求むは名誉-前編

 夢か現か幻か、遠くか近くかも分からない。空を浮かぶ雲の上、あるいは地の底に広がる空洞の中なのか。次元の壁を隔てた向こう側かもしれないし、紙上の墨に広がるものなのかもしれない。一体どこにあるのだろうか、誰もが知らぬが確かにある剣と魔法の幻想世界。その名をイリシアという。

 このイリシアの中心にはまたの名を<混迷の都>と呼ばれる城塞都市パンネイル=フスがあり、そこには貧民から王侯貴族、旧き神から鼠まで、あらゆる階層あらゆる種族の住まう地がある。その都を出て少し行った所にさして大きくは無いが非常に豊かな森があった。


 名を<大王の森>という。どうしてこのような名を与えられたのかといえば、その名の通りこの森の持ち主は<混迷の都>を統べる王であるからだ。つまり現在の領主であるジェムズガン・ハーディガンの私有地であり、ハーディガン一族が狩猟を行うためだけに存在している。

 領主以外の人間、それこそ都で大きな権力を持つ貴族であろうと勝手な狩りはおろか侵入すら禁じられていた。無闇に人が立ち入らぬよう森の周辺には領主ジェムズガンが私的に雇っている警邏が昼夜問わず巡回しており、肉を食うものであれば子猫であろうと侵入を許さない。


 けれどもそれは不法に立ち入る場合の話であり、正式な許可があった場合はその限りではなかった。領主のジェムズガンは都の治世に腐心する時間が長く、狩りに出れるのは年に数えるほどしかない。

 しかしそれでは森の動物が増えすぎてしまう、これは良くない。そこで領主ジェムズガンは狩猟権を身分を問わず都の人間に販売することにしていた。最もジェムズガン以外の王侯貴族も狩りに使える時間は多くなく、都に住む多くの人々は狩りという行いを野蛮なものとして捉えている傾向があるため権利を買う人間は少ない。


 そしてこの少ない人間の一人がブレトだった。彼は森の中で自然と共に暮らすことをよしとするエルフ族の青年なのだが、とある事件で生まれ故郷を追放されてからというもの人工物で固められたパンネイル=フスで暮らしていた。

 エルフ族の男にとって最大の役目は狩りで獲物をとって来る事、集落を追い出されたはぐれであるブレトには関係の無い話ではある。だが関係が無いといっても強制されなくなったというだけで、それまでの習慣というのは体に染み付いていた。


 エルフの男は誰もがそうでありブレトも例外ではない。役目を課されていようがいまいが、狩猟というのはエルフの男を構成する一要素であり長く行わないでいると憂鬱になってしまうのだ。

 それを避けるためでもあるし、自身がエルフであることを自覚するため、そして何よりも娯楽のためにブレトは日々の稼業で貯めた金を使って最低でも三ヶ月に一度は<大王の森>で狩りをすることにしていた。


 習慣としている<大王の森>での狩りではあるが、実のところブレトにとってそこまで楽しいものではない。この森の動物たちは他の森と比べて人間と接触する機会が少ない、そのためか狩人に対する警戒心というものが薄いのである。

 鳥や鹿はもちろんのこと、巨大な猪や地を這う人食い蜥蜴等も射掛けてきたブレトにとってこの森の動物を狩ることは児戯にも等しい。それでも主な寝食の場であるパンネイル=フスから日帰りで来れる上、他の狩人との縄張り争いをする必要も無い<大王の森>の気軽な狩りをブレトは気に入っていた。


 その日もブレトは貯めた金で買った権利を行使し<大王の森>で狩りを行っていた。鳥を狩ろうか鹿を狩ろうか、それとも猪にしようか。選択肢は多くないものの、いつもこれで悩むのである。というのも一度の狩りで獲って良い動物の数が決められているのだ。

 狐は三匹、鳥なら五羽まで鹿と猪は成獣を一頭まであり子供を狩る事は禁じられていた。数を取るなら鳥を選ぶところなのだが、この森の鳥は肉付きが良く鈍重で警戒心も薄く狩り応えは小さい。歯応えを楽しめるのは鹿や猪なのだが、これは一頭までと決められている。狐も悪くないのだが肉が不味い上に、ブレトは狐の毛皮を好まなかった。


