼吸が聞こえるくらい、息は荒れて荒れて荒れまくって。


 最後の最後。


 僕はタサより先にゴールした。

 順位は9位。


「ヒッシーおめでとう~!」


 出し尽くしてゴール後すぐに足を止め、膝に手を当てて顔を下げていた僕を、真武先生が労ってくれる。


 差し出された手を、僕はどうにか握ることができた。


「ありが……はぁはぁ……はぁはぁ……とう……はぁはぁ……ござい……ました」


 それだけ言うのが精一杯だったけど。


 僕はもの凄い達成感に包まれたのであった。



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