第12話 第三栄光パレス、夜

 無尽迷宮封印街第二層。

 金属てつの壁、フェイク畳の六畳一間。奥の壁には窓が一枚。持ち込み家具は異法焜炉こんろがひとつに、行李が三つに木箱が一つ。それっきり。収納なし、風呂なしトイレなし水場共同。第三栄光パレス一〇三号室である。


 の火が落ちたあと、封印街第二層の夜はひどく冷える。

 なので布団はありがたかった。失礼な話、ぬめぬめしてないか少し不安だったが、ふかふかのわた布団はお日様の香りがする。


「ボク、こういうのはじめてなんだー」

「あはは。そういえば私も、はじめてのときはどきどきした気がします」


 リコがくすくすと笑う。息がかかるほどの距離で、実際だいぶくすぐったい。

 布団が一枚まくらがひとつ、みかんとリコが身を寄せ合って。

 いや、寄せ合ってはいないけども。事実上そういう塩梅で。


 なぜこんなことになっているかといえば、布団が一組しかなかったからである。


「はじめてって、なになに。みかん、そういうカンケイの人いたのー?」

「え? あッ、違いますそうじゃなくてッ、ずっと女子校……寮……ええとッ」


 身悶えしたところで掛け布団がめくれて、冷たい夜気が流れ込んできた。

 揃って小さな悲鳴をあげ、体をもぞもぞさせて、なんとか密封を取り戻す。


「うん、なんかわかった。うぶだねえ、このこの」

「あは、あはは……それにしても、良かったんでしょうか」

「なにが?」

「エイジローさんですよ、エイジローさん」


 目線を向けた部屋の隅、天井から静かにぶら下がっている肉塊がある。

 何を言わん、部屋のヌシのエイジローである。


「お布団私たちで借りちゃって」

「あ。いいのいいの、エイジローいつもアレだから」

「そうなんですか?」

「そそ。寝ちゃうと滅多なことじゃ起きないしね」


 そのへん、知ってる触手生物ハイドラと一緒だな、と、ぼんやり思う。

 もし、あんなインパクトのある相手に会っていたら、忘れるわけないんだけど。


 ──あっちじゃ、一山いくらの敵だったからな、俺は。


 ヒメのところで言っていたことばが、木のとげみたいに引っかかっていた。

 ここが死後の世界だとするなら。


 あのひとエイジローを殺したのは、本郷みかんだったのだろうか。


 難しい顔で黙ったみかんに、気づいたのかどうか。リコが内緒話を続ける。


「ボクがいっつも泊まってるから、エイジローが買ってくれたんだー」

「へえ、そうなんですか……えッ」

「そうなんだよー。エイジロー、入ると湿しめるからって近寄らないんだけど」


 引っ張り込んでもぜんぜん反応しないしさあ。と、リコ。


「反応って……」

「エロいことだよそりゃもう」


 物凄い話だ。みかんの理解から一歩先にあるというか。

 だからね、と、リコは声をもう少し潜めた。


「エイジローは大丈夫だと思うよ。ボクがあんだけやってダメなんだからもー」

「ダメってええとそれは」

「もちろんエロい意味で。みかんちゃんだと少し違うかもしれないけどさー」

「ひゃうッ」


 掛け布団が跳ねた。

 うひゃあ、とか、うひょお、という塩梅の声が漏れて、慌てて再気密。成功。


「ほんとウブだねー。てか、女子校ってそういうのないの? 世界が違う?」

「いやリコさんがスピーディすぎるだけだと思いますッ」


 どうにか声を抑え、部屋の隅を確認すると、肉塊はただ静かにぶら下がっていた。

 本当に寝つきがいいらしい。度を超してる気もするけれど。


「まあさー。こっち来てどう生きるかとか、考え方次第なわけだよみかんちゃん」

「はい」

「エイジローとか、むかし、みかんちゃんの国に酷いことしたわけじゃん?」

「そう……だと、思います」


 実際は、国どころか星とか、そういう規模だったわけだけど。


 強襲繁殖異生物群きょうしゅうはんしょくいせいぶつぐんハイドラ。牡は殺すか同族に、雌は母胎と苗床に、どちらでもないものは媒介に、あらゆるいきものを、既存世界を喰う災厄。