 さぁどうしようかと悩みながら森を歩いていると、立派な角を持った雄の鹿が横切った。中々大きく育っており肉もたんと取れそうだし、一目観てわかるほど上質な角を持っている。あの角は装飾品の良い材料になりそうだ。

 今回の獲物を定め、息を殺し気配を消して鹿の後を追った。追われている事に気づかぬ鹿は水のみ場へとたどり着くと、無防備に口を水へとつける。弦が鳴り矢は心臓に真っ直ぐ突き立った。水辺が近いのは幸いと、ブレトはその場で血抜きを行い持ち帰れない臓物を大地に返す。


 中身のなくなった鹿を担ぎ、警邏に獲物を見せて申告を行い岐路へと着いた。背中の鹿肉はずしりと圧し掛かってくるが、この重さがまた心地よい。鹿をどうしようか、肉屋へ持っていって捌いてもらおうか。


 いやそれよりも、常日頃から屯している<銀夢亭>に持ち込もうか。そうすれば仲間と語らいながら鹿肉を心行くまで味わう事もできる。なるほど、そうしよう。<銀夢亭>は居酒屋ではないが肉を買ってくれるし、そうだそれが良い。結局、狩をする度に肉を馴染みの居酒屋に持ち込むという結論を出している気がしたが、ブレトはそこから目を逸らした。

 えっちらおっちらと都と森を繋ぐ道を歩いている途中でブレトはあるものに目を奪われて足を止める。それは一軒の館であった。パンネイル=フスで館は珍しいものではないが、その館は都を囲う城壁の外にあるのである。しかも古いらしく遠目からでも石造りの壁が苔むしているのが分かった。


「さて……あんなところに館なんてあったでしょうか……」


 つい独り言をこぼす。この道は今までに何度も通って歩き慣れた道である。館のような目立つ物があれば気づかないはずは無いのだ。もしや物の怪の類に化かされているのではないだろうか、それを確かめるため近くにいた草木の精霊そして土の精霊に教えを請うた。

 これらの精霊の返答は「館は昔からあるもので疑っているような化生ではない」というものである。精霊が嘘を吐く筈もなく、ブレトは首を傾げるしかない。あんな目立つものを何年にも渡って見落としていたというのは考えづらかった。


 しかし、その可能性が全く無いというわけでもない。森を向かうときは獲物について頭が一杯だし、帰りは帰りで狩った獲物の売り先を考えている。景色に心を向けていたかとなると、決してそんな事はないのだ。

 ブレトはしばしの間じいっと古い館を眺めた後、都への道を逸れて館へと向かった。あの館が何なのかを知りたくてしょうがなかった、廃屋であれば後日探検に赴こうと考えたのである。もし今も人が住んでいるのならば、鹿肉を売りに来たとでもいえば何とでもなる。


 この日から、ブレトはパンネイル=フスから姿を消した。

 



 

 一人のエルフがいなくなったからといって都は何も変わらない。都からしてみれば無頼漢がいなくなっただけのことではあるが、個人となると話は別だ。ブレトが消息を絶ってから二週間、彼が屯していた<銀夢亭>で一人の男が苛立ちを感じながら酒を煽っていた。

 男の名はカブリといい、ブレトとは友人という言葉では物足りず義兄弟というには深すぎるという間柄である。カブリとブレトは互いの住居も知らないし、示し合わせているわけでもないのだが毎日のように<銀夢亭>で二人して食事を取り、数多の冒険や仕事を共にこなしてきた。


 二日や三日、姿を消す事はままあることだが二週間という長さは過去に無かった。種族は違えど相棒であるブレトがやって来ない事で心配になっているし、ある焦燥も感じている。行動を起こしたほうが良いのだろうかと悩んでいたが、ブレトは個人で仕事をしているのかもしれない。危ない目にあっているのかもしれないが、カブリはブレトの能力を強く信じているのでそこからは目を逸らしたかった。

