第25問 あの先輩たちすら打てなかった投手に勝てる?


 中学3年、1学期。

 僕は中間テストで遂に450点の壁を破り、そして10位以内にも入った。


「勇気~! よくやった~!」

「450超えたね~! しかも国語は100点だろ!?」

「お前は俺の生徒だ~!」


 テントリにてテストの最終結果を報告した僕は、テントリの先生たちからもみくちゃにされる。


 ありがとうございます! どうもです! ありがとうございます!


「450点を超える会」に参加して本当によかった。

 あの武蔵に合計点で勝ったのも初めてだ。


 思えば、僕が初めて400点を超えたのも、2年生最初の中間テストだったっけ。

 もしかして、テントリ講師陣はこのタイミングを狙ってたのか?


 春期講習から先取りして準備できるから得点が狙いやすい、みたいな。


 まあ、それは分からないけど、とにかくよかった。ほんとに。


「菱沼、450超えたの?」


 狐塚先生や栗原先生が盛り上がる中。

 いつの間にか傍に来ていたイマサトにそう聞かれる。

 僕が「うん」と答えると、イマサトは片手で目を覆いながら天を仰いだ。なにそのポーズ。でも、すごくイマサトの心境が伝わってくる。


「俺は440だった」

「あ~、惜しいね~」


 いつもの僕だったら負けてたな。


 その後、自習室で勉強していると、野球部の副部長でAクラスのショータがテントリにやってきた。


「ショータ何位だった?」

「9位です」


 栗原先生の問いに、ショータは聞かれてもか構わないって感じで答える。すげー堂々としてる。

 

 すると、栗原先生はその眼鏡の下に意地の悪い笑みを浮かべて「勇気のこと聞いてる?」とショータの肩に腕を回しながら、自習室で身をちぢ込ませる僕の方を見てきた。

 ちょっとやめて、栗原! 余計な恨み買いそうだから! 


 てか今一瞬ショータと目が合ったんだけど!? な、なんか恐い!


「ヒッシー」

「は、はい!」


 鬼の副部長に目を付けられた。


「次は負けないから」

「え、あ……はい」


 なんか今因縁が生まれた気がするぞ!?


 栗原ぁああああああ! なにしてくれてんだよ!?

 

 でも、僕は栗原先生に頭が上がらない。


 今回国語で100点を取ったから、ってだけじゃなくて……。


 ――この授業で、成績上がるんですか?


 そう言ってサナミ先生を困らせた僕を叱ったのが、栗原先生だったからだ。


「調子に乗ってるのか?」

「随分偉くなったな」

「サナミ先生泣いてたぞ」


 と、怒涛の勢いで捲し立てられ、僕はちょっと反省した。

 ちょっとでごめんなさい。


 そんなわけで。


 テントリのおかげで勉強面で遂に殻を破った僕は、部活の3年生最後の大会――総体を目前に控えていた。


 その初戦の相手が、かつて1個上の先輩たちに投げ勝った投手になるとは知らずに。



     * * *


「総体の組み合わせ決まったぞ!」


 顧問のテルミから配られたトーナメント表に、僕たちはすぐに目を通す。


 初戦の相手は寺緒(てらお)中。

 どきっとして僕はテルミをちらっと見た。


 テルミ、あのこと言わないのかな……。


 寺緒中は1個上の先輩たちが総体のシード決め大会で敗れた相手。

 そしてその試合に投げて先輩たちを延長10回タイブレークの末1失点に抑えた寺緒中の投手は、なんと僕たちと同い年なのだ。


 僕もそのときは知らなかった。小さくてひょろっとしてたけど、まさか同輩だったとは……。


 自分たちの代になってから市内の選抜チームの試合を観戦しに行ったとき、寺緒中のあの投手と思しき人がいて、そのとき気付いたわけだ。


 あの先輩たちが1点しか取れなかった相手に、僕たちが点を取れるのか?

 1点でも与えたら、僕たちはかなり厳しい。


 そして間もなく――

 総体が開幕した。


「一球入魂~!」

『入魂!』

「地上が騒ぐ!」

『騒ぐ!』

「我らのエース!」

『エース!』

「うちのエース!」

『エース!』

「ゴーゴーレッツゴー、アキラ!」

『ゴーゴーレッツゴー、アキラ!』

「ゴーゴーレッツゴー、アキラ!」

『ゴーゴーレッツゴー、アキラ!』


 マウンドに上がった1個下のアキラが、ベンチからの声援を受けて寺緒中打線に立ち向かう。


 アキラのボールならそう簡単には打たれない。


 ただ四球や暴投などミス絡みの失点がこのチームは本当に多い。


 この大会も二桁背番号の僕はベンチから試合を見守る。


 試合は互いのエースが0に抑える順調な滑り出し。


 しかし、試合は3回、遂に動いた。


 3回裏。寺緒中の攻撃。


 1アウト、ランナー2、3塁。


 アキラの投げた剛速球はキャッチャーミットの遥か上を越えていった。


 これで相手の3塁ランナーが還り、先制点を許す。


 そして今度はあっさりとスクイズを決められ、2失点目。


 マウンド上のアキラが顔をしかめる。

 僕も同じ気持ちだった。


 あの寺緒中の投手相手に、このビハインドはかなり重たい。


 この試合で終わりか――


 しかし、この1年間眠り続けた大刀中打線が遂に爆発した!?


 5回表、敗戦ムードが漂い始めたこの回。

 1番から始まった打線は連打や相手のエラーも絡んで、寺緒中のエースに襲い掛かった。

 なんとこの回一挙、5点!


 攻守交替でベンチに戻った寺緒中エースは気持ちが切れてしまったのか、味方の応援もろくにせず、肩にタオルをかけたままベンチにふんぞり返っていた。


 そしてこの試合、アキラからバトンを受けたナオユキが試合を締め、5対2で勝利した。僕も最終7回に守備固めでライトのポジションについた。


 あの先輩たちが1点しか取れなかった投手から、僕たちは5点取って逆転したのだ。これで公式戦2勝目!


 これまでの辛い練習が報われたような気がして、僕は試合中からウルウルしっぱなしだった。


 そして季節は過ぎ。


 2年とちょっと最後まで汗を流した部活を引退して。

 

 僕は中学生最後の夏休みを迎えるのだった――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る