第26問 Aクラスでやるか、Bクラスでやるか?


 夏期講習が始まった。

 

 部活を引退した僕は、朝から晩までテントリで勉強する。

 朝起きて、飯食って、テントリ行って、授業受けて、自習して、帰って、寝る。

 そんな感じで、まるで修行僧かなにかのように、勉強勉強また勉強の毎日を送っていた。

 

 いやー炎天下で走らされまくった部活に比べれば、クーラーの効いた快適な空間でお勉強するなんてわけないわけない。楽ちん、楽ちん。


 って、そんなわけあるか!


 これだけ毎日長い時間勉強するのだってすごくたいへんだ。


 受験生は楽じゃない。


 特に社会がきつい。

 この夏期講習では、栗原先生のもと毎日暗記テストを課されていた。

 満点を取れれば次の問題。1問でもミスったら翌日再テスト+新しい問題……ちょっとしたしくじりで、次の日以降の負荷が増していく恐ろしい栗原式スパルタ暗記テスト。


 でもこの「1問も間違っちゃいけない」というプレッシャーは暗記中の集中力に繋がった。


 1年生の頃だったら「どうせみんなやってこない」と投げてたと思うけど、今は「今日も明日もず~っと満点を取ってやる!」と目標を立てて、高いモチベーションで取り組めている。


 他の教科も今まで長期休み中の講習はなんだったのかと思うほど、桁違いの厳しさだった。


 そして夏休みが始まってからしばらくして、お盆休みの時期を迎えた。


 テントリも勿論お休み――じゃない!


 いや、テントリの1、2年生は休みだけど、僕たち3年生は希望制で夏期合宿に参加していた。


 普段僕たちが通う校舎の生徒だけじゃなく、他の校舎からも生徒が参加する全テントリ3年生の総出の合宿だ。あ、希望制だから総出ではないのか。


 早朝。僕たちは駅近くに留まる大型バスに乗り込み、県外まで。


 ホテルのすぐ横にスキー場が臨むところで、合宿がスタートした。


 そして合宿中。

 僕の配属されたクラスは、あのヒロキやショータと同じAクラスだった。



     * * *



 このクラスやめてぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!



     * * *



 レベルが……レベルが違う!


 夏期合宿中、僕は戦慄していた。


 この合宿が始まる前のこと。


「勇気、合宿のときクラスだけどAクラスとBクラス、どっちがいい?」


 勇気先生に呼ばれた僕は軽い面談を行った。


「今Aクラスでやろうと思ってるのはヒロキとショータ、あと別の校舎にいる女の子の3人」


 ヒロキとショータ、だと……?


 ヒロキは僕たちとは別の中学で学年2位、ショータは学年10位台の常連だ。


 僕は勇気先生からテントリのエースって呼ばれてるけど、この称号は偽物だ。


 確かに、学校のテストでは僕はショータに勝つことができた。


 しかし。


 特に私立受験で重要な北辰テストと呼ばれるもので、僕はショータに大敗している。

 てか、ショータには中間テストでは勝ったけど、その次の期末テストでは逆転されてるから……ってことは、僕、完敗じゃん!  


 ヒロキとショータは北辰テストで5教科の偏差値が60後半、ときには70を超えるハイスコアを叩き出し、塾内で1位争いをする本物のダブルエースだ。


 片や僕は60前半、悪くはないがよくもない感じだ。


 そんな僕が、こんな魔窟に足を踏み入れるべきじゃなかったんだ!


 僕はAクラスに用意された問題を解きながら、後悔の念に駆られていた。てか、ほとんど解けない。


「今の勇気にはちょっとレベルが高いかもしれない」


 Aクラス入りを志願した僕に、勇気先生は念を押すようにそう言ってた。


 ちょっとレベルが高い?


 嘘付けコラぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 


 北辰テストでも点が取れる数学すら、渡された問題集の第1問からつまづく。


 早稲田? ラ・サール? 慶応? 海城? 開成? 


 どこ、その異世界……。


 こんな問題解いても現実じゃ役に立たないよ。

 

 学校のテストで奇跡の100点を取った国語や、計算できる戦力になってきた英語はもっと酷い。


「勇気、この問題の答えは?」

「っ、~です!」

「ん~、残念」


 狐塚先生や栗原先生と、このやり取りを何度繰り返したことか。


 合宿はまだ始まったばかりなのに、僕の心はズタズタだ。


 ヒロキやショータたちは完璧とはいかずともほとんど正解できてるのに。


 こんなの世界中の笑いもんだよ! 


 Aクラスを夢見て田舎から出来てた少年を待っていたのは厳しい現実だったとさ……。


 お願いします、先生! お願いします……!


 一生のお願いです! 何でもしますから!


 今からBクラスに移りたいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


「落ち着け、勇気」

「でも、ほんとに全然分からなくて……この問題、中学生に解けるんですか?」

「解ける。例えば英語のこの問題は知ってれば一目で分かる」

「一目で!?」

「大丈夫だよ、勇気。間違えても、それを覚えて次似た問題がきたときに解ければいいんだよ」

「…………」


 今は耐えるときって……そう言いたいんですね、栗原先生!


 恥ずかしくて恥ずかしくて……何度もこの教室から逃げ出したくなったけど、やるしかないんだ。


 今は遠く及ばないけど、いつか必ず……!


 僕は泣きそうになりながら、てかぶっちゃけ心の中では大泣きしながら、この魔窟でテントリを代表する猛者たちの実力を目の当たりにするのだった。





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