 このように悩んでいるうちに二週間もの時間が経ってしまったのだが、カブリは杯の中に残っていた酒を一気に飲み干すと机の上に叩きつけると共に席から立ち上がる。


「俺はやらねばならん! これは俺がやるべきことなのだ、遅すぎたぐらいだ。やってやる、俺は必ずやってやるぞ!」


 腰に下げた愛剣<狼の爪>を鞘から抜き放つと切っ先を天井へと向けて気を吐いた。身の丈二〇〇もある大男が立ち上がったかと思えば剣を抜いて叫ぶのだ、他の客は一瞬だけ身を震わせはしたがただそれだけ。

 カブリがこうやって大声を出したり剣を抜いたりするのは茶飯事であり<銀夢亭>にとって驚くような事ではない。ただ彼がこうした行動をする時は何か事を起こそうという時であり、面白がって声を掛けるものが時たま現われる。


 今回カブリに声を掛けたのはフラウダという女だった。彼女は元々いかさまばかりする賭博師だったのだが、今は賭け事から足を洗い持ち前の器用さを活かして細工師をやっている。彼女は意気揚々と剣を掲げているカブリに正面から近づくと、細い指で厚い胸板を突いた。


「やってやるって一体なにをやるっていうんだい? これから寝床に連れ込む女をかっ攫いにいくのかい?」


 フラウダは軽い冗談のつもりだったのだが、今のカブリは受け止める余裕が無い。あからさまに怒りの表情を浮かべながらも、手を振り上げる気は無いと主張するために剣を鞘へと収める。


「今の俺にそんな余裕なぞ無いわ。それともフラウダ、貴様はこの俺に相手をして欲しいと誘っているのか? だとしたら残念だったな、貴様のような胸の小さな者は女と思わん。女の役目の一つは子を養うこと、それには良質で多くの乳を出す胸が必要だ。貴様にはそれがないではないか」


 乾いた音が店内に鳴り響きカブリの顔は横を向いていた、その頬は赤くなっていたが決して酒精のせいなどではない。


「言ってくれるじゃあないか! だったらあんたは男の役目ってのを果たせんだろうかね? 店の連中は誰もが知ってるよ、大事なエルフの友達の姿が見えないからってずーっとうじうじ一人で酒を飲んでた大男の事をね!」


 頬に手痛い一撃を食らって頭が冷えていたところにまくし立てられるとカブリはぐうの音も出ない。図星を突かれて腹立たしいところはあるが何せ真実だ。


「すまんかった……そうだな女の役目はそれだけではないな、繕い物をするのも役目の一つだ。手先の器用なフラウダはまたとなく良い女だ、娶れる男は幸福を感じるに違いない」

「まだ分かってないみたいだけれど良いさ、侮辱した事は酒の一杯で手打ちにしてやるよ。それでまぁ一体何をやろうっていうんだい、お供のエルフもいないってのにさ。面白い仕事があるんだったらさ、このフラウダ様にも一枚かましておくれよ」


「先に言っておくが仕事なんかじゃあないぞ。とはいえこの手の事は俺一人ではちぃとばかし難しい事でな、あやつのように手先が器用なお前に助けてもらえると捗りそうな事なのだ。だがそれよりもまずは酒だ、酒精は俺達の友だからな同席させぬわけにはいかん」


 早速、店のものを呼びつけると店側は既に察していた。店員はカブリが口にするよりも早く注文を受け取っており、カブリのための蒸留酒とフラウダのための麦酒をそれぞれの前に置く。

 カブリそしてフラウダは杯を交わし、それぞれ半分ほど一息に飲み干したところでカブリは続きを話し始める。


「俺がやろうとしていたことはだ、今しがたお前に言われたとおりのことなのだ。言われる前から友の姿が見えぬのに動かずにいた、友誼の厚さがそうさせていたところはあるのだがいかんせん二週もの間姿を消すのはおかしな話よ。これはやつの身に何かあったと考えるほうが良いのだろう、しかし俺は人探しというやつに自信が無くってな……フラウダよ、礼はもちろんするから手を貸してはくれんか?」

「ふぅむ、そうだねぇ……」


 フラウダは顔半分を杯で隠すが、目は真っ直ぐにカブリを向いている。カブリは彼女に支払う物について考えを巡らせていた。金銭で払うのが一般で間違いないことではあるのだが、フラウダがそれで喜ぶかとなると甚だ疑問なのである。

