第4話 男の娘+1➁
「……え? えぇ! な、何言ってるのさ! 男同士じゃないか!」
俺の言葉に遅れること数秒。その意味を理解したらしい自称、男子は数歩後ずさり、頬を紅潮させ捲し立てる。
しかしまあ、なんでそんなに男子にこだわるのか。余程、命令してるやつが怖いんだろうな。
これからいじめられるものとしての目線だからか、やはり可哀想だ。
「も、もう! 意味分からない! 君と僕は男同士なのに!」
俺が温かい目を向ける先で、自称男子は一人まだ捲し立てる。が、しかし、少し照れているのが丸わかりである。それに男子は男同士をそんなに強調しない。うん、彼女は完全に女の子である。QED!
「おい、お前らさっさとやれいっ!」
そんなやり取りの中で吉田先生からの怒号が飛ぶ。
「え、ちょ、先生! 女の子なんですけど、彼女!」
「彼女? 何言ってんだ、宇民。そいつ、加耒優紀(かすきゆき)は、そんな見た目だが、男子だろ?」
つーか、クラスメイトのお前の方が詳しいだろ、と付け足しつつ、他の組の見回りに行ってしまう吉田先生。
「え、え、ちょ……」
取り残されるは俺と自称、男、否、れっきとした男子――加耒優紀。
ギギギ、と錆びついたロボットじみた動作で振り返ると、そこにはほら、と頬を膨らませる優紀の姿があった。
「…………えっと、ごめんなさい」
とりあえず謝る。納得できたわけではないが、まあ、人生はそんなもんだ。例えば、俺にまつわるいじめられムードとかね! なんて内心達観してみたり。他にも例を上げれば限がない。
「……男、男、男」
労働の義務とか、時間の流れの理不尽さとか、人類の誕生とか。
「……男、男、男」
ああ、人間は、世界はどこへ向かっていくのだろうか?
「……男、男、男」
そもそも人生とはなんだろ――
「うるさいよ、君、さっきからっ!」
俺の高度な哲学的命題への挑戦もとい現実逃避は優紀からの怒りに中断させられる。
「なんなんだよ、ぶつぶつぶつぶつ! 確かに男と認められたかったけど、そこまで連呼されるともう怖いよ! ノイローゼになるよ!」
「無茶言うなよ!」
「まさかの逆ギレっ!?」
癇癪を起こしていた優紀は愕然とする。
しかし、そうでもしなければならなかったのだから仕方がない。哲学的命題を見つめ、ここではない高次元の世界へ意識を飛ばしていなければ理性が爆発してしまいそうなのだから。
男子ということで優紀と始めた準備体操だが、見た目は変わらない。真実が明かされてもなお、目の前の現実は光を失わなかった。優紀は小動物系美少女のままだったのだ。しかもその上で、柔軟を始めると嬌声を上げるのだ。あっ、とか、んっ、とか。本当に勘弁してほしい。
「はあ、まあ次で最後だから早く済ませてしまおうか。君みたいなやましい考えを
する人とは一秒だって長くいたくないからね」
「や、やましい事なんて考えてねーし!」
折れたらしい優紀は、ため息をつきながらペタンと両手両足を伸ばして座る。この背中を俺が上から押すのだ。にしてもすっかり嫌われてしまったな。
「……変な声出すなよ?」
「ひゃっ!」
耳元で囁くとまたも嬌声を上げる優紀。驚いて俺までビクッてなった。
「や、止めろよ」
「しょ、しょうがないだろ。弱いんだよ、耳」
確信犯だろ、と思ったがグッとこらえる。
優紀には少なくともそういったからかいの感じはないのだ。だから、変な声も無意識なのだろう。まあそれが余計に性質が悪いのだが。
「っん、っあ……や、ぁ…………」
途切れ途切れに上がる声。
いやいや、落ち着け、これはただの柔軟体操だ。平静を、平静を保て!
「いっ、いたっ…………」
「あ、すまん。止めるか?」
毛色の違う声が上がり、慌てて力を緩める。理性を保つために無意識に力が入り過ぎていたのかもしれない。
「う、ううん。大丈夫。ただ、ちょっと待って。このまま、う、動かさないで!」
早口で捲し立てられる終盤。
限界。
「お前もうわざとだろっ!」
俺は爆発させた。溜まりに溜まったツッコミを。
「えぇっ!」
☆ ☆ ☆
準備運動だけですっかり疲れ切ってしまった。
しかし、授業の本番はこれからである。今やっている種目はサッカーだ。基礎的な技能は前回までで教わっていて、今日からは二チームに分かれての試合である。
ホイッスルがなり、試合開始である。
が、同時にほとんどがボールへ群がっていく。
ポジションはもはや関係ない。ゴールキーパーとそれ以外。コート内の選手の区別は二種類になる。授業のサッカーなんてそんなものだ。
「おんなじチームだね」
気を遣ってか、試合が始まってから陽介がコッソリ耳打ちしてくる。
コートの外では女子チームが黄色い声援を上げる。その中には当然、悠美の姿もあり、陽介と俺が試合前から喋っていたら二人ともがんばれーとか言いかねないからな。まあ、点でも決めて多少好感度を上げよう。スポーツの出来るやつは体育の時間ではそれなりに頼られるからな。
「おう」
陽介の意図を組んで短く答え、走り出す。
チャンスはすぐに来た。
陽介がドリブルで攻めてきたがゴール手前で囲まれてしまったという状況。逆サイドには俺がいて、誰も気づいていない。陽介と一瞬のアイコンタクト。パスが飛んでくる。流石は陽介。ナイスパスだ。
「やべえ!」
相手チームの誰かが叫んだ。
しかし、ゴール前でボールを貰った俺はフリー。キーパーとの一対一だ。
「ひぅっ」
「――っ」
相手キーパーは――優紀。
俺がボールを持っただけでぎゅっと目をつむり、両手を前に出していた。しかも足は内股である。
お前かい!
つい声が出そうになったのを押さえ、俺はその分も含めてシュート。放たれたボールは優紀の横を見事通り過ぎ、得点へ。
「よしっ」
思わずガッツポーズ。
――ッチ。
しかし味方も含めた周りからは舌打ち。
「大丈夫か、優紀?」「ケガはないか?」「まだ出来るか?」
相手チームメイトはへたり込んでしまった優紀へと手厚いフォロー。
「う、うん。で、でもごめんね。ゴール守れなくて……」
優紀は俯きながらの涙目だ。
「「「――――っ」」」
「き、気にすんなよ」「つか、普通シュート打つか? あんな怖がってるのに」「ああ、打たねえよな。アイツが悪い。ったく、空気読めよ。無理か。明菜と三鷹のカップルに割って入るようなやつだもんな」
俺に聞こえるボリュームでの悪口。
おっと、当たりきついですね。
俺、悪くなくね? 普通にサッカーしただけだよね?
と、肩を叩かれる。
陽介かと思ったが違った。けど、こっちのチームのやつだ。名前知らないけど。まさか、今のを聞いて俺のフォローを。
「お前の血は何色だ!」
「ぶへっ!」
涙ながらの顔面パンチ。チームメイトなのに。
……シュートを決めたら、男子全般からのヘイトが上がった。何故だ。
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