 月で女王が目覚めたあと、半年と持たず、みかんの世界は完全に崩壊した。

 犠牲になった。ともだちも、お世話になった人も、かけがえなかった大切な人も。


 みかんは、きっと運がよかったのだ。

 運よく、犠牲にする側へ回れた。それだけのこと。


「それでもフツーに生きてるしさあいつ。ほら暗くならない未来の話ー」

「ぅひゃうッ」


 つごう三度目ともなると、気密は維持された。


「あはは。くすぐったいの苦手?」

「は、はは、ええちょっと……慣れてないかなって……はあ」


 実際、この感触はだいぶ久しぶりだった。みかんは息を整える。

 リコは、それをじっと待っていた。


「みかんもさ。どうやって生きてくか、考えなきゃじゃんね?」

「はい」


 あのあと。ヒメの事務所で説明を受けた。生き方の話だ。


 この世界に流れ着いた別世界のヒト、「騙るもの」の生き方はだいたい三通り。

 ひとつ。を売って稼ぐこと。

 あの魔法みたいなというのは、からつくられるらしい。

 傷の回復がすごく早いモノからは回復、夜目が利くものからは暗視、という風に。

 それのメーカー的なところと契約して、要は特許料パテントでたべていく。


 ──が特別性じゃなきゃダメなやつは、限界があるんだけどね。


 たとえば、異法を使うなら必要があるということ。

 その点、みかんの非存在斥力イマジナリーフォースは、商品ものにできれば売れ線になる、と太鼓判が出た。

 軍隊にも迷宮山師にも、つぶしの効くは需要があるらしい。

 理屈はわかるけども、軍隊にと聞くと、どうにも抵抗が先に立った。


 第二第三の道は、リコやエイジロー、ヒメの生き方だ。


 「騙るもの」のちからは、多くは戦いに向いている。異法をからだに覚えるには「語るもの」より困難がある反面、。それを活かし、まずは迷宮山師になること。封印街を維持する資材、あるいは新しい「騙るもの」や、異界の産物を持ち帰ってする。あるいは雇われる方法もある。大は国や宗教団体、商人や個人の用心棒といった道だ。


 ──が特別性のやつは、こっちを選ぶことが多いな。


 エイジローやリコは露骨にそうだし、ヒメもどうやら、そのたぐいらしい。


 ヒメは、みかんちゃんもうちに来てもいいのよ、などと言っていた。


「あ。こっちから振っといてあれだけど、ハードめに悩んじゃってるね?」

「あッ、いえ、大丈夫ですッ、考えなきゃダメなことですしッ」


 くすくす笑いながら、リコはくちもとに人差し指をそえた。


「まあ、しばらくはここで居候してOKオッケーだしさ。じっくり答え探せばいーじゃん?」

「いいんでしょうか。ほんとに」

「いいのいいの。同じ世界のよしみとかじゃんさ? わかんないけど」


 いいなーやけちゃうなー、と、リコはみかんの脇腹を揉んだ。耐えた。


「あ、あのですね」

「ん、なにかな、みかんクン」

「この際聞いておきたいんですけど、リコさんてエイジローさんと、えー」

「エロいカンケイ?」

「それです」


 リコはもぞもぞと天井うえを向いた。


「そこ目指してるけどねー。まだうまくいってないなー」

「失礼ですけど、エイジローさんって、なんていうか触手ですよね」

「触手だね」


 みかんはごくりとつばを飲んだ。

 とりあえず聞いてみる。本郷みかんは行動する。


「リコさんて触手のメスだったりします?」

「ほんとに失礼だねーこの子は! いや嫌いじゃないけどさーそういうの」


 年下にしか見えない横顔が、心底面白そうに笑う。


「見た目はあとかなあ。最初はカラダ目当て、次は性格?」

「か、カラダって」


 見た目とは別にカラダ、というのは、本格的に意味がわからない。

 いや、エイジローが性的エロ触手でリコが女の子な以上、意味は取れるけども。

 でもそれはなんというかいくらなんでもそれは。


「ボクねえ。エイジローの子供が欲しいんだ」

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