 フラウダは早くも杯を空にするとそれを机の上に音もなく置き、考え事をするように視線を逸らしながら尋ねた。


「あのエルフが危ない目にあってるっていうのは間違いないことなのかい?」

「それは分からん。あやつはこの俺が認める腕前を持つ狩人だ、早々危険な目に合うことは無い。しかし二週もの間に渡って音沙汰が無いというのは変な話だ。俺に黙っているだけなのかもしれんが、俺とブレトには共通の知人が多い。もしそうならば俺の耳に入っていて当然だと思うのだ」


「なるほど、よく分かったよ。礼は要らない、なんて事は死んでも言わないけれど貸しにするっていうのはどうだい?」

「それは構わんが、間違っても金貸しのように利息なんてものを要求するのは無しだからな」


 カブリから見てフラウダという女は物欲が強い人物である。金銭でなければ宝石の類を要求してくるとばかり思っていた、ところが自分から貸しにしてくれと言い出した。不安だけでなく警戒心まで抱いてしまうのは不思議な事でもない。


「いやいや貸しにするっていったけどもあんた、カブリに貸すわけじゃあないよ。あのエルフに貸すのさ、だって危ない目にあっているかもしれないんだろう? この私に窮地を助けられたあいつの顔を見てみたいのさ」


 そうなった時の事を想像して、フラウダはそうと決まったわけでもないのに歯を見せて笑う。彼女は以前ブレトに賭け事で負けており、そのために賭博師でいられなくなったのだがどうも根に持っていたらしい。

 そしてカブリはこの提案を受け入れて良いものかに頭を悩ませる。フラウダへの支払いをここにいないブレトに押し付ける事になるわけだ、しかも彼女は何を要求するのかてんで読めない。どうしたものかとカブリはフラウダをちらと覗き見た。

 彼女はまだ空想を続けていて笑顔を崩していなかった、これを見てカブリは決心する。


「いよぅしわかった、それで頼む。フラウダよ、お前との間に遺恨が何も無いわけではないが力を貸してくれ!」


 カブリが拳を突き出すとフラウダも拳を作ってコツンと当てた。


「もちろんだとも、弓の腕じゃあんたの相棒には負けちまうけど手先の器用さなら決して負けてなんかいないさ」


 勝手にブレトの貸しを作ったのは悪いことだなのだが、あの澄ましているエルフがどんな顔をするのかカブリもちょっぴり見てみたいところがあったのである。

 ともあれこうして助けを得れた喜びにカブリは早速立ち上がり、支払いを済ませると意気揚々と外へ出た。そうして<酔いどれ通り>を抜けて<王の大路>へと至った所で、何も考えていなかったことにようやく気づく。


 フラウダの力が早くも必要だと感じ、彼女に先導を頼むと大きな溜息と共に呆れられた。


「あんたねぇ勢いがあるのは悪くないけどもうちょっと考えたらどうなんだい。けどまぁ都にいるかどうかをまずは確かめようじゃないか、それにはどうすれば良いかなんてのは考えるまでも無いしね」

「そんなものどうやって確かめるというのだ? パンネイル=フスといえどエルフは珍しいからな、あやつは人目を引く。尋ね回れば調べられる事だろう、しかし都の住人はあまりにも多いぞ?」

「あぁそうだ、エルフは珍しいから人目につくよ。だったら<灰色石の門>を守ってる番人に尋ねたら良いのさ」


 なるほどそうか、とカブリは手を叩きフラウダを伴い<灰色石の門>へと向かう。そこでは鱗鎧に身を包み、長大な槍を抱えた番兵達が欠伸をしながら行きかう人々を見やり、時たま思い出したように怪しいと決め付けた者を捕まえて暇つぶしがてらに尋問を行っていた。

 彼らは特に怪しい人物も見られなかったため退屈を感じていたが、そこに剣を刷いた大男が番兵を見据えながら近づいてくる。番兵達はそれが<銀夢亭>を根城にしているカブリだと気づき、曲がっていた背筋を伸ばすと槍を握りなおした。


「やぁやぁ貴様ら随分と退屈そうだな、ちょいとばかりすまんが尋ねたいことがある。二週間ほど前にここを出て行ったエルフはおったか? そしてそいつは戻ってきただろうか?」


 てっきり喧嘩を売られるものだと思っていた番兵達はカブリの言葉に面食らい、顔を見合わせる。エルフというだけなら二日に一回は通っていくのを見かけるが、尋ねてきたのはカブリだ。ということはここで言われるエルフというのは、彼の相棒である赤毛のブレトに違いない。

 数人いる番兵の全員がそこに思い至り、うち一人はブレトがちょうど二週前に<大王の森>へ狩りに行くのを見送っている。けれども番兵達はそれをカブリに教える気は無かった。彼の悪評が耳に届いているからではなく、小遣い稼ぎの機会を逃がす気は無いのである。


「エルフねぇ、二日に一回は通りがかるのを見かけるぜ。特徴を教えてくれたら思い出すかもなぁ」


 番兵の一人がにやけ面を浮かべながら人差し指で胸を叩く。これは金をくれたら教えるぜ、という合図なのだがカブリはこういった機微には疎い。彼らの意図にこれっぽちも気づくことなく馬鹿正直にブレトの特徴を彼らに伝えるのだ。

 これに困ったのは番兵達である。彼らは悪人ではないのだが、カブリがあまりに馬鹿正直にきたもので引っ込みがつかなくなってしまった。


「赤毛の身長が一九〇はあるやつね……それならちょうど二週前に見かけたような気がするんだが、それ以上は思い出すのが難しいなぁ。いや、あとちょっと何だ少しの切っ掛けがあれば思い出せるはずなんだよなぁ」


 番兵の一人が小さく飛び跳ね、わざとらしく鎧を揺らして金属の音を鳴らす。この音で金を連想して欲しかったのだが、カブリには耳障りなだけで眉を顰めた。


「立ちっぱなしで体が鈍って大変だろうが、その音を出すのはやめてくれ。しかしなんだ、これ以上何を言えば良い? 俺は伝えられるだけのものを伝えたつもりだ、それで分からぬと言われてしまえば諦めてしまうほかは無いのだが……」


 番兵の誰もが、諦めるのはこっちの方だと胸の内で呟いてた。小遣いが欲しかったが、こうなってはタダで教えるしかない。もし後で教えなかった事が発覚しようものなら、カブリは剣を抜くに違いないのだ。


「カブリねぇ……あんたはもうちょっと話し方っていうもんを身に着けたほうが良いよ、都会人なんだからさ。ほら、あんた達に切っ掛けてのをくれてやろうじゃないか」


 フラウダはカブリの後ろから姿を表すと同時、いかさま賭博で鍛えた指先で素早くカブリの財布から貨幣を抜き取るとそれを番兵達に握らせた。この一連の動作は速さもさることながら、あまりに自然に行われたものでカブリは仲間にすられた事にも気づかなかったし賄賂を渡した事にも気づけない。

 ようやく望みの物を渡してもらえた事で番兵達は安堵し、そのうちの一人がわざとらしく「あっ」と声を出す。


「そうだ思い出したぞ、お前の言っているエルフなら二週前の早朝に出て行くのを見た。話をしたわけではないが、弓と矢筒を持っていたしあれは狩りに出たに違いない。以前にもそういう格好で出掛けるのを何度か見かけている、そういう時はいつも日が暮れる頃には帰ってきているからあれは<大王の森>に出掛けているのだろう。しかしあの日は……帰ってきたのを見てない気がするな」


 この言葉にカブリも思い出したことがあった。ブレトの狩りに着いて行く事は無いカブリだが、彼のエルフが定期的に近場の森に出掛けている事を思い出したのである。番兵もそう証言しているし、カブリは次の行き先を決めた。

 あの森にも番兵がいることは知っている、そこに行けばまた新たな情報を得られるに違いない。カブリは礼を言うのも忘れ、フラウダと共に森へと向かう。門の番兵達は小遣いをもらえた事で上機嫌になっており、男女二人を快く見送った